第3話 寺にまつわるエトセトラ

「そうか、じゃあしばらくここにいなさい」

僕のじいちゃん黒勢草歩は意外にも、あっけないほど素直にルリエのことを受け入れた。

黒勢神居とルリエの母親の関係や妖怪と呼ばれる存在が実は宇宙人だったこと、この寺にレムリアの宝玉と呼ばれる宝が隠されているかも知れないということも話したが、黙って頷いて聞いており、驚く様子もなかった。

器が大きいのか、あまりにも壮大な話過ぎて頭がついていけてないかのどちらかだろう。

ただ、他の宇宙人が宝を狙っていることや、宇宙忍者カムイになって戦っていることは話さなかった。じいちゃんを心配させることはしたくなかったからだ。

「ありがとうございます」

ルリエは深々とあたまを下げた。

居間にはじいちゃんと僕、ルリエの三人しかいない。和室だから皆正座している。少し足がしびれる。床の間には掛け軸が掛けてあり、立派な石が描かれている。

「けど、本当にいいのか。もっと、聞きたいこととかないの?」

「なんだ、ルリエちゃんに住んで欲しくないのか」

「いやそうじゃないよ。まぁ、聞きたいことがないならいいけど。それより、宝についてなにか知らない?どんなことでもいいんだ。」

「いや、聞いたことないわい」

じいちゃんは顎を触りながらこたえる。もう日が暮れているためじいちゃんは作務衣を着ており、ラフな服装だ。髪は全て白くなっており、オールバックにしている。年をとっているが、ときおり鋭い眼差しを見せており、さすがは黒勢流忍術の筆頭といった出で立ちだ。

「そうか…」

じいちゃんなら何か知っているかもしれないと思っていただけに、僕は少しガッカリした。手がかりなしか。どうやって探せばいいんだ。

「まぁ、そんなことより、いつまでも暗部高校の制服のままではいられんじゃろ。ルリエちゃんはどんな服がいいかの?」

「可愛い服ならなんでもいいですわ。おじい様」

「よし!それなら、とびっきり可愛い服を頼まないかんな。ワシは今からネットで可愛い服を探さないかんから、志野はルリエちゃんに寺を案内してあげなさい。」

そう言って、じいちゃんは部屋を飛び出していった。

じいちゃんは寺の住職に似合わず流行り物に詳しい。スマホを駆使するなんて当たり前で、檀家お経を読みに行くのもネットで予約できるようにしていた。じいちゃんの部屋は仏教の本や道具と自作パソコンのパーツや道具が混在しており、わけが分からないことになっている。

「まっ、じいちゃんが言っていたし、行くか」

僕は立ち上がり、ルリエに手を差し伸べた。

「寺を案内してあげるよ」


寺はおんぼろの木造建築で僕たち二人が歩いていると廊下からキィーキィーと軋む音がなる。

「寺と言ってもこの寺は田舎の小さな寺だし、本堂くらいしか案内するところはないけどね」

「本堂ってなんですか?」

「あぁ、そうだね。わからないか。本堂っていうのは本尊、つまり寺で一番大事にされている仏像が置いてある部屋のことさ。」

「それではそこが一番大事な部屋ということなんですね」

「そういうことかな」

そんな話をしていると本堂の前に着いた。寺と僕たちが住んでいる別宅は離れているが、渡り廊下でつながっており、そんなに距離はない。別宅は比較的新しいので、ボロボロの寺で暮らさなくてよかったのは年頃の僕にとってはありがたいことだ。

「扉を開けるからちょっと待ってて」

古い本堂の扉は開けにくくなっているので、開けるには少しコツがいる。

ガタガタと扉を動かし、ようやく僕たちは本堂の中に入る。

「思ったより広いですね」

伽藍堂になった本堂を見てルリエは言う。

「そんなに広くないさ。広い寺はもっと広いよ。ここは確か30畳くらいの大きさかな」

本堂には三体の仏像が置かれており、ルリエが興味深そうに見ている。

「それが暗部寺の本尊さ。中央が毘沙門天、右が千手観音、左が護法魔王尊って言う仏像だよ。毘沙門天が光、千手観音が愛、護法魔王尊が力を表していると言われているらしい。三体の仏像は黒勢神居が廃寺になっていたここに住み着いたころ、すでに置かれていたみたいだね。そして、黒勢神居の子ども二代目の黒勢観無かんなが僧侶の修行をして密教系の寺として本格的に再建したみたいだね。」

「魔王尊とはずいぶん大層な名前ですね」

ルリエが率直な感想を言う。

「なんでもその魔王というのは、何百万年も前に地球に降り立った宇宙人の姿と言われてるらしいよ。まぁ、魔王と言われてるけどこの仏像を見てわかる通り、ほぼ天狗の姿なんだけどね」

仏像は背中に羽を持ち、ひげを蓄え、鼻が高い。

「君が宇宙から来たように天狗も宇宙から来たのかもね。」

「どうですかね。こんな姿の異星人は記憶にないですね。ただ、全ての異星人を記憶しているわけではないので、どちらとも言えませんね」

首をかしげながらルリエは答える。

「いやいや、僕は天狗に剣術を教えてもらったことがあるから、天狗は宇宙人だよ」

僕が熱弁するとルリエはクスクスと笑った。


本尊の説明もあらかた終わったため、僕はルリエと梯子を登り寺の屋根の上に来ていた。ここに登れば星との距離が近くなる気がするので、池に続き僕のお気に入りの場所だ。瓦の屋根を歩くのはすこし危ないので僕らは慎重に歩く。

いつもの特等席に座ると空には満点の夜空が広がっていた。

季節は7月中ごろでまだまだ暑い日が続くが、ここは山の中であり、夜はだいぶ過ごしやすい温度になっていた。

「寺はどうだった」

「いい場所でした。思っていたよりずっと」

「でも、宝はないかもしれないよ」

「いえ、黒勢神居様は約束を守られるお方です。きっと、紅玉はあるはずです。見つけるまで私は探すつもりです」

ルリエはまっすぐな目で僕を見つめた。その目に濁りはなく、とても澄んでいた。手伝ってくれますよねと目が言っていた。僕はあえて何も言わなかった。

「宇宙には警察みたいな組織はないの?」

「ありますよ」

「そこに手伝ってもらうことは出来ないの?」

「出来ないですね。紅玉の話はまだ眉唾な伝説として受けとめられていますからね。話をしても動いてくれません。」

月の光に照らされてルリエの白い肌が青白く光っている。

「宇宙の政治はどうしているの?」

「星の代表者が星の人口によって複数人選ばれ、頭の中にチップを埋められます。そのチップが思考や考えを読み取り、読み取ったデータが中央コンピュータに送られます。そして、それを反芻し、中立的な意見を反映したAIが施策を決めることとなっています。」

「やっぱり、宇宙はすすんでいるねー」

僕は仰向けに寝転がり冗談っぽく言う

「そんなことはありません。これも中立的に見えて結局は星の人口によって代表者の人数が変わります。大きな星が有利なのです。」

「ふーん、どこも難しいんだな、政治って。もっと、教えてよ。宇宙のこと。政治や文化やどんな宇宙人がいるのか。それがルリエを助ける条件だ。」

「分かりました。」

ルリエはにっこりと笑って答えた。

しばらく沈黙が続き、もう少し話をしようとした時、地上に小さくかすかな赤い光が見え、その光が近づいて来ているのがわかった。




地面に降り立つと、寺の門前に立つ人の姿が見えた。赤い光はその人物がしているゴーグルから発せられているものだった。肌は浅黒く、上半身には右肩のアーマーしかつけていない。カーキ色のミリタリー風のズボンに巻きつけられている、茶色の布腰巻が目を引く。白い髪は長く、後ろで束ねている。

「誰だ、お前は?」

「俺か?俺はアグロ星出身、種族アグリロアのヤンマ。いやー、部下二人も送り込んだのに失敗しちゃったからわざわざ出てきたんだけどさー」

ヤンマと名乗る男は不敵な笑みを浮かべ、頭の後ろを掻きながら答える。

アグロ星にはどれだけの種族がいるのだろうか…

「ここに来てもなにもないよ。徒労だったね。何もしないならことを荒立てるつもりもない」

「いや、そんなわけにもいかないのさ。はるばる田舎の星まで来て、部下二人失っておめおめと帰るわけにはいかないのさ。それに、伝説の宝、レムリアの紅玉の力、この目で確かめたいのさ」

そう言ってヤンマは腰巻に隠された銀色の銃を手にした。

「ないものはないけど。分かってくれないなら仕方ないね」

僕はシノビチェンジグローブを装着する。

「シノビチェンジ!」

臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前

そして、結びの印を組む。

両手から黒いバンテージのような物が伸び僕を包み変身する。

「変化完了!宇宙忍者カムイ見参!」

僕はファイティングポーズを決める。

「名乗らなくても知ってるさ」

ヤンマは腰の位置で銃を構え撃ってきた。右手に鈍痛がはしる。

「ファニングショットかかっこいいね~」

軽口を叩いてみたが、冷たすぎて右手が上手く動かない。まずい、印が結べない。

「部下二人にカメラを搭載してたからね。あんたが手の形で技を使っていたことはお見通しさ」

そう言ってゴーグルを首元に下ろす。ヤンマの目は単眼であり、僕らの目が90度回転した形だった。

「志野様、気をつけてください。アグリロアはアグロ星の支配種族、以前戦った二人の異星人とは比べ物にならない知能を持っています。」

耳に直接聞こえてくる。おそらく通信機器が仕込んであるのだろう。ルリエは寺の部屋に避難させておいた。

「それとおそらくあの銃は冷却銃の一種。当たると急速に冷却されます。」

「おかげで右手が動かないよ」

そんな会話をしている間もヤンマは容赦なく撃ってきている。

ファニングショットはどこを狙っているのか分かりにくく避けづらい。

直撃は免れているが、避けるので精いっぱいだ。近づけば冷却銃の餌食になる。

「ほらほら、早くレムリアの紅玉を渡しなよ。流れはこちらにある。お前が負けるのは運命さ。」

「そんな運命知らないよ!」

落ちていた石を拾ってヤンマに投げるが、ヒラリと避けられた。

「志野様。遠距離攻撃なら、腰についている十字手裏剣型のガジェットをお使いください。」

ベルトに手を伸ばして手裏剣型のガジェット取ってみる。全体がマットカラ―の黒色、真ん中に円形のクリアレッドのパーツが埋め込まれている。手裏剣の縁は紫色で、横から見ると綺麗な断面に見える。先端は尖っているが、中心に向かって膨らんでいるため、持ちやすい。

「それは手裏剣型のエネルギーを打ち出すためのガジェッドです。初めて志野様が変身した時、投げた手裏剣と同じものをだすことができます。ガジェットの表面を手裏剣を投げるみたいに払ってください」

「手裏剣はそうやって投げないんだけどな…。よし、こうか!」

左手で手裏剣のガジェットを持ち、上手く動かない右手で表面を払う。

勢いよく手裏剣が飛び出し、ヤンマに向かって飛んでいく。

「クッ!」

すんでのところでヤンマは避け、手裏剣は寺の壁に刺さった。

「そのガジェットを使えば安定して手裏剣を投げることができます。」

「よし!」

このチャンスを逃すわけにはいかない。僕は連続して手裏剣を打ち込む。

「こんなもの!」

ヤンマは手裏剣を数枚撃ち落とすが、玉数はこっちの方が上だ、容赦なく手裏剣がヤンマの体に刺さる。

「グゥ!」

「カッパより山童の方が陸の上は得意じゃないのか?前の二人の方が強かったよ。」

山童とはカッパが山にはいった存在と言われている妖怪だ。ヤンマの身体特徴、カッパと同じアグロ星出身ということから間違いないだろう。

「なに?どういうことさ」

「簡単な話だよ。あんたはたった2回しか戦いを見ていないのに、全てわかった気になっていた。小賢い分、狙いも単純でやりやすかったよ。忍者は多彩な技が持ち味さ」

「忍者?なんだそれは?お前はただのガーディアンではないのか」

「俺は宇宙忍者カムイ。忍者とは神出鬼没、変化自在、どんな相手が来ようとも決して引かない勇敢な戦士だ」

本当は違うけど、ここはあえて強そうに見えておいた方が得だろう

「クソ!お前なんかに負けるか!俺はアグロ星の支配者アグリロア!求める者は地位、金じゃない、名誉だ!この世でもっとも巨大な力を手に入れられる宝を手に入れアグロ星の名を轟かせるのさ!」

「志野様、手裏剣ガジェットの赤いボタンを長押ししてください。それで必殺技を使うことが出来ますよ」

「よし!」

赤いボタンを長押しすると『キュイン』と音がしてボタンが光った。

「支配者だとしてもここでは一人の人間だ!それに名誉は眉唾な宝で手に入れるものじゃない。自分の力で手に入れるんだな。」

ガジェットを払うとさっきよりも一回りほど大きな手裏剣が出た。勢いよく回転し、ヤンマの体を貫く。

「グワ―――!!こんなところで――!!」

倒れた瞬間に電子巻物を投げつける。巻物が伸び、ヤンマに巻きつき封印する。

「とりあえず、こんなもんだろ」

僕は変身を解いて、電子巻物を手に取りつぶやく。

「今回もお見事でした。」

部屋から出てきたルリエが声をかける。

「いや、危なかったよ。余裕アピールを相手にしたけど、正直手裏剣ガジェットがなければどうなっていたか…」

「大丈夫ですよ。志野様なら」

根拠のない言葉だ。でも心地よいのはなぜだろう。

「おーい、いい服見つけたからちょっと来てくれ」

じいちゃんが叫んでいる。この様子だと戦いは見ていないのだろう。

「わかった。今行くよ―!」

きっといい服をネットで見つけたのだろう。

「じいちゃん早く行かないとうるさいから、行こうか」

「はい!どんな服なのか楽しみです!」

ルリエは笑顔で答えた。



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宇宙忍者カムイ 横山 良 @yokoryo305

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