ラッパー再び
強風にたなびく着物と打ちつけ合う刀の鞘。俺も前のめりにならなければ飛ばされそうだ。後ろの彼女も重い袋を背負って耐え忍んでいる。
「ねえ! いつまで歩くの! 雨宿りってどこ!」
「すぐ近くだ! もうちょっと歩けば着く!」
大声でないと聞こえないほどの強風だ。
天候は最悪の一途をたどる。高速道路から吹きすさぶ風はその強さを増し、昼にも関わらず空は黒い雲に覆われ、まるで夜の様。この調子だと雨も降ってくる勢いだ。
「やばそうだな。ちょっと早く進むぞ!」
俺は歩くペースを速めた。
「え? なんて言った!」
その時だった。海から波の様にうねりながら、大気を裂いて大粒の雨が俺達に叩き付けた。
「きゃっ――痛い」
あまりの勢いにアスナはその場でうずくまってしまった。俺はそれを見ると駆け寄った。
「あそこにトンネルがあるのが見えるか?」
俺はアスナから雨が打ち付けない位置にしゃがみこんで聞こえるように耳元で喋った。それにアスナは首を上げて遠方を見るとこくんと頷いた。
「あそこで雨宿りをする。そこまで行けるな?」
それにアスナは立ち上がって返した。俺はアスナの側面を歩いて雨が打ち付けないようにした。アスナもそれに応える様に一歩ずつだが歩き出した。
なぜ俺がこんな事をしているのか、自分自身不思議だった。いつも一人旅で助けもない状況を掻い潜ってきたせいなのか、こういうのに慣れてないのかもしれない。だが、不思議と心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
そうして進み、なんとかトンネルの手前まで着いた。その頃には俺の着物はずぶ濡れだ。しかし、雨は止む所か勢いを増していた。
「さっさと入ろう!」
そういってアスナと一緒に小走りで中に入った。
中は闇と言えるほどの暗さ。明かりなどどこにもない。入口からの明かりもこの天候故、数メートル先も見えない。とにかく俺達はトンネルの端、それも入口の明かりが入る所に座り込んだ。
「あぁ、疲れた……」
この悪路をよく乗り越えたものだ。しかし、アスナも俺と同様にずぶ濡れ。いくらかばってもこの天候では濡れるか。しかし、トンネルの中がおかしい。いつもならここに監視者がいるはずだが……
そう思い、俺は少し常闇のトンネルの奥を覗いた。その瞬間、トンネルの上を稲妻が走ったと次の瞬間にはトンネルに明かりが付いた。その夕日の様な明かりが連なる先に人影が見えた。凝視してるとその人影はどこか身に覚えがあった。
「おう、久しぶりだYO! 君達~」
その奇抜なファッションと尖ったサングラス、そしてその甲高いラップ調の声。忘れようにも忘れられないその個性に俺はため息を吐いた。
「おう、いきなりなんだい。ため息なんて~。今回は本気を出させてもらうYO」
錆びた車の上でまた踊りながら挑発する剽軽者。こんな濃いキャラと今一度会うとは……
「それじゃあバァバ、よろしく~」
またしても数十人の盗賊が現れた。すると、後方から何やら地面を這う様な音が聞こえてきた。それは次第に大きくなると茶色い巨体が姿を現した。ウナギの様なワーム状の体、耳にも見えるヒレ、そして何と言ってもインパクトがあるのはその口。円形状の口には目も鼻も無く、ただ何重にも生えた歯が大きく開けている。
「気持ちわる――」
アスナには応えるその容姿。しかし、俺にとっては見慣れたモノノケだ。
「さて、ウチの若いもんを痛めつけたのはどこのどいつだい?」
道路の端を杖を突いて現れたのは、茶色いボロ衣に乱れた長い髪の老婆。そして俺を見るなり目を丸くした。
「おぉ、ケンじゃないか。お前のじいさんは元気かい?」
そう言って俺に近寄ると曲がった腰から俺を見上げた。
「ええ、元気です。そちらも元気で何より」
「え?」
そこにいた全ての盗賊とアスナは唖然として言った。
「バカだねあんたも。駿河一族に手出すなんて。そりゃ、竜の一匹や二匹連れてくるさ。こんな失態、本当だったらあんたはとうにデンデンの胃袋の中だよ」
デンデンとはこの薄気味悪いモノノケの事だ。この老婆も吉野行商隊と同じく《モノノケ使い》なのだ。
「そ、そう言われてもYO……」
覇気のなくなったラップ調に身を縮める剽軽者だが、その時、デンデンのよだれが彼の肩を這った。
「WOW! ほ、本気じゃないよな……」
デンデンにビビる剽軽者だが、勿論、デンデンに伝わるはずもない。
「デンデン! 穴倉に戻ってな」
それに従うようにデンデンは向きを変えてトンネルの奥に消えて行った。
「さぁ、あんたらも帰りな!」
それに盗賊達も従ってトンネルの奥へと歩き出した。
「まさか、こんな展開になるなんてYO――」
あの剽軽者も従わざるを得ない。
「で、後ろの小娘はなんだい?」
いつの間にか俺の後ろに張り付いていたアスナに老婆の鋭い眼光が向けられる。さすがのアスナもそれには耐え切れず、俺の背後に隠れた。
デヴァステーション 蚊帳ノ外心子 @BAD_END
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