第2話 再会

 ゴブリン退治の翌日昼過ぎ、ザイルの南西エリアにある武器屋街を目指して、ラークは細い路地裏を進んでいた。真逆の北東の端にある宿から歩いてくると、改めてこの街の広さを実感する。ここで暮らし始めて数年経つが、まだ知らない場所もたくさんあった。

 武器屋街とは言っても、ほんの数店舗が集まっているだけだ。冒険者の多い他の街と比べると、規模は非常に小さい。と言うべきか、と言うべきか、値段も割高だ。

 目的の店に着いたのは、ミーファたちとの約束の時間よりもまだ少し前だった。魔術師用の杖と、護身用の扱いやすい武器を並べているその店には、ラークの他には誰も客がいなかった。店長らしき人物は、カウンターの奥で暇そうに本を読んでいる。

 時間を潰すため、ラークは店内を見て回った。杖が主力商品らしく、店の半分以上は杖で埋まっている。こんなに種類があったのか、とラークは少し驚いた。はまっている宝石と、杖の長さに違いがあるのは分かるのだが、どうもそれだけではないようだった。

 サラが使っているような短いワンドを見つけて、思わず手に取った。デザインも似ているような気がするし、宝石も同じ緑色だ。もしかすると、全く同じものなのかもしれない。

「お探しの物が?」

 唐突に声をかけられて、ラークは杖から視線を外した。店主が横目でこちらを見ていた。

「いや」

 そう言って杖を元に戻すと、店主は興味を無くしたかのように、手元の本に目を落とした。

 杖以外には、取り回しのしやすい小さなナイフや、射程は短いが比較的簡単に扱えるクロスボウなどが置いてあった。ラークは特に後者に目を引かれた。高価な魔道具ではなく、こういうものをサラに持たせればいいんじゃないかと思ったのだが、

(結構高いな)

 最低金貨十枚からだった。魔道具の最安値と、そう変わらない。持ち運びが面倒という欠点を受け入れてまで購入する価値があるとは、ちょっと思えない。これが相場なのか、それともぼったくり価格なのかは、ラークには判断が付かなかった。

(やっぱり魔道具を買ってやるべきかな)

 商品を棚に戻しながら、ラークは思案した。ゴブリン退治ぐらいなら必要性は薄いだろうが、遺跡探索に行くなら揃えておきたい。何が起こるか分からないし、サラ一人で戦う羽目になる可能性だってあるのだ。

 その時、聞き覚えのある話し声を耳にして、ラークは店の入り口の方に目を向けた。扉が開くと、その向こうからさらさらのブロンドがひょっこりと顔を出す。

「あ、ラークさん」

 ミーファが小さく手を振っていた。ラークは思わず、まじまじと相手の姿を見てしまった。昨日のアシュレイとの会話が頭に浮かんでしまったのだ。

「えと……えっ、何か変ですか?」

 不審げな表情をしていた少女は、急にわたわたと自分の服を確認し始めた。ラークはそれを見て、吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。

「いや、悪い。なんでもない」

「はあ……」

 納得いかないというように、首を傾げられる。

 その後ろから、小柄なローブ姿が小走りで追い抜いていった。そのまま棚の奥に消えていく。サラらしからぬ素早い行動に、ラークは少し驚いた。

「ラークさんも何か買うんですか?」

 近付いてきたミーファが、棚の商品を見ながら言った。サラの行動を特に気にした様子はない。

「見てただけだ。サラが使うのにどうかと思って……そうだ」

 ふと思い出して、さっき見ていた棚の場所に向かう。ちょうど、サラが近くで品定めをしていた。その表情は真剣そのものだ。

「……サラ、これは今使ってるのと同じ杖じゃないか? 買い替えるのにどうだ?」

 一瞬、話しかけるのを躊躇ちゅうちょしてしまった。先ほどの緑の宝石が付いた杖を渡すと、サラはそれを小さな手で受け取った。

「違う」

 しかし、彼女はすぐに首を振って言った。

「変換効率が悪い」

「……そうか」

 意味はよく分からなかったが、ラークはとりあえず頷いておいた。

「お客さん、治癒系の杖をお探しで? このあたりはどうです?」

 両手いっぱいに杖を抱えた店主が、店の奥から出てくるところだった。サラは杖を棚に戻すと、彼のもとへといそいそと向かう。

 二人が杖を挟みながら議論――店主が話すのを、サラが熱心に聞いている――しているのを、ラークは見るともなしに見ていた。どの杖にも緑の宝石が嵌っていて、見分けはほとんどつかなかった。話の内容も、専門用語が多すぎて理解不能だ。

 不意に、背中をとんとんと叩かれ、ラークは振り返った。口元に苦笑を浮かべたミーファが、小声で言った。

「しばらくかかると思うので、放っておいた方がいいですよ。どうせ、私たちが聞いても分かりませんから」

「そうみたいだな。いつもあんな感じなのか?」

「はい、大体は」

 ミーファは議論中の二人に目を向けると、大きく手を振りながら言った。

「サラちゃん、私たち違う店に行ってるね。少ししたら帰ってくるから」

 少女はちらりと振り向くと、小さく頷いた。ミーファは外を指さしながら言った。

「さあ、行きましょう!」

 ラークは頷いた。サラの後姿を少しの間眺めて、それから店を出た。


 ミーファの先導で、二人は陰気な路地裏を歩いていた。どうやら、サラの魔道具を買いに行きたいらしい。本人がいなくて大丈夫なのかとラークが聞くと、「勝手に選んでって言ってましたから」と笑いながら言っていた。杖には興味があっても、魔道具には無いんだろうか。

(しかし、どの店に行くつもりなんだ?)

 迷いなく歩くミーファの後姿を見ながら、ラークは疑問に思った。武器屋街の中かと思ったらそうではなかったし、店が集まっている東広場の方でもない。魔道具を扱っている店なんて、そんなに選択肢はないはずだ。

(ん?)

 しばらくして、辺りの景色に見覚えがあることに気づいた。もしや、と思いながら歩いていると、

「あ、よかった。道あってました」

 前方に見えるカラフルな物体を、ミーファが指さした。

 その場違いに派手な物体は、塀に立てかけられた、等身大の看板だった。店の名前や宣伝文句が、まるで人間の色彩感覚の限界に挑戦しようとでも言うかのように、一文字ずつ全て違う色で書かれていた。一度見たら、二度と忘れられないだろう。明らかに、周囲の景色からは浮いている。

「がらくた屋か」

「はい!」

 ラークが驚いていると、ミーファは嬉しそうに返事した。

 『がらくた屋』というのは、この先にあるとある店の名前だ。壊れた道具を修理して、ぎりぎり使える状態にして売るというのがモットーらしく、値段はどれも安い。駆け出しのころにはずいぶんお世話になった店だが、最近はあまり行っていない。

(魔道具なんて売り始めたんだな)

 ラークが知る限りでは、取り扱いはなかったはずだ。確かに魔道具だって、壊れもするし修理もできる。だが普通の道具と違って、修理には極めて高度な技術が求められる。そういった技術を持つ人物は魔道具技師と呼ばれるが、街に一人居るか居ないかというぐらい希少だ。例外は、街に必ず数人は居る、魔道灯専門の技師ぐらいだ。

 看板の指示に従ってさらに道を進むと、これまた派手な看板を頭上に掲げた建物に辿り着いた。あそこに書いてある文字も、さっきの看板と色が被らないようにしているのだと昔聞いたことがある。どういう意味があるのかはよく分からないが、店主のこだわりらしい。

 店に入ると、看板とは別の意味での多種多様性に迎えられた。服や装身具、武器、家具と食器、それからどう見ても屋根の一部にしか見えないものまで、ありとあらゆる物が限界まで詰め込まれていた。共通しているのは、どれもこれも、本当に売り物なのか疑ってしまうほどぼろぼろだということだ。そんなたちが、床も見えないほど敷き詰められ、天井まで積み上がっている。

「ルカ?」

「はーい?」

 誰も居ないように見えたのだが、ラークが店主の名前を呼ぶと、どこからともなく返事が返ってきた。ずいぶん近くから聞こえてきたような……。

「お客さん?」

「ひゃ!?」

 すぐ隣にあった大きな蓋つき収納具チェストが、勢いよく開いた。ミーファは飛び上がるほど驚いて、ラークの背中にすがりつく。

「あら、ラークじゃない」

 チェストの中からにゅっと出てきた顔が、嬉しそうに言った。愛嬌のある笑顔と、均整の取れたプロポーションが印象的な女性だ。が、野暮ったい作業着と、伸び放題のぼさぼさの髪が、その魅力の結構な割合を帳消しにしていた。

 歳はラークの少し上ぐらいに見えるのだが、ラークがこの街に来た四年前から変化が無いので、本当のところは分からない。もちろん、直接尋ねるなどという愚かな真似をするつもりはない。

「ミーファちゃんも、いらっしゃい」

「は、はい」

 ようやく落ち着いたらしいミーファが、こくこくと頷きながらラークの背から離れた。ついでにこの店に来た目的を思い出したようで、おずおずと切り出した。

「あの、前に聞いた魔道具のことなんですけど……」

「ああ、あれねー」

 人差し指でとんとんと頬を叩きながら、ルカはちょっと困ったように言った。

「まだ修理が終わってないのよね。知り合いに頼んでるんだけど、今忙しいらしくてさ」

「魔道具技師の伝手つてがあるのか?」

「そうそう、最近知り合ってねー。近頃ちかごろ景気悪いから、売り物を色々増やそうと思ってるの」

 ラークは思わず店の中を見回してしまった。増やすのはいいが、どこに置くつもりなんだろうか。

「折角来てもらったのにごめんね。別のものでも見てってよ、安くしちゃうから」

「はい、ありがとうございます」

 ミーファがぺこりと頭を下げると、ルカはまたチェストの中に戻って蓋を閉めた。すぐに、かん、かんという金づちの音が聞こえてくる。どうやら修理中らしい。

 二人は商品がらくたを踏まないように気をつけながら、冒険者向けの武具が並んだ棚へと向かった。他のものに比べると、比較的綺麗に陳列されている。

 折れた剣の先を研磨して、なんとかそのまま使えるようにした物。穴の開いた盾に、金属板を張り付けた物。店主の苦心の跡が見られた。

 もちろん、鍛冶屋に頼めばもっときちんと直してもらえるが、その分高くなってしまう。貧乏な駆け出し冒険者にとっては、その値段差で買えるか買えないかが分かれたりするのだ。命を預ける道具にはちゃんと金をかけるべき、というのは間違っていないのだが、無い袖は振れない。

 ラークは商品棚を見ながら、懐かしさに目を細めた。冒険者になって、初めて装備を揃えたのがこの店だった。生まれ育った村から家出同然で飛び出してきた少年の財布には、ほとんど何も入っていなかったのだ。

 あの頃の仲間たちは、今どうしているだろうか。もう何年も会っておらず、生きているのか死んでいるのかも分からない。冒険者にとっては、一度の別れが永遠の別れになってしまうことなんて、日常茶飯事だ。

 棚に置かれたとある箱の中を覗くと、十字に組み合わせた金属片がたくさん入っていた。不揃いなそれらは、一応ナイフの代わりとして使う物のようだ。多分、壊れた他の武具のパーツを再利用しているのだろう。

 以前聞いたところによると、アシュレイもナイフ使いで、遺跡探索の際には何本も持っていくらしい。軽くて持ち運びしやすく、失くしても痛くない――すぐに次が出せるという意味でも、お財布的な意味でも――からだそうだ。投げることも可能で、簡易的な飛び道具にもなる。

 遺跡探索においては、ありとあらゆる状況に備えなければならない。唯一の武器を失ってしまえば、生き残るのは難しいだろう。念のためにと思って、何本か買っておくことにした。この程度ならと思って、代金は自分の財布から出すことに決める。

「それって、投げるやつですか?」

 横からひょこりと顔を出したミーファが、ラークの手元を覗き込む。

「まあ、そうだな。使ってみるか?」

「いえ、私じゃなくて、サラちゃんに……魔道具は買えそうにないですし」

「なるほど」

 ラークは少しだけ検討してみてから、言った。

「いい考えかもしれないが、練習しないと使い物にならないぞ。あいつ、投げナイフの練習なんてするのか?」

「どうでしょう……」

 まるで想像がつかない。微妙な笑みを浮かべているところを見ると、ミーファも似たような意見に違いない、とラークは思った。

「そうそう」

 不意に、ばたん、とチェストの蓋が開く音と、ルカの声が背後から聞こえてきた。隣にいたミーファの体が、びくりと少しだけ震えるのが目に入った。

「今朝スコットが来たわよ」

「ほんとか!?」

 振り返ったラークは、それを聞いて目を見張った。ちょうどさっき考えていた、駆け出しの頃のパーティメンバーの一人だ。冒険者になったのも同じ頃で、この店にも何度か一緒に来たことがある。サラと同じく、治癒魔法も使える魔術師だった。

「ええ、何年ぶりかしらねー。懐かしかったわー」

「ラークさんのお知り合いの方ですか?」

 ミーファの質問に、ラークは首肯した。

「ああ。駆け出しの頃に、同じパーティだったやつだ」

「へえー。じゃあ、里帰りに来てるんですね」

 その言葉に、ルカが笑いながら首を振った。

「近くの遺跡に行くらしいわよ。まだ買い物してると思うから、探せば見つかるんじゃない?」

 そう言って、彼女は再び蓋を閉めた。

(スコットが帰ってきてるのか……)

 彼とは、パーティの中でも特に仲がよかった。おっとりとした性格で、魔術師の適性があったから冒険者になったものの、自分は向いてないんだといつも言っていた。だが遺跡探索に行くということは、今でも冒険者を続けているんだろう。

(しかし、遺跡か)

 そう言えば、とラークはアシュレイとの話を思い出した。

「なあ、ミーファ」

「はい?」

 ナイフを物色していたミーファが振り返る。

「今度、パーティで遺跡探索に出てみようかと思うんだが、どうかな?」

「遺跡……ですか」

 ミーファは微妙な表情で、迷うように視線を彷徨さまよわせた。もう少し興味を持つかと思っていたラークは、出鼻をくじかれてしまった。

「そうだ。遺跡に行ったことはあるか?」

「いえ、ありません」

「俺もあまり経験は無いが、心配することはない。遺跡探索を専門にやってるやつと、一緒に行く予定なんだ。そいつが案内してくれる」

「……そうですか」

 安心させようとしてアシュレイのことを言ったのだが、あまり効果は無かったようだ。それどころか、さらに気分が沈んだようにも見える。ラークはすっかり困ってしまった。

「お宝が手に入れば、装備だって整えられる。サラの魔道具も買えるだろう。考えてみてくれ」

「はい、考えてみます」

 ラークが頷くと、ミーファは手元のナイフに視線を落とした。そのまましばらくじっとしていて、何事か考え込んでいるようだった。どう見ても乗り気ではない。

(まあ、仕方ないか)

 やりたくないと言うなら、強制するわけにもいかない。魔物退治と違って、遺跡探索はハイリスクハイリターン、もっと言えばギャンブルに近い。実際、遺跡探索によく行く冒険者は賭け事も好きだったりするし、アシュレイもそうだ。全く手を出さない冒険者だって多い。

 ラークはミーファを置いて、店の中をぶらぶらと見て回った。


 しばらくがらくた屋で時間を潰したあと、二人は先ほどの店に戻った。ちょうど選び終わったらしい杖を購入して、中央広場に向かう。

 横を歩くサラに、ラークはちらりと目をやった。布に包まれた杖を、両手で抱きしめるようにして大事そうに持っている。表情はいつもとあまり変わらないが、心なしかうきうきしているようにも見えた。

 中央広場には、いつも通り大勢の人たちがたむろしていた。広場に面する高級店以外特に見るべきものはなく、ベンチと花木かぼくが点在しているだけだ。それでも、街の人たちの憩いの場として親しまれていた。

「ええと……あそこですね!」

 ミーファが指さす先に、目的の魔道具店があった。店が近づくにしたがって、ラークは次第に渋い顔になった。

 まるで小さな宮殿のようにも見える、白亜の建物だ。透明度の高い大きな硝子ガラスが入った窓からは、中の様子をうかがうことができる。広い店内には、白を基調とした格調高い飾り棚が並んでいた。様々な魔道具が、スペースに余裕を持って飾りつけられている。がらくた屋とはえらい違いだ。

 もちろん、客もそれに見合った身なりをした者ばかりだ。貴族らしき豪奢ごうしゃな服をまとった女性や、凝った意匠が施された、鈍い銀色の部分鎧――恐らく、同量の金の何倍もの値段がするという金属、ミスリル銀だ――を身に着けた大柄な冒険者が、真剣な表情で品定めをしている。

 ラークは自分の格好に目をやった。がらくた屋の商品よりはましだが、着古した服は、すっかりつぎはぎだらけだ。あの店には全くそぐわないだろう。だが、ミーファが全く気にした様子もなく入っていくので、仕方なくついて行った。

「いらっしゃいませ」

 扉を開けると、若い女性の店員に出迎えられた。場違いな自分たちに眉をひそめることもなく、にこやかな笑みを浮かべている。ラークは半ば無意識的に、笑顔を返していた。

 女性陣二人は、早速目当てのイヤリングのところに行っていた。ミーファは膝に手を当て、サラはそのまま、商品棚を覗き込むように見ている。二人とも、無言だ。

 話に聞いていた通り、金貨百枚が最安値というのは本当のようだった。物によっては、四桁を軽く超えている。家を買えてしまうような額を見て、眩暈めまいすら覚えた。

 噂の全身鎧の用心棒は、店の入り口を挟むように、二人並んで立っていた。まるで置物のように、先ほどからぴくりとも動かない。天井まで届きそうなほどのごつい槍を持っていたが、あれを屋内で振り回せるのかは疑問だ。もしかすると、威圧感を与えるのが彼らの目的で、本命は他にいるのかもしれない。

 店内を見回してみると、ラークたちと同じぐらいぼろい服を着た冒険者もいた。腕を組んで、武器が並んだ棚を凝視している。服に無頓着なベテランなのか、それとも自分たちと同じく単なる冷やかしなのかは、判断が付かなかった。

 入り口の扉が開く。ちらりと目をやったラークは、入ってきた人物を見て少し驚いた。

 そこには、派手な指輪と露出度の高い服を着た冒険者、レインが立っていた。後ろには、ローブ姿のシグルドが付き従っている。さすがにギルドの時のように騒ぐ者はいなかったが、何人かの冒険者がちらちらと視線を送っていた。

 入り口付近できょろきょろしていたレインは、やがて何かを見つけたような顔をして、店の奥へと歩いていった。さっき見た銀色の部分鎧の人物と、親しげに会話を始める。きっと彼も、一流の冒険者なのだろう。

 部分鎧の冒険者が、どこかへ向かって手招きした。足早に近づいてきた男の顔を見て、ラークは思わず声をあげそうになった。

(スコット!)

 女みたいだとよく揶揄からかわれていた彼の顔は、昔とほとんど変わっていない。背は多少伸びていたが、間違えようがなかった。唯一の大きな変化は、単に布を被っただけのような毛羽立ったローブが、手触りの良さそうな素材に銀糸で刺繍ししゅうほどこされた、見るからに高そうなものに変わっているということだ。

 彼は緊張の面持ちで、レインたちの会話に時折加わっているようだった。話の内容までは分からないが、部分鎧の男がスコットを紹介しているという風に見えた。もしかすると、二人は同じパーティなのかもしれない。

 部分鎧の男に何か言われて、レインは笑いながらスコットの肩を叩いた。恐縮したように縮こまるスコットが、顔を逸らして横を向く。その視線が、ちょうどラークの方を向いた。

 彼の表情が、ぱっと明るくなった。ラーク、と呼びかけるのが、唇の動きで分かった。レインと部分鎧の男にも目を向けられ、ラークは若干たじろぎながらも、手を上げて応えた。

 スコットはその場の人たちに何事か告げたあと、足早に歩いてきた。彼は、表情をさらに緩めて言った。記憶の中にある通りの、人の好さそうな笑みだ。

「久しぶりだねえ、ラーク」

「……だな」

 近くで見ると、装備全てに金がかかっているのがよく分かった。手に持った短いワンドも、一部にミスリル銀が使われているようだった。これだけで金貨数百枚、もしかしたら千枚以上するだろう。軽くて傷つきにくく、魔法とも相性の良いミスリル銀は、武具の素材として最上級のもののうちの一つだ。

「ちょっと外ではなししない?」

「ああ。パーティのやつらに言ってから行く」

 ラークが振り返ると、近くに来ていたミーファが、こちらの様子を恐る恐るうかがっていた。

「ミーファ、こいつがさっき話してたスコットだ」

「あ、は、はい!」

 ミーファは勢いよく頭を下げた。ずいぶんとおどおどしている。

「初めまして。僕の話なんてしてたの?」

「ルカの店に寄ってきたんだ」

「ああ、そういうこと」

「それから……あれ、サラはどこへ行った?」

 少女の姿を探したが、見当たらなかった。ミーファが困ったように言う。

「サラちゃんは、ちょっと店の奥に……」

「何かあったのか?」

「いえ、なんか魔道具を見せてもらうとかで……」

「……そうか」

 魔道具には興味がないのかと思っていたが、そういうわけでも無いらしい

 しかし、奥に仕舞ってある魔道具なんて、ここにある物よりもさらに高いだろう。まさか欲しいとか言うんじゃないだろうな、とラークはちょっと不安になった。

「じゃあ、先に外に出ている」

「はい」

 小さく手を振るミーファに別れを告げ、二人は店を出た。


「あ、あったあった」

 ちょっとあっちへ行こう、というスコットに連れられて、二人は中央広場の端まで来ていた。彼の指さす先には、大きな切り株がある。何の変哲もない、ただの切り株だったのだが、

「……!」

 それを目にした瞬間、ラークの頭の中に、四年前の記憶が鮮明によみがえった。よく二人でここに座り、中央広場を眺めていたのだ。しょっちゅう通る場所なのに、今の今まで忘れていた。

「懐かしいなあ」

 スコットは、切り株に腰掛けながら言った。ラークも隣に並ぶ。

 ここに座ると、前後にずれた四本の木が、ちょうど等間隔に並んで見える。その隙間には、広場の反対側にある三つの店が、ぴたりとはまっているのだ。左から、高級レストラン、さっきの魔道具店、それから最高級の武器ばかりを取り扱う店、という順に並んでいる。

「あの店さ」

 スコットは、三つの店を順に指さしながら言った。

「いつか行ってみようって話してたよね。覚えてる?」

「ああ」

「僕が魔道具店なら入れそうって言ったらさ、ラークは反対したんだよね」

「……せめて、一番安い商品を買えるぐらいは金を溜めてからと思ったんだ」

「うん、そう言ってた。でも僕は、すぐ街を出ちゃったからさ。四年かかったんだねえ、結局」

「……」

 深い感慨が込められたその言葉に、ラークは何も返すことができなかった。

 多分スコットは、ラークがもう十分に金を溜めていて、何らかの魔道具を買うために店に来たと勝手に思い込んでいるのだ。本当のところは、全財産をはたいても全く届かないというのに。

「まあ、まださくっと買えるほど儲かってはないけどね。ラークもそう?」

 こっちを見たスコットが、笑いながら言う。ラークはちくりと胸の奥が痛んだ。

「……それが買えるなら、あそこの魔道具ぐらい大したことないんじゃないのか?」

 腰に固定したミスリル銀製の杖を指さしながら、ラークは言った。相手の質問を無視する形になったが、スコットは特に気にしていない様子だった。

「ああ、これ? これは借り物だよ。リーダーから渡されてるんだ」

「リーダーって、さっきの店にいたやつか?」

「うん、そう」

「レインと知り合いなんだな」

「よく知らないけど、そうみたいだね。急に紹介されて緊張しちゃったよ」

 スコットは照れたように笑った。

 金貨数百枚以上の装備を他人に貸し与えることができるほど稼いでいて、レインと親しい冒険者。やはり、相当な実力者に違いない。そして彼のパーティに入っているスコットも、それに見合うだけの実力をつけているのだろう。ラークが四年も足踏みをしている間に。

「どうかした?」

 黙り込んでしまった友人を見て、スコットが首を傾げる。ラークは何かを言いかけて口を開き、だが言葉にはならなかった。逃げるように、視線をめぐらせる。

「そう言えば、今日ルカさんに会ったんだけどさ……」

 友人の内心に気づいているのかいないのか、スコットは別の話題に移った。ラークはほっとしながら、懐かしい友人との会話に花を咲かせた。

 しばらくしたあと、仲間たちが店から出てくるのが見えた。こちらに気づいて近づいてくる。ラークは小さく息を吐いた。

「悪い、そろそろ帰らなきゃならないんだ」

「うん、僕もリーダーのところに戻るよ。しばらくこの街にいるつもりだから、またご飯でも食べに行こうよ」

「ああ」

 立ち上がって、固く握手を交わす。スコットは、にこりと口角を上げた。

 ミーファとスコットは、お互いに丁寧にお辞儀してからすれ違った。サラは、何故か相手の後姿をじいっと見続けていた。

 三人で広場を後にするころには、もうだいぶ日が傾いてきていた。長く伸びた木の影が、風に揺られてわさわさと揺れていた。

 今日やるべきことは、全て終わった。懐かしい顔を見ることもできたが、ラークの心の中には、もやもやとしたものが溜まっていた。

 買い物に、というよりも店主と喋り疲れたのか、サラはいつもより少しだけ眠そうな顔をしていた。時々、歩きながらふらついている。それを支えながら、ミーファはラークの顔を見た。

「スコットさんって方、レインさんとお話してましたよね」

「やつのパーティーのリーダーが、知り合いらしい」

「へえー、すごい方なんですね!」

「そうだな。……俺なんかとはえらい違いだ」

 暗い表情で言うと、ミーファは言葉を失った。しばし、無言で大通りを進む。

「あの、ラークさん」

 不意に、ミーファが硬い口調で言った。顔を向けると、決意のこもった表情でじっと見つめられ、ラークは若干たじろいだ。

「……なんだ?」

「お昼に聞いた、遺跡の話ですけど。私、ラークさんについて行きます」

「ほんとか? 行きたくないなら、無理することは……」

「大丈夫です。サラちゃんとも相談しました」

 隣を歩く友人に目を向ける。サラは、二人の顔を交互に見たあと、小さく頷いた。

「分かった、ありがとう。すぐに案内人に連絡するよ。明日から準備を始めよう」

「はい、頑張りましょう!」

 いつもの笑顔に戻って、ミーファは力強く頷いた。ラークも自然と口元を緩め、帰り道を急いだ。

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