第5話 遺跡(2)

 扉の前まで行くと、そこがちょうど廊下の中央だということが分かった。つまり、環状になった廊下の、入り口の通路と正反対の場所にいることになる。この扉は、輪の内側に面している、恐らくは唯一の出入口だ。

 アシュレイが触れようとすると、扉は自然と左右に開いた。その向こうには、少し大きめの正方形の部屋が広がっていた。四人は、慎重に中に入る。

 一辺が十歩ほどの正方形の四つの角付近には、それぞれ四角い柱のようなものが立っている。柱の太さは、抱えた両手の先がぎりぎり触れる程度だ。

 柱のというのは、実際には柱の用を成していないからだ。胸の高さあたりでは一旦途切れ、顔が入るぐらいの隙間が空いている。だから正確に言うなら、床と天井から伸びた太い棒の先が、あいだを空けて接近している、となる。

 部屋の真ん中には、手のひらサイズの大量の石板が山のように置かれていた。石板には、それぞれ何本かの線が刻まれているようだ。部屋の奥には閉じた扉があった。

「いかにも何かありますって部屋だあな」

 アシュレイは上機嫌に言った。手もみをしながら、柱の一つに近づく。

 彼の後に着いて、ラークたちも部屋に入った。柱は壁に対して斜めに設置されていて、正面に立つとちょうど部屋の中央に背を向ける形になる。

「まだ触るなよ……おっ?」

 アシュレイが声をあげる。彼が何に気づいたのか、ラークにもすぐに分かった。

 床から伸びた柱の天面に、ごく浅い四角いへこみがついていた。へこみは天面の手前側、部屋の中央に近い部分にある。向きは、天面の四角と同じだ。

「んー、上側には何もないな」

 天井に繋がっている方の柱の底面を覗き込みながら、アシュレイが言った。柱をぐるりと回ってみたが、へこみ以外に装飾らしきものは無いようだ。

「あれを乗せろってことか?」

「だろうな。どれを乗せればいいのかは分からんが」

 全員、部屋の中央に目を向ける。へこみは、ちょうど石板と同じぐらいの大きさに見えた。

「これは、あれだな。謎解きリドルってやつだ。正しく操作しないと、先には進めない」

「間違った操作をしたら?」

「運がよければ、最初からやり直しになるだけだ。悪ければ……」

 アシュレイは大仰に肩をすくめた。

 彼の提案で、まずは全員で部屋の中を見て回ることになった。柱と石板には手を触れないように気をつけつつ、リドルのヒントを探す。

 探索の結果分かったのは、全ての柱に天面のへこみがあるということと、石板に刻まれた線は、一本から四本の四種類あるということだった。壁や床もくまなく調べたのだが、それ以上の情報は得られなかった。奥の扉も、近づいても勝手に開いたりはしなかった。

「さーて、こっからが頭の使いどころだ」

 アシュレイが言う。冒険者たちは、石板の山の近くで、円陣を組んで座り込んでいた。

「柱は四つ、石板も四種類。単純に考えれば、一対一で対応してるんだろうな」

「問題は、どう対応しているのか」

「んだな」

 ラークの言葉に、アシュレイは頷く。膝を抱えるようにして座っていたミーファが、腕に乗せた顔をくいっと傾けた。

「色々試してみるのは駄目なんですか?」

「んー、時間がかかりすぎるかな。試す必要があるのは、全部で……」

「二十四通り」

 咄嗟とっさに計算できずに言葉を切ったアシュレイの代わりに、サラがぽつりと言った。彼はあごに手をやりつつ、言った。

「……意外と少ないな。そこまで時間はかからないか」

「じゃあ、試してみましょう!」

「いや、待ってくれ」

 顔を明るくして立ち上がろうとするミーファを、ラークが手で制した。

「間違えた時に何が起きるか分からない。総当たりは最後の手段にしよう」

「そうですか……」

 少女はしゅんとして顔を伏せた。アシュレイが、渋い顔で腕を組む。

「しかし、二十四通りのうちどれが正しいかをどうやって判断するかな。普通は柱に何かヒントが書いてあったりするんだが……」

 そう言って、柱に目を向けた。四本の柱は特に念入りに調べたが、へこみ以外には何の特徴もなかった。

「少なくとも、四本の柱を区別する何かがあるはずだ。じゃないと正解が分かるわけないからな」

「でも、全部同じでしたよね……」

「そうなんだよなあ」

 ミーファとアシュレイが、二人して首を捻る。ラークも同意しそうになったが、一つだけ違う点があることに気づいた。

「いや、全く同じってわけじゃない。置いてる場所は違うだろ?」

「ま、そうだな」

 それがどうした、と言いたげにアシュレイが頷く。が、その直後、彼ははっと口を開くと、部屋の中を見回した。

「そうか、方角か。遺跡にはちょうど北西の方角から入ってきたから、この部屋の入り口は南東のはず……つまり、柱は東西南北に並んでるわけか!」

 アシュレイは指をぱちんと鳴らす。確かに、意味のありそうな配置ではある。

「一から四の石板が順番を現してるとすると、東西南北を順に並べればいいわけだ」

「東西南北に、順番……?」

 何かあるだろうか、とちょっとラークは考えてみた。

「無いんじゃないか?」

「そうすぐに結論を出すなよ。一般的な順番じゃなくても、この遺跡特有の何かでもいい。もしくは、エルフに関わる何か」

 二人は腕を組んで考え込む。入り口が北西だったという以外、遺跡に方角を示唆するものは無かったような気がする。もしエルフの言い伝えか何かで関係しているのなら、お手上げだ。街に戻って調査が必要だろう。

 無言の時間が続く。全く思いつかない。

 ラークが考え疲れて視線を彷徨さまよわせると、サラがうとうと居眠りしているのが見えた。次いで目が合ったミーファが、おずおずと手を挙げた。

「あの、やっぱり、全部試すしかないんじゃないですか?」

「いや、しかし……」

「だって、変じゃないですか。考えたら答えが分かるなら、こんなに石板いりませんよね?」

 彼女の視線を追うと、山積みにされた石板が目に入る。軽く百枚はありそうだ。

「それもそう……か?」

「一理あるな」

 アシュレイは、石板の山をじっと見ていた。やがて、膝をぽんと叩いて言う。

「よし、やろう。全通り試してみるんだ」

「……分かった」

 若干気が進まないながらも、ラークは頷いた。他に思いつく手も無い。

 立ち上がったアシュレイは、山の中から四種の石板をそれぞれ一枚ずつ抜き出した。柱の配置を確認してから、全員に配る。

「一人ずつ数字の担当を決めよう。どこに置くかは毎回指示する。試した組み合わせは俺が覚えておこう」

「覚えてられるのか?」

「法則を決めれば簡単さ」

 アシュレイは自信ありげに言った。

 線が一本の石板を受け取ったラークは、指示通り柱の前に立った。他のメンバーも、それぞれ別の柱のそばにいる。早速へこみに石板を置こうとしたラークに、アシュレイが付け足すように言った。

「置いたらすぐに離れろよ。何が起こるか分からないからな」

「不安になるようなことを言うなよ……」

「大丈夫ですって!」

 ミーファがぐっと拳を握る。サラの方を見ると、さっさと作業を終わらせて、いつの間にか部屋の真ん中あたりで座り込んでいた。

 少し嫌そうな顔をしながら、ラークも石板を設置した。サラの近くに行き、成り行きを見守る。

 突如、ばんっ、という大きな音と共に、上下二本の柱の距離がゼロになった。音に驚いたミーファが、びくりとしている。どうやら、上側の柱が落下して、下の柱にぶつかったらしい。

「なるほど、こうなるのか」

 アシュレイが近付く間に、上側の柱はゆっくりと元の位置に戻っていった。粉々になった石板の破片が、床に散らばっている。

「よし、続けてやろう。あと二十三回やればいい」

「……何回か間違えたところで、やばいことが起こったりしないよな?」

「日ごろの行いが良ければな」

 アシュレイが、わざとらしいほど明るい声で言った。


「……お?」

 アシュレイが小さく声をあげる。変化があったのは、十回ほど石板を砕いた後のことだった。石板を置いてしばらく経っても、何も起こらない。下を向いて耳を塞いでいたミーファが、恐る恐る顔を上げた。

「成功ですか?」

「んー……」

 さっきまでとは違う結果になったが、成功のしるしも無い。首を捻っていると、サラが不意に歩き出した。彼女が部屋の奥の扉の前に立つと、この部屋の入り口と同じように、すっと左右に開く。

「おお」

「やった!」

 ミーファが飛び上がるように喜んだ。早速皆で扉の先へと向かったのだが、

「ほおう」

「またか」

 アシュレイは面白そうに、ラークはうんざりしたように言った。そこにあったのは、今と同じような大きさの部屋、奥の扉、そして同じような四本の柱だった。ただし、石板は見当たらない。

「今度は石板を探すところからか?」

「いや、見ろよラーク」

 柱に近づいたアシュレイが手招きしている。眉を寄せながら近づくと、天面についたへこみの形が、先ほどと違うことに気づいた。手前側には丸いへこみがあり、奥に向かって五本のへこみが繋がっている。

「これは……」

「手を置けってことだろうなあ」

 そうとしか考えられなかった。さっき石板を置いた代わりに、手を置く。単純な違いだ。だがそれは、致命的な違いでもあった。

「え、あれ? でも、手なんて置いたら……」

 ようやく気付いたらしいミーファが、顔を青くした。アシュレイがにやりとする。

「今度は全部試すわけにはいかないな」

「失敗は許されないってことか」

 ラークが手形を睨み付けながら言った。

「しかし、どうすれば正解が分かる? さっきの部屋と全く同じじゃないか。情報が無い」

「いやいや、一つ大きなヒントがあるぜ」

「なんだ?」

「分からないか? さっきと違うところがあるだろ?」

 アシュレイに言われて、部屋の中を見回す。が、特に変わったところは見当たらない。石板が無いのは確かに違うが、ヒントにはならないだろう。

(何が違うんだ?)

 部屋に入るところから、もう一度思い返してみた。さっきは、廊下で見つけた扉の前に立つと、左右に開いて……。

「……そうか、二度目だってことか」

「そういうこと」

 アシュレイが、ラークの顔をぴっと指さす。ミーファが首を傾げながら言った。

「どういうことですか?」

「つまりね」

 指をさっきまでいた部屋に向け、彼は言葉を続けた。

「前の部屋の正解が何だったかを、今は知ってるってことだよ。当然、この部屋のヒントになってると考えるのが自然だ」

「なるほど!」

 ミーファがぽんと手を叩く。ラークは前の部屋に目をやりながら、独り言のように言った。

「どう関係してるかだな……」

「柱の配置が同じなんだ。同じ位置の柱同士が対応してるのは間違いないだろう」

「そうかもな」

 ラークも同じことを考えてはいた。それが正しいとすると、こっちの柱には、最初から一から四までの番号が振られているようなものだ。

 考え込む彼の様子を見ながら、アシュレイは自信ありげに言った。

「いいか、さっきの石板の数字は、やっぱり順番なんだ。数字通りに、こっちの部屋でも手を置いていけばいい。これが正解さ」

 その言葉を聞いて、ラークは疑わし気に目を細める。

「そんな単純でいいのか?」

「片手を賭けさせてるんだ。リドル自体は簡単なものだと俺は読むね。度胸試しだよ、これは」

 早口でそう言ったあと、彼は指を鳴らして言葉を続けた。

「そうか、だから遺跡の攻略に四人必要なんだな。四人が一人ずつ、順番に手を置いていくんだ」

 ラークは暫し考え込んだ。確かに、それが正解なのかもしれない。

 もちろん、他のを考えることもできる――例えば、四から逆順に置くだとか――が、こじつけ出せばきりが無い。数字の順番通りに置くというのは、一番素直に思えた。

「その通りにやるとして……誰から置く?」

「んー」

 ラークの問いに、アシュレイは虚空を見つめて黙り込んだ。さすがにすぐには決められないようだ。

 当然、一人目が最も危険だろう。置いた瞬間にしたことが分かれば、他の手段を考えるか、もしくはその時点で撤退することもできる。

「私が最初に置きます」

 停滞した場の空気を吹き飛ばすように、ミーファが毅然きぜんとした口調で言った。ラークは目を見開く。

「いいのか? 最初が危険なことは……」

「大丈夫です! もし、つ、潰されても、サラちゃんに治療してもらえば死にはしませんから!」

「……それはそうかもしれないが」

 失った体の一部は、いかに治癒魔法と言えども取り戻せない。この先一生、片手だけで生活しなければいけないということだ。冒険者としては死んだも同然だろう。

「勇気あるね、ミーファちゃん。じゃあお願いしちゃおうかな」

「おい」

 軽い口調で言うアシュレイに、ラークは咎めるような声をぶつけた。彼は皮肉げに口の端を上げる。

「なあに、大丈夫だ。は、全員が手を置いてからの可能性が高いからな。さっきだってそうだったろ?」

「……慰めになってないだろ、それ」

「あはは……」

 ミーファが困ったように笑った。

 それからもう少し皆で考えてみたのだが、結局数字の順番通りに手を置くという案を実行することになった。置くのは、ミーファ、アシュレイ、ラーク、サラの順だ。

 『1』の柱の前に、ミーファが立つ。彼女は目をつぶり、深く深呼吸した。

「行きますっ!」

 まぶたを開き、思い切りよく手を置いた。少女は泣きそうな顔で、柱から顔をらせていた。

 全員、固唾を飲んで見守る。

 どれだけ待っても、何も起こる気配は無かった。次第に、ミーファが体の緊張を解いていった。表情もそれとともに緩み、押し出されるように息を吐いた。

「よーし、まずは成功だな。お疲れさま」

「は、はい……」

 アシュレイが、少女の頭をぽんぽんと軽く撫でた。彼女は力尽きたかのように、ずるずるとその場に崩れ落ちた。

「次は俺だな」

 頭から手を放し、アシュレイは次の柱へと向かった。少しだけ自分の手を見たあと、ゆっくりと柱のへこみに合わせる。やはり何も起こらない。

(ここまで来たら、問題は最後だけだろう)

 ラークはそう思いながら、担当の柱に左手を置いた。またしても反応は無し。

 最後に残ったサラに、他三人の視線が集まる。彼女は全員の顔をちらりと見返した。柱まで歩き、何の気負いも感じさせない動作で、手を乗せる。

 そして、その瞬間、

「……っ!」

 に強い衝撃を感じて、ラークは咄嗟に手を引いてしまった。失敗か、そう思って、心臓が凍り付いたのではないかと思うほどにぞっとした。

 だが潰されたわけでも、手首を切り落とされたわけでもなかった。引いた手はちゃんと付いているし、問題なく動く。

 ただしそこには、見覚えのない黒い腕輪が嵌っていた。闇を集めて固めたかのような、少しの揺らぎも無い黒だ。

 腕輪は、まるであつらえたかのようにぴったりのサイズだった。手首を返してみたが、どこにも継ぎ目が見当たらない。

「なんだこりゃ?」

 アシュレイが間の抜けた声をあげる。彼は腕輪を引っ張っていたが、全く動かないようだ。女性陣二人の細腕にも、見合ったサイズの腕輪が付いている。ミーファは目を白黒とさせていた。

「魔道具……」

 サラがぽつりと呟く。それを聞いて、アシュレイは大喜びで言った。

「おお! じゃあこれが、例の未来視の魔道具か!」

「サラ、この腕輪が魔道具ってことだよな? 効果は?」

 ラークが鋭く問いかける。彼女は最初の質問に頷きかけ、そしてそのまま首を傾けた。詳しいところは分からないようだ。

「とにかく試しに使ってみようぜ。未来が見えるかどうか」

 アシュレイは、そう言うと目を閉じた。ラークも彼に倣うと、腕輪に意識を集中した。

 魔道具を使うのは久しぶりだ。冒険者なら、必ず使い方を学ぶ。自分で買えるほど稼げなくとも、遺跡探索中に見つけた魔道具に頼らざるを得なくなることもあるからだ。

 基本的には、魔道具ごとの『効果』を強くイメージすればいい。明かりライティングの指輪なら、光が辺りを照らすところを。火球ファイアボールの指輪なら、炎が飛び出すところを。

 だが、『未来視』をイメージするのは、それらに比べると難しい作業ではあった。ラークは試しに明日の天気を思い浮かべようとしてみる。特に何も起こらなかったので、次は来年自分が何をしているのかを考えた。

 だがいくら頑張っても、突然未来の映像が頭に浮かんだりすることはなかった。さすがに飽きてきて目を開ける。アシュレイとミーファの二人は、まだ頑張っているようだ。サラは腕を何度も捻って、腕輪をじっくりと観察していた。

 二人に声をかけようか迷っていると、不意に、石が擦れ合う大きな音が聞こえてきた。ぎょっとして皆が目をやると、扉が左右に開いていくところだった。すっかり忘れていたが、この部屋にも奥に扉があったのだった。

「まだ先があるのかよ」

「いや待て、何か居るぞ」

 扉の隙間から、大きな何者かの影が見えている。男二人は、剣を構えた。

「……って、またこいつか」

 ラークは扉の向こうに現れたゴーレムを見て、渋い顔になった。もう何度倒したか分からない相手だが、油断はできない。ゴーレムはゆっくりと部屋に入ってくると、一番近くにいるラークをとりあえずの攻撃対象に決めたようだった。

「コア……」

 サラの声が耳に届いて、ラークは、はっとして目を見開いた。そうだ、今回はコアが出てくるところを見ていない。勘だけで攻撃するには、ゴーレムを構成する石の数はあまりにも多い。

(逃げるか?)

 ちらりと入り口の方を見る。廊下で戦っていた時と違って、一度前の部屋まで行ってしまえば、攻撃を加えられる心配はほとんど無くなるだろう。背を向けるのは、わずかな間で済む。もしくは、ゆっくりと下がっていってもいい。

 だがそれを実行するかどうか決める前に、異変が起こった。ゴーレムの姿が、まるで近くに焦点を合わせながら遠くの物を見たかのように、二重写しになったのだ。立っている場所はほとんど同じだが、手の位置が違う。慌てて目を擦るが、状況は全く改善されなかった。

 やがて、そのが腕を上げるのを目にし、ラークは慌てて盾を掲げた。

(まずい!)

 振り下ろされる瞬間に、腕の軌道が思ったよりもだということに気づいた。横に受け流すつもりが、これでは正面からまともに喰らうことになってしまう。だがもう、横に移動する余裕はない。

 伸びた腕が、一瞬にして迫る。相当な衝撃を覚悟したのだが、

「なっ……?」

 の姿が、幻のように消滅した。目の前にいるのは、先ほどから全く動いていないゴーレムだけだ。

「おい、さっきから何してんだ?」

 アシュレイが、気味の悪い物を見るような目つきを向けてきた。ラークはわけが分からずに、その場に立ち尽くすしかなかった。

「ラークさん!」

 ミーファが声をあげる。ゴーレムが腕を振り上げたのだ。その恰好は、のものと全く同じだった。

「くっ」

 無意識のうちに、ラークは盾を構えつつ横に動いた。すると、さっきと全く同じ軌道で振り下ろされた腕は、盾によって横に逸らされた。床を叩き、地面が揺れる。

 その時、二重写しの現象が再び起こった。先ほどよりもさらに奇妙なことに、そこにはゴーレムと共に半透明のが映っていた。は敵に肉薄すると、胸あたりにある石を一突きする。石が砕け散ったところで、それは消え去った。

(まさか!)

 相手が伸ばした腕を戻している間に、ラークは見えた映像と同じように走った。唖然あぜんとする仲間たちをよそに、ゴーレムの真正面まで近づき、剣を閃かせる。

 想像以上に軽い手ごたえと共に、剣先は石を貫いた。弾けるように、砕ける。後ろに跳んで、残りの石が崩れるのを避けた。

「ラーク、どうしてコアが分かったんだ」

 振り返ると、アシュレイがじっとこちらを見ていた。

「見えたからだ。俺がコアを壊すところが」

「見えたって……」

 そこまで言って、彼はぱちんと指を鳴らした。どうやら、ラークと同じ考えに至ったようだった。

「そうか、この魔道具の効果か!」

「ああ、さっきは相手の攻撃が見えた。だから上手く防御することができたんだ」

「なるほどな。なかなか便利な魔道具だ……が……」

 アシュレイは、嬉しいような、がっかりしたような、微妙な表情を顔に浮かべた。

「未来視の魔道具って、そういうことかよ。ほんの少し先が見えるだけか」

「いや、だが役には立ちそうだぞ」

「ふーむ。期待したほどじゃあないが、確かに価値はあるか」

 しばらく腕輪を眺めたあと、彼は何かに気づいたように言った。

「でもこれ外せないよな。売るのは無理だな」

「……そうだな」

 ラークは改めて、左手に嵌った腕輪をいじり回した。張り付いているのではないかと思うほど皮膚に密着していて、爪の入る隙間もない。壊さない限り、外せそうにはなかった。

「まだ先があるのか?」

 アシュレイは、奥の扉の先を覗き込んでいた。ラークたちも見にいってみたが、そこはごく小さな部屋があるだけだった。

「あちゃー」

 突如聞こえてきた声に、全員振り返る。最初にラークの目に入ったのは、燃えるような赤い髪と、大きく肌を露出した大胆な服だった。会うのはこれで三度目になる、超一流の冒険者、レインだ。

 こんな場所でもいつもと同じ服を着ていることに、ラークは驚いた。よっぽど強力な防御の魔道具でも持っているのか、それとも攻撃なんて絶対に喰らわないという自信があるのか。

「先越されちゃったね」

 レインがこうべを巡らす先には、漆黒のローブを着た魔術師、シグルドの姿もあった。

「お前の買い物が長いからだ。が広まっているのは分かっていただろう」

「だってさあ、仕方ないじゃない」

 ラークの方など見もせずに、手を広げながらシグルドに語り掛けている。顔を覚えているのかどうかも微妙なところだ。

「スコット君がいい店知ってるって言うから」

 彼女が言うと共に、スコットと、彼のパーティのリーダーである銀色の部分鎧の男も部屋に入ってきた。彼はラークたちを見て目を丸くしたあと、ふにゃりと相好そうごうを崩した。

「先行するパーティがいるのは分かってたけど、まさかラークとは思わなかったな」

「悪いな。お宝はもう回収した」

「いや、謝ることはないよ。さすがだね」

 スコットはうんうんと何度も頷き、友人を称賛した。ラークも思わず口元を緩める。

「ちょいとラーク」

 肩をとんとんと指先で叩いてきたアシュレイが、小声で言った。

「お前、レインのパーティと知り合いなのかよ。俺にも紹介してくれよ」

「いや……」

 少し違うのだが、どう説明すればいいものか。スコットは、にこにこしながら首を傾げている。

 レインの方に目をやると、彼女はこちらに背を向け、シグルドに一方的に話しかけていた。露店の串焼きが意外と美味しかっただとか、広場のレストランは値段ほどの味じゃないだとか、他愛たわいもない話だ。

 不意に、シグルドと目が合った。くらい光の宿る眼差まなざしが、じっとこちらに向けられている。ラークは思わず表情を硬くした。

 彼は、相方のお喋りを遮るようにぽつりと言った。

「責任ぐらい取ったらどうだ」

「んー、そうだね」

 レインはそう言ったあと、不満げに言葉を続けた。

「ちょっと、逃げないでよ」

 同時に、ラークの視界がまたも二重写しになった。レインの姿が微妙にぶれたかと思うと、が一瞬のうちに振り返る。

「……っ!」

 ラークは口の中で小さく呻く。彼女の手に握られた細身の剣が、自分の左手首を正確に切り裂いていくのを見た。

 次の瞬間、いくつかのことが同時に起こった。レインの虚像は消え、本物の方が振り返り、ラークは後ろに跳ぶ。閃く剣先が、手首をわずかにかすめた。

「ひっ……」

 ミーファが引きつった声をあげた。スコットたち二人は、ぽかんとした表情でレインの凶行を眺めていた。

「だから逃げないでって。治癒術師は連れてきてるんでしょ?」

 レインが唇を尖らせて言う。ラークは剣を抜くと、相手を睨み付けた。

「……無茶言うな」

「横取りしようってか?」

 隣に並んだアシュレイも、武器を構えて威嚇いかくした。だが二人とも、表情に余裕がない。相手が本気で来れば、勝ち目が無いことは分かっているからだ。

「めんどくさいなあ。シグルド、なんとかしてよ」

 レインは剣先をゆらゆらと揺らしながら、いかにもやる気がなさそうに言った。シグルドはラークを見据えたまま、動こうとしない。

 ラークはまたあの『二重写し』を予期して集中していたが、まだ起こらない。暫し、息詰まるような沈黙が続く。

「ま、いっか」

 おもむろにそう言うと、彼女はあっさりと剣を収めた。

「べつに助けてあげる義理もないし。そうでしょ?」

 腰に手をやり、シグルドに目をやる。彼の口が動くのを見て、ラークは剣を持った手に力を込めた。呪文を詠唱しているようだが、何の魔法かまでは分からない。はっとした表情のスコットが、慌てたように言った。

「あ、ちょっとシグルドさん!」

「じゃあねー」

 レインがひらひらと手を振る。彼女ら四人の姿が、まばたきする間に消えてなくなってしまった。

「転移の魔法……」

 サラが呟くのが聞こえた。非常に高度な魔法だが、シグルドなら使えてもおかしくない。ラークは深く息を吐き、緊張を解いた。

「ったく」

 アシュレイはナイフをくるりと回して、鞘に戻した。

「いくら先を越されたからって、無理やり奪うようなせこいやつだったのか」

「がっかりしました」

 ミーファが、彼女らしからぬ沈んだ口調で言う。だがラークは、二人の意見に単純に同意もできなかった。

(本当に、奪うのが目的だったのか?)

 レインともあろう者が、魔道具一つのために他人を襲ったりするだろうか。ラークがこのことをギルドに報告すれば――信じてもらえるかはともかくとして――彼女は冒険者としての資格を剥奪はくだつされ、追われる立場になるだろう。

 それに彼女は、「助ける義理はない」と言っていた。いったい、誰を何から助けるつもりだったんだろうか。

「……一刻も早くここを出よう。また彼らに襲撃されないとは限らない」

 ラークが言うと、アシュレイが苦い表情で頷く。

 一行は、往路以上に慎重に、元来た道を戻った。だが結局、街に着くまで誰とも会うことは無かった。

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