永町さん、参加する。
◇
ヒロにあんな言われ方をされてしまっては考えを改めるしかない。
人は指摘された直後にだけ改心する場合がある。今の私はそれ。
クラスの人が嫌いなわけじゃないのよ。みんないい人。
大してかかわってないくせにそんなこと言っちゃいけないんだろうけど。
話せないわけではない。
人見知りを全くしない性格というわけではないから、そういうので気軽に話しかけられないというのは否めないけど、雑談は普通にできる。
相容れないわけではない。
話したことがある――そんな程度の仲だから万が一要らないお節介を働かせてしまった場合にうざがられるのを怖がっているのだと思う。
緊張の理由を分析しながら私は自室の机に置いたタブレットに向かっていた。
タブレットの使い方に疎いわけではない。
普段家にいる中では最年長だから。理解しなければならない役割なのは私だ。
あれば便利なのは重々承知しているけれど、必要に迫られない限りは使わない。
普段よく使っているのは多分ヒロだと思う。動画を見たりゲームをしたりするのに使っていて、もう何年も前からある今のタブレットが型落ち気味だから最新のなんで買わないの? と両親に強請っていた。
両親は「じゃあヒロの誕生日にヒロ専用の買おうか」と言っていたけど、実現するかは分からない。
そんなタブレットでラインを起動させ、対応する有線のマイクセットを頭につける。
『8時半ぐらいから始めるから好きに入ってきてねー』
水楢さんのそんなメッセージが投稿され、十秒も満たないうちに2,3個スタンプのみの返答が上がる。
その背後ではバタバタと廊下を走る誰かの足音。
走るのは詩しかいないからあの子だと思うけど。転ぶからやめなさいって言ってるのに。
そう思った直後「うた、うるさーい!」とカナの声。
……お母さんみたいな怒り方するのね、あの子。
『ちなみに参加する気がある人ー! 挙手!』
部屋の外に意識を傾けていると、通知音と共に次のメッセージが投稿される。
それにどきり、と心臓が嫌な鳴り方をした。
『お風呂から参加許されるー?』
そう返すのは水楢さんのグループにいる女の子。
『えー? 反響するじゃんそれー』
『聞き取りにくいからあんた発言禁止ねw』
『やっば発言権失ったんだけどww』
『マジ? 風呂入ってれば発言しなくていいの!?』
『俺長風呂行ってくるわ!』
『ちょっと茹ってくる!』
ぷ、と笑いたくもなる。
だって彼らしい。
『氷上てめぇw』
『氷上は正座して参加だよww』
『そうだぞw』
『この前の反省会からやらせるからなw』
女子男子関係なく彼のメッセージにつっこみを入れていく。
教室と同じ雰囲気だ。
『あのねぇ』
『俺が言えることじゃないですケド』
『俺に全部任せっきりにしたらそりゃああなるでしょ』
『なんでわかんなかった?』
『おい反省してないぞ』
『氷上しばくのはまた別の機会にして』
『そろそろ通話はじめてよいー?』
水楢さんの提案に了解とかラジャといった旨のスタンプがずらりと並ぶ。
被ってないのが逆に凄い。みんなスタンプ色々持ってるのね。
『俺は許されたってことで良い?』
『いえまったく』
水楢さんは爆速でそう返すと、トークルーム内に通話開始のアイコンが表示され始めた。
一人が参加中、って書いてあるけど、これに参加する形でいいのよね。多分。
タブレットのその個所をタップすると『通話に参加しますか?』というメッセージ。
極力、聞く側に回ること。
話を妨げるのはやめること。
絶対に出しゃばらないこと。
要らない節介はしないこと。
よし。
自分のスタンスを改めて強く認識して、私は会話へ参加した。
入ると既に参加していたクラスメートの声が一気に耳に飛び込んできた。
こういう機械を介した場合、声の聞こえ方って変わるからはたして聞こえてきた声と浮かんだ名前が一致しているのか分からない。
声だけじゃまだ判断できない人も中にはいっぱいいるしね……。
『あ、いいんちょーだ! いらっしゃーい』
と、水楢さんの声。
声で判断できたというよりは彼女が離すと画面に彼女のアイコンが表示されたから分かった。なるほど。これは分かりやすくて助かる。
「おじゃまします」
『してしてー。いっぱいしてってー』
私が話すと私のアイコンが表示される。
私のアイコンは弟たちと妹の写真。私が撮ったものだから私は居ない。
これがみんなの画面にも表示されているのか……。いや、アイコン自体は今日変えたものとかではないのだから既に知られているものだけれど、こんなに拡大して人のアイコンなんて見る機会ないだろうから、なんというか。
きょうだいの顔を晒してしまっている気分。いや、晒してるも何も既に公開しているものだけど。
『委員長のアイコンって、これ、委員長いる? この三つ編みの子ではないよね?』
三つ編みの子――詩のことだ。
「私は居ないわ。みんな下のきょうだいよ」
『へー。弟君2人かー。お兄ちゃんはどっち?』
「右よ。愛想がないほう」
『言い方。でもこの子めっちゃ委員長に似てるんだけど。他の二人も面影あるけどこの弟くん、委員長の男版じゃない?』
……ヒロ、そこまで私に顔似てたっけ?
そんなことないと思うけど。
なんて思っていると他の人達も『似てるー』と賛同していく。
そういえばあの子たちに文化祭来るのか聞いてなかった。
そもそも日付教えたっけ。その日は休日でも私がいないってことは言っておかないと。
でも、来ないだろう。
詩には高校のことなんて早いだろうし、ヒロとカナはきっとこの高校には進学しないだろうから。
この学校を志望するのなら応援するけど、あの子たちにはもう少し家から遠いところに通ってほしい。
色々なものを見てほしい。家の近くだけで完結してほしくない。
近所が悪いんじゃなくて。
それがただの世間の一通りでしかないことを知ってほしい。
これも、私の勝手な思惑だけど。
『音も問題なさげだし、話し合い始めまーす。あ、飛び入り参加おっけーでーすってメッセ送っとこ』
水楢さんのその声で考えを引き締める。
今は家族のことじゃなくて学校のことだ。
少しは話を進めないと、時間がない。
早く決めて準備を始めないと目も当てられないで気になってしまったら、せっかく協力してくれた幸村先輩と緋咲さんにも顔向けできなくなってしまう。
『言うまでもなく議題は文化祭の出し物でーす。はい、案がある人!』
水楢さんの発言の後、重い沈黙が流れる。
生活音をマイクが拾って発言者のアイコンが数人に切り替わるが、提案を述べようとする者はいない。
いない。
私も含めていない。
何か考えないと。
他のクラスと被らないような、何か。
物珍しくないものは出尽くしている。
奇抜なものではなく、実現可能なもので、客引きもよく、負担の大きくないもの。
考えれば考えるほどそんな都合のいいものが浮かぶものかと思考が閉鎖的になっていく。
何か。何か。
『まぁ、出ないよねー』
『ねー。どうしよ。食べ物系とは決まってるんだよね?』
『うーん。一応そうなってるけど、ま、変更は効くよ?』
『いやー、アスレチック系の方が浮かばねーわ』
『食い物が無難だよねー』
『もーあれにしね? 焼きそば』
『ダメダメ。ウチの学校、毎年サッカー部が焼きそば出してんだから』
『そなの?』
『みたいよ』
『じゃあウチはうどん焼いとくか』
『似たとこ行くなよ』
『はい。ロシアンたこ焼き』
『それ3年がやるってさ』
『じゃあもううどん焼くしかねぇじゃん』
『なんなん? その熱いうどん推し。おめーの晩飯か?』
『仮にそれにしたら教室でやんの? カーテン臭くね?』
『クリーニング出せるっしょ。頼めば』
『まーねー』
『ってか順位出るんだろ? どうすんのウチのクラス。上位目指すの?』
『それは無理くない? 3年が上位いくでしょ。1年はいつの時代だっておまけじゃん』
『でも体育祭の方に点数回るって』
『いや、体育祭だって1年はおまけじゃん』
『でもクラス対抗だぜ? 3年には負けても1年には勝てそうじゃん』
『保体科見て言ってるんだよな? それ』
『じゃあ……普通科1年の中で1位目指せばいーじゃん』
『おぉ、ハードル激下がり』
『言うほどハードル低いか?』
……話がそれてきている。
どうしよう。
軌道修正の旨を発言しておくべきなのは明確なんだけれど、どう言えば……。
緋咲さんなら。
幸村先輩なら。
……春川君なら。
なんて言うだろう。
考えるべきなのは誰が何を言うかではなく、私が何を言うべきかなのに。
『いーじゃん、1年も2年も3年も』
放課後も聞くからなのか、その声と喋り方は画面を見るまでもなかった。
『全部バチボコにしてやろうぜ。出来ねーかもしんないけど、出来るかもしんねーじゃん』
『おい、物騒なこと言ってる奴いるぞ』
『そういや氷上ってそういう奴だったなぁ……』
『聞きゃ生徒会長サマも2年らしいじゃねーか。2年が「1番」になれるんだから1年だってなれんじゃね? だって1年って誤差だぜ?』
その誤差分だけ年上の先輩に心酔してるのをクラスの人が知ってたら全員にとやかく言われてただろう。
つまり、これは彼のアドリブだ。
無礼講すぎることを言っているけど、でも私が言うより効果的なのは火を見るより明らかだ。
だって彼のクラスでの『立ち回り』はそういうものだから。
氷上君が言うのなら。
彼はそれを実現させるだけの立場にいる。
今しがた出てきた生徒会長のように引っ張っていくタイプではないけれど、それで多数をまとめられるのだから引けはない。
私にできるのは、そんな彼の後押しをすること。
上級生とパイプを持っているであろうクラスの人たちに「でも先輩だし」と気を遅らせないことだ。
「……バチボコは言い過ぎだけど、いいんじゃないかしら。他のクラスよりきっと考えてる時間は多いわ。だから、きっと、無理ではないわよ」
春川君がいたら詰められそうな発言に勝手に肝が冷える。
活用されてない時間って睡眠に宛てられた時間より有用性が希薄だと思わない? とか言われそう。
……とか勝手に思ったことを知られた方が怒られそう。
「目標ってことで、どう……かな?」
実際に1位に固執しようと言いたいのではない。
1位になるためにはどういう工夫が必要なのかとか。どういう気遣いが必要なのかとか。どういう奇抜さが受け入れられるのか、とか。
『指針』として掲げよう。
そういうことを言いたいのだけれど、伝えられている気がまるでしない。
その間約2秒ほどの沈黙で既に強く後悔しかけていた。
だが発言は撤回できない。
これだから会話は苦手だ。相手の顔が見えない通話はより一層。
『じゃあついでに体育祭も1位狙っちゃおっか。あたし、先輩に可愛がられたいんだよねー』
一人目として水楢さんが同意を示す。
それを皮切りに、ぽつり、ぽつり、と賛同者が増えていく。
今通話に参加してるのは何人何だろう。
その全員の反応を待っているわけにはいかない。本題はそこではないのだ。
『まぁ、とりあえず、手始めに俺の提案に乗ってみねーか?』
あくさくする私の目に彼のアイコンが映る。
……なんで彼のアイコン、威嚇してるザリガニなんだろう。
考えるべきことはそんなことではないけれど、それからしばらくそれを見続けていたので気づけばそんなことばかり考えさせられていた。
バーサス!! 玖柳龍華 @ryuka
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