大樹と小木
「今まで協力していただいたことは全く感謝しているんですよ。で、もちろん君たちの能力も信頼していますと。ただ、残念ながらこの会社で君たちを雇うことは難しいと。そうなりました」
サクとマドカさんは事情があって、1ヵ月ほど事務所から離れていた。その間にシャダイから連絡が来て、行くなり壇に言われたセリフがこれだ。とにかくサクのがっかりする顔が浮かんだ。いきなりその態度はなんだと食ってかかりたかったが、それを払って理由を聞いた。
「まあ先月から何度か人事や私の部門の者とも相談したんですけど、君たちの志向はあまりにもはっきりしすぎていて、それだけをやりたいという人を雇う体制が作れない。まあそれが理由なんですよ。企業には戦略というものがあってですね」
「そりゃわかりますけど」
「君たちのタイプもちょっと個性が強くてと言われましてね。こういうところでは、普通君のような服では来ないとか」
壇は隣の椅子においた革ジャンに目を落としていた。
「会社に入ったら背広を着ますよ」
「いや、それだけが理由ってわけじゃなくてね」
「他の分野にも興味がないわけじゃ」
「だったらほかの皆さんと同じように、新卒採用の枠で応募してもらうということになるわけなんですよ。とにかく私としてはね、もうそう決まったと伝えるしかなくて。申し訳ないです、せっかくね、いろいろとやっていただいたのに」
これが日本企業か。
外へ出るなり舌を打った。つくづく能力ではない。都合だ。都合が合うか合わないかで就職は決まるのだ。俺はともかく、サクは気の毒だった。シャダイのツールに合うような設計にしろと、あれこれ口を出していた俺にも責任があるように思った。
バイクを乱暴に走らせて神宮前の事務所に戻り、床の上で寝転んで少し眠った。昼前になって、久々の顔がドアの向こうからやってきた。
「ごめんごめん。しばらく」
「大変だったな。親父さん亡くなったんだって」
「うん。ちょっと変わった死に方でね。やたら警察にいろいろ聞かれたよ」
「警察?」
「うん。ちょっと」
サクにしては口ごもった話し方だ。気になって聞き返した。
「お前の事疑ってるとか?」
それを聞くと、サクはじっと俺の目を見た。何を考えているのかわからない、奇妙に静かな顔をしている。怪訝な態度に少し身を固くしたが、俺が失礼な事を言ったという感じではなかった。
「いや疑うとかじゃないと思うけどね。警察って、そういうものらしいよ」
サクはもう一度柔らかい声で俺に言った。
「そんなら深く聞かねえや。それよりさっきも送ったけど、シャダイ、ダメだった。椅子ねえとよ。欲しいのは、結局いろんな商品の売り込みできるセールスとコンサルなんだろな」
「うん、読んだ。でもショウなら営業もできるでしょ」
「だとしてもお前のツールを売りてえよな」
「はあ、こんなだから落ちたんだろうね……一応就活やるけど、僕やっぱり進学するかも」
ため息が重なり合う。結局、もう今作ってるものをどう売るのかを考えるのはやめた。一からの就職活動だ。大学を出たらお互いに違う会社で、馴染みのない技術を最初から扱うことになる。
次の日からサクは開発エンジニア、俺はITコンサルタントにエントリした。社会に出れば、やりたい事をやりたいようにはできない。親兄弟や先輩やらから言われ続けたことを、ついに思い知らされる日が来た。
*
梅雨時になっても就職は決まらなかった。大学からの推薦はもらっていたがどうもピンとくるのが無い。自力で探しても東大卒や京大卒が集まるような企業だと勝ち目はなかった。その日は朝から雨だった。10社ほど落とされて事務所で腐りながら、ばったりと大の字になっていた。
「なんか就活って、好きでもねえ女に声かけて片っ端からフラれるみてえだな」
「そのセリフ5回くらい聞いた」
サクがつぶやいたときに、スマホに突然メールが来た。面接をしたいという簡潔な内容だ。承諾すると、すぐ行くと追伸が来た。署名に書いた住所に来るということだろうか? 向こうからやってくる面接なんて初めてだ。
「ルーグ・セキュリティ。聞いたことあるか?」
「知らない。ググる」
サクがスマホをいじると、すぐにサイトが出てきた。
「あるね。ルーグ・セキュリティ。なんかちゃんとした会社みたいだよ。1000人以上社員がいる。本社はアメリカで研究所はアイルランド。アジア地域では日本とタイに拠点がある会社だってさ」
「外資系か。何やってる会社だ?」
「えっと、自社サービスは企業のリスク診断だって」
サクがやけに興味を持つので、俺も思わずサイトをのぞき込んだ。
「
話している時にインターホンの音がした。モニターに人影が映っている。
「もう来たの?」
「なんかすげえ人相の悪い奴が玄関にいるぞ」
神宮の住所は遊びで作ったサイトに載せてあったが、商談に使うことはめったになかった。なにしろ客間もない単なる住宅だ。
「どうしよう?」
「こんな雨だし入れてみるか。変なこと言いだしたらぶん殴って追い出すよ」
ガチャリとドアを押す。男は傘もささずに来たのか、雨に打たれた中折れ帽を事務所の前で振っていた。身長は俺と変わらないが、開けたドアの幅と同じくらい横がある男だった。
鉄の床に跳ねる水滴の音を消すように、低い声の英語が玄関に響いた。
「雇用の依頼に来た。私はアーネスト・バーソロミュー・ハサウェイ。ルーグ・セキュリティの代表だ」
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