巨大な墓標

「なんの真似だ?」


 銃を向けてきたアルトに、力をこめて聞いた。


「向こうの殺したい相手は君じゃなく、私だよ。彼は君と話をしたいんだ。どうも邪魔ものは私だけらしい」


 アルトは細めた眼をこちらへ向けていやらしい微笑を浮かべ、小さく肩をすくめた。もし、サクがこいつだけを撃つ気だったら、選択的に射殺できるドローンを用意したのは確かにつじつまが合う。ガスや電流ではそれができないからだ。


「じゃあすぐに階段から降りろ。別々に行動しちまえばいい」

「いやあ……それより……相手の目的がなくなっちゃうほうが簡単じゃないかな」


 銃口がゆっくりと俺の額へ向く。


「てめえ、何がプロのビジネスだ。都合が悪くなったら裏切りか」


 ははっ、と、例の笑顔を俺に見せた。


「自分が死んじゃったらビジネスも何もないからねえ。ま、ゲーセンのゲームよりはずいぶん楽しませてもらったよ。私はね、鉛弾を叩き込めりゃいいんだよ」


 その口上の途中で、俺の背後からドローンの音が聞こえた。同時にアルトが走り込む。俺の胸を手のひらで突き、足を引っかけて転がす。状況を理解する前に、アルトが鋭くつぶやいた。


「私が叩き込みたい相手はこっちの方だ」


 軽快に体を翻しながらアルトが拳銃を連射した。ドローンの射撃が始まったが、銃弾はかすりもしなかった。振り返って前を見る。鳥打ちのようにドローンが次々に弾け飛んだ。アルトが伏せて、さらに落下したドローンの拳銃へ弾を当てて完全に破壊する。


「どういうことだ?」

「マイクで私のセリフを拾って、慌てて総力戦。あんたの友達はノリがいいね」


「一瞬本気にしたぜ」

「相手はショウをどうしようが私は殺すよ。チープな芝居に引っかかってくれて良かった。向こうも焦ってるんでしょ」


 ひと段落したかと思ったところでひときわ大きなドローンがけたたましい音を立てて廊下の向こう側に現れた。長い筒のようなものをぶら下げていた。


「きたきたきた。すごいね、こいつに狙われたのは初めてだ」


 アルトが立ち上がってリノリウムを蹴った。しゅう、という不気味な音とともに火と煙が見える。直後、ロケットのようなものが飛んできた。


 アルトが走りこみながら引き金を引いた。飛翔する機械に2度の鋭い金属音。小さなロケットは音を立てて曲がり、ドアの開いたエレベータへねじ込まれた。


「反対むいて伏せな! 目とじて耳を両手でおおえ!」


 指示に従う前に、ロケットが飛び込んだエレベーターのカゴから閃光と爆音が噴き出した。鼓膜に強烈な衝撃が響く。


「なんだおい!」

「セーフ、炸薬が少ないみたいだ。自作RPGなんてネットの与太話と思ってたのに、作る人いるんだねえ」


「お前、飛んできた弾に弾を当てたのか?」

「映画ならクライマックスだけど、残念ながら観客はゼロだね。さて……弱ってからとどめにもう1機来るはずだったと。それなのにドローンの音はしないぞと。じゃあどう来るかというと……」


 アルトは今の撃ち合いで相当に消耗したのか、息を整えながらしゃがみこんだ。エレベータの1つが突然動き出した。慌てて身を翻したが、アルトは動かない。


「こいつか……? いやいや陽動かな?」


 アルトが荒い呼吸を殺しながら流れるような手つきでマガジンを入れ替え、エレベータから離れる。


「ショウ、そっちの通路見張って」

「わかった」


 エレベータが開いた。中からは何も出てこない。


「そっちに目をやったタイミングで、そっちの通路から出てきますと」


 アルトが言ったが、通路には動きはない。


「はずれかな……」

「いや、来た」


 通路の先。ドローンじゃない。廊下を走っているのは警備用のロボットだ。以前オペラシティビルで見たナイトスコープ社のK5だ。ロケットの先端を思わせる白いのっぺりした胴体に、青のランプが不規則に点滅している。アルトはその頭頂部へ向けて構えたが、弾は撃たなかった。


「銃じゃ倒れなさそうだなあ……」


 言った直後に、アルトが足払いをくらったみたいにひっくり返った。続く射撃の音。


「なんだ?」


 振り返る。反対側にもう1台同じロボットがいた。


「ショウ、蹴倒して! K5は自力で立ち上がれない!」


 地面を転がりながらアルトが叫んだ。考える間もなかった。体重を込めて、銃を縛り付けたロボットへ足の裏で思いきり蹴りこんだ。壁にぶつかり跳ねながら倒れる。


「アルト!」

「柱の陰まで引きずって!」


 手を伸ばす。手袋をつかみ、全力で引きずった。もう一台は武器を装備していないのか、逃げ込むのを見るや、通路の奥へ消えていった。


「やられたな……」


 アルトのふくらはぎには防護用か、独特な素材のものを巻き付けてあったが、その下の部分が貫通して右足がちぎれかけている。心臓の鼓動に合わせてどくどくと鮮血が噴き出していた。ハンカチをかみしめてナップザックを開き、止血帯を取り出す。


「傷の上を全力で縛ってくれるかな。それからボールペンを差し込んでひねる。血が出なくなったら合格だ」


 指示に従ったが、その足首は明らかに体を支える形になっていなかった。


「残念だな。意識が朦朧とし始めてる。これで終わりみたいだ」

「なんだ終わりって」


「終わりというのは、人生の終わりのことだよ。足を失っちゃおしまいだね。この業界で生きるのは無理だ」

「諦めるのが早すぎるぞ」


「素人は黙っとれ。それより、これを受け取ってもらえるかな」


 懐から、何かを取り出した。


「なんだこりゃ」

「遺書。1番上の封筒へ2番目の便せんを入れてポストに投函。家族に届く。生命保険を渡さないとね」


「お前、家族なんかいたのか?」

「意外だろ。実は旦那と娘がいる。この前中学生になったんだ。彼女じゃないよ」


「じゃあなおさら死ぬことはねえ。担いでやる」

「そうはいかない」


 アルトが銃口を俺の胸へ向けた。


「何やってやがる。もう演技はいらねえよ」

「消えな。でなけりゃ撃つ。今度は本気さ。クライアントの仕事の足を引っ張るなんてまっぴらだ。これが私の生き方なんだよ。ドブの中で生きてても、それなりの矜持ってのがあってさ」


「じゃあ契約は終わりだ」

「そうじゃないんだよ。わからないかなあ。さすがプロだって褒めて欲しいんだ。そう言ってもらえなけりゃ、あんまりみじめじゃないか。これしかなくて、これだけのために生きてきたんだからさ」


 アルトの目がいつもの光沢を失っていた。初めて会った時からずっと嫌っていたその目は瞳孔が開き、鮮やかな澄んだ色をたたえていた。


「見えなくなってきた。カバンの外側のポケットにタバコが1本だけ入ってるんだ。取ってくれないか」


 銃を俺に向けながら、アルトがかすれた声で言った。俺は黙ってカバンのチャックを開いた。ラップでくるんだライターとマルボロが出てきた。


「口に差し込んで火をつけてくれるかい」

「なんでこんなとこに入れてんだ」


「喘息もちでね。吸えないんだ。弱いのさ。体が。それでウォン先生のとこに通ってたんだ。保険証から足がつかないから……最期が来た時、1本だけ吸いたかった……」


「あんたが弱けりゃ、強い奴なんてどこにもいねえよ」


「弱いよ。身よりもいないし、女で、病気持ちで……弱かったから強くなりたかった。怖がられるために必死だった。そしてたどり着いた今日だよ。安っぽいプライドでなんとかここまで……」


 かすれた声は、ほとんど聞こえなくなっていた。俺は黙ってアルトの口にタバコを差し込んで火をつけた。


「最後にひとつだけ豆知識。あの車椅子に座ってた子。狙って殺されたね。人工知能の誤認じゃない」


「そうなのか。どうしてわかった」


「射撃がヘタ過ぎる。軍用オートマタなら、私と撃ち合って落とされるわけがない……このドローンは素人が操縦してる単なるラジコンさ。あんたの友達は……ただの人殺しだよ」


 最後まで言い切ると、アルトが目を閉じた。


「火が消えるまでにいなくなってくれるかい。1人で行きたいんだ。自殺したら保険金は下りない。血がなくなるまで、煙と一緒にのんびりするよ」


 あえぎながら、アルトが目を伏せた。


 エレベータへ向かった。ついに1人だ。だが、恐怖や緊張は意外なほどに少なかった。結局のところ自分はなんなのだろうと、それを何度も考えた。ハサウェイに白の帽子を取れと言われてから、俺が目指してきたのはその道だった。IT技術を社会に役立て、自分の存在意義に重ねようとしてきたつもりだった。今やろうとしていることは、あまりにもその道から遠かった。


 俺もサクも、白の帽子を取ろうとした。自分の作り出したツールが世界を救うのだと。恐れのない、惑うことのない未来を作り出すのだと思ってきた。


 どちらも黒の帽子と共にここまで来た。そして捨てるわけにはいかなかった。上を向いた三角のボタンへ指を伸ばす。このビルに入って初めて、俺は自分で物に触れた。


 エレベータが開く。

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