4 六年前

 祖母は、父が成人してから家を出たと聞いている。兄が小さい頃は時々そっと訪ねてくることもあったそうだが、俺は全く面識がない。ただ、俺が小学五年の時、そう、最後に暗室作業を手伝った時に、初めて写真を見せられた。

 祖父との離婚後、再婚先で祖母が幸せだったかどうかは知らない。ただ、婚家から訃報を聞いた時の、祖父の顔は覚えている。

 慟哭するでもなく。静かに涙するでもなく。ただ、

「遺影はこちらで用意させてください。私には、それしか供養ができませんから」

 と電話口に告げる祖父の顔は、蒼白だった。

 そしていつものように暗室作業に取り掛かる祖父に、俺は何の考えも無く付いていった。

 そう、いつもの作業だと思って。

 しかしその日、祖父は大きな印画紙を用意していた。引き伸ばし器のレンズは下にではなく横に向けられ、壁に照らし出された像は、初めて見る祖母の顔。何度か話に聞いて、優しげなイメージを思い浮かべていたその人は、目の辺りが少し俺に似ていた。けれどもう既にこの世に居ない人だ。その事実が俺を怖がらせた。

 ぞく、と背中が寒くなったのを覚えている。

 怖がっちゃいけない、この人はおばあちゃんなんだ、怖がっちゃ失礼だ、そう自分に言い聞かせた。幼いながらそれくらいの分別はあるつもりだった。けれど。

 結局泣き出してしまった俺のために、祖父は作業を中断せねばならなかった。

 たぶんその日以来、俺が暗室に入ることは無かったんじゃないかな……


 「六年前、か」

 とりとめもなく浮かんでくる記憶は苦っぽい。俺は再び寝返りを打って、兄貴の向こうに寝っ転がるタカシを見た。ちょうどこのくらいだったな、と思いながら。


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