旅のお供は――
俺は食料などを袋に詰めて口を閉めた。一人旅なら懐だけで済むが、今回からはそうは行かない。
旅館のカウンターで待っていると外から人が入って来た。
「当分は風呂に入れないからな」
俺の忠告に彼女は口を尖らせた。
「分かってるわよ。さ、行きましょ」
「ダチにはあいさつしたのか?」
俺の問いにアスナは少し顔を曇らせた。
「親みたいな事言わないで。あなたはあたしの保護者じゃないんだから」
そういうと曇った顔を無理やり隠し、口を尖らせ、そっぽを向いた。
「ふっ、へいへい。んじゃ、行くか。またな。ゴンジ」
「ああ、いつでも待ってるぜ。空の嬢ちゃんも元気でな」
手を振るゴンジにアスナは振り返して旅館を俺と後にした。
三日前に通った松明の門を後にし、行きと同じ道をまた歩いて行った。
「ねぇ、そういえば行先聞いてないんだけど」
後ろから聞こえる強気な声に俺は歩きながら答えた。
「まずは東に向かう。あ、それとコレ」
そう言って振り返り際に、持っていた食料の袋をアスナに投げる様に渡した。
「重っ……なんであたしに持たせるのよ!」
重たそうに袋を抱えるアスナに俺は鼻で笑った。
「あんたの分の食料だからな。それに体力ぐらい付けてもらわないと」
「チッ」
後ろから舌打ちが聞こえたがそれには気にも留めず、俺はスタスタと歩いた。
それにしてもモノノケの気配が全くない。やはりヌシのおかげだな。そんなことを思ってるとビルほどの物体が動く影が見えた。
「噂をすれば何とやら。おい、吉野行商隊だぞ」
重い袋に四苦八苦しているアスナに教えるとアスナは目を丸くした。
「何これ……超でかいじゃん………」
ビル群を縫う様に歩くヌシは片手にその巨体に見合う袋を下げ、歩いていた。時たま、屋上に手を掛ける光景は正に圧巻。
するとヌシは俺達に気付いたのか、こっちを見て立ち止った。アスナはそれに圧倒され、口を開けたままだ。
「ヌシぃ! どうした!」
袋に付いているポケットからまるで小人の様に出てきたのは吉野行商隊の当主。ヌシの向いている方を見ると「ハッハッハ」とここまで聞こえる威勢のいい笑い声を轟(とどろ)かせた。
「おい、新入り! マブダチが居るぞ!」
それにもう一つのポケットからヒョコッと出てきたのはあのカズトだった。当主が指差す方向に目をやると手を振っているのが分かった。
「おーい! アスナー!」
俺がアスナに目をやるといつの間にか険悪な顔になっていた。そして、カズトの呼び声には答えずに歩いて行った。
「………ふぅ。カズトー!あんたらはどこへ行くんだー!」
その問いには当主が答えた。
「信濃まで北上してそのまま東に首都まで行くつもりだー!」
「そうか! それなら首都で会うかもなー!」
それを聞くと当主はまた笑い声を轟かせた。
「なら首都でまた会おう!」
「ああ! 達者でなー!」
俺と当主は手を振りあった。カズトは一応手を振ったが、アスナの存在を気にしてるようだった。
俺達の会話が終わるのと同時にヌシが動きだし、反対の方向へとその巨体がまた歩き出した。
そして無言で俺の先を歩いているアスナに目をやり、少し呆れながらもアスナに追いついた。
「いいのか?」
「………」
俺の問いにも無言だった。無表情でひたすら歩いている。
俺もこれ以上は詮索しなかった。そしてその空気を保ったまま、俺達は高速道路に上がって東に進路を取った。
あれから数時間、俺とアスナは一言も言葉を交えず、延々と続く高速道路を歩いていた。
正直、アスナの心は全くと言っていいほど読めない。最初会った時、彼女は素人盗賊のリーダーにふさわしい言動だった。しかし、俺とコロニー金城に行くまでといえば、それとはまるで違う。疲れただの歩きたくないだの駄々をこねていた。年相応とは思えない。だが今度はコロニーで空の友達と別れる事になると、感情をあらわにしていた。今もそうだ。そう物思いにふけりながらアスナを見ているとアスナが殺気を感じた様に俺を睨んできた。
「ん………何?」
言葉が詰まるほどの威圧に俺は仰天した。しかし、何か言ってくる訳でもなく、視線を戻すと少し速度を上げて歩き出した。
――ああいうのがツンデレってんなら仕方のねー事かもしれんが……
俺もそろそろ慣れなければならないのかな……
高速道路というのは便利な物だ。ビルには囲まれてはいるが、支柱はなんせネズミ返しの様な構造をしているし、もし途中で降りれる道からモノノケが大群で襲って来ようものなら先の幹線道路の様にでかいドラゴンには格好のエサ場となる。それは盗賊、小型のモノノケともに暗黙の了解。だから高速道路は一般的に俺達旅人や小規模の行商隊には都合がいい。ドラゴンも一口で終わるような餌には食い付いて来ないだろう。ま、相手のお腹の都合によるが……
風向きが変わった。南から吹いてくる磯の香り。南進すること十数時間、右には藍色の大海原が水平線まで続き、太陽が沈みかけていた。
「何――?このツンとする臭い」
アスナはそういって鼻に手を当てた。
「空には海は無いよな。ま、これが海の匂いさ」
俺は深呼吸すると、少し楽になった。
「海は確か、塩分を含んでいるのよね?」
あれだけだんまりを決め込んでいたアスナが前触れもなく、普通に話し掛けてきた。
「あ……あぁ、それが――」
「気化して風に乗ってこうやって匂うのね」
今の言葉に口が開いたままだ。《空》で海を造るなど無意味なのは地上の人でも容易に付く。それなら海の知識など皆無だと思っていたが、まさか……
「何? 知らないとでも思ったの?」
自慢気に気取ったアスナはそう言うと、俺を一目見て先に進んだ。
――《空》って……どうなってるんだよ……
俺が呆気に取られながらも、日は沈みかけている。そこで今日はこの場所で野宿をするとアスナに伝え、アスナの持っている袋からカモフラージュ用の簡易テントを出した。
「ねぇ、まさかこのテントに二人入る訳じゃないでしょうね?」
その殺気じみたものに俺は息を呑んだが、こう反撃した。
「別に俺一人外で野宿してもいいんだぜ。その代り身の保証は出来ないけどな。夜はモノノケが活発になるからなぁ……」
俺のわざとらしい言い分に眉間にしわをよせたアスナだが、自分でモノノケに対処など出来はしない。
「それじゃ、ちゃんと守ってよ!」
アスナは俺に迫り、指を差して言い放つとテントを組み上げていった。
「……了解」
俺はボソッっと呟いた。
「ちょっと! 油売ってないで手伝いなさいよ! テントなんて張ったことないんだから」
中腰で四苦八苦するアスナに俺は鼻で笑った。
「へいへい」
日はもう水平線の彼方に沈みこもうとしている。それをアスナは高速道路の端に作ったテントから顔を出して眺めていた。藍色の海が赤く染まる瞬間だ。
「綺麗ね。箱舟からはこんな景色見れないわ……」
「じゃ、空からはどう見えるんだ?」
俺の問いにアスナは少し息を吐いた。
「箱舟は太陽を追うように飛んでるの。だから夜は無いも同然だわ。まぁ、窓を閉めて人工的に夜にしてるんだけど。それより出来たの?」
コトコトと煮込まれた茶色い液体はスパイスの香りをまとわせ、もう出来上がる。
「今日は豪勢だぞ。これ以降はこんな飯はありつけないからな」
そう言って俺は味見をすると頷いた。
「カレーね! 地上でも出来るんだ」
ワクワクを止められないのか、アスナは有頂天だ。
米は炊いたおにぎりを崩して皿に盛ってそこへルーをダイブ。旅先でこんな食い物は出来ない。これもゴンジのおかげだ。
即座に皿とスプーンを手に取り、アスナはごはんにルーをかけた。
「いっただきまーす」
まるで十二~三歳の子供の様にカレーを頬張り、嬉しがっている。本当に俺と同年代なのか疑うね。そう思いながらも俺はマスクを外してスプーンを動かす。
皿を空にしてスプーンを置いた。鍋の中のカレーのルーも空っぽ。一応多めに作ったつもりが、ほとんどをアスナがたいらげた。
「はぁ――お腹いっぱい……」
アスナはテントの端――高速道路の端――にもたれた。
「がっつき過ぎだ。胃もたれ起こすぞ」
そう忠告するも、アスナは気にしていないようだ。俺はカレーに使った皿や鍋をテントの外に出した。
「えっ? ちょっとなんで捨てるの?」
アスナが思うのも無理はない。
「もう使わないからな。それに他の行商隊とかが拾ってくれるだろう。鉄は貴重だからな」
俺は食料の入った袋を探って残りの食料などを確かめた。
「もったいないじゃない。それにもう使わないって、後何があるの?」
袋の中を覗き込もうとするアスナに俺は食料を取り出した。
「これだけ」
そう言って出したのはパンだった。
「……これしかないの?」
アスナは袋の中に顔を突っ込んで調べ出した。
「後、チーズくらいはあるな」
顔を袋から出したアスナの表情は落胆そのものだった。しかし、それが段々と怒りに変わるのを俺は感じた。
「パンとチーズってどういう事よ……これからこれだけで食べてけって事なの!」
俺に迫るアスナに俺は身を引いた。
「だから言ったろ。これ以降はこんな飯にありつけないって」
「もういい」
アスナはそのまま布一枚の毛布と布団の中にうずくまった。
「……おやすみ」
鍋と皿を捨てたのはアスナの負担を軽くするためでもあった。それにゴンジがここまでくる用事もあるという事で、半ばゴンジに渡す運びとなっている。勿論、その間に誰が盗っていこうと問題はない。あの鉄製の皿と鍋は一度溶かして成型するつもりだからだ。
曇天になった空に潮風がテントに激しく吹き付ける。海も白波を立てて荒ぶる。
「台風が来るか……」
テントの端にもたれて俺は刀の刃を凝視しながらも、この先の天候に不安を感じていた。ふと、アスナを見ると肩を震わせていた。緊張からか、寒いのか分からないが、俺の分の毛布も掛けた。
波と風の荒々しい音に恐怖を感じながらも、俺はそのままの姿勢で眠りについた。
ガサガサと物々しい音にアスナは目を開けた。テントが揺れていた。一瞬盗賊かと思ったが、それを振り払う様にヒューと風が鳴いた。強風がテントにぶつかっている。周りを見るもあの侍まがいの奴はいなかった。テントの端を這うように外に顔を出した。太陽が見えない曇天の空、海はまるで生き物の様にうねっていた。風はあたし達にぶつかってくる。
「何これ……」
「台風が近づいて来てる」
その言葉にアスナは顔を強張らせた。
「た、台風ってあの――大きな渦?」
「空からはそう見えるのか?」
俺は高速道路の塀から降りると、テントを片付けだした。
「え――? あの大きな低気圧で中心に目があって――」
「お! そっちでも台風の中心は『目』って言うのか」
「ちょっと! 台風なんて危ないじゃない!」
アスナは俺の周りをそわそわとしているが、俺はといえば呑気にテントを片付けてる。
「台風なんか、いつもの事だ。そんな気にするな」
俺にとってはこの季節ならいつもの事。しかし、空の彼女には初体験だろう。ある種の地上からの洗礼かもしれない。
「あたしにとってはいつもじゃないの! どうするのよ……」
海からの冷たい強風と豹変した地上の景色に、アスナは俺の腕を掴んでゆすっている。
「大丈夫って言ってるだろ。ほら」
そう言って俺はアスナにテントや食料の入った袋を渡した。アスナは重そうに袋を持ったが、少しはこ慣れてきたのかそれほど苦しくはなさそうだ。
「台風はまだ来てない。だから来る前に雨宿りをする」
「雨宿り?」
「そう、雨宿り」
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