王様と動物
それからも、過酷な労働の日々は続きました。休むことなくおこなわれた労働の結果、屋敷はその立派なたたずまいをあらわにしてきました。王様はとても満足そうな顔をして、屋敷の完成を今か今かと待ちわびていました。
しかし、労働者たちの疲労はとっくに限界を超えていたのです。年配の者や体力のない者から順に、ひとり、またひとりと倒れていきました。過酷な労働に耐えられなくなった者たちのなかには、脱走をくわだてる者もいました。もちろん、王様がそのような
それまで順調に進んできた屋敷の建設でしたが、だんだんと雲行きがあやしくなってきました。それもそのはず、貴重な労働者の数は以前よりずっと減っていたのですから。そのぶん、のこった労働者たちにかかる負担は大きくなり、以前の倍の労働量を
王様の怒りは、頂点に達しました。そしてその怒りの矛先は、とうとう自らの側近や家来にまで向けられるようになったのです。
「こうなってしまったのは、おまえたちがやつらをきちんと管理しなかったからだ。屋敷の完成まであとわずかなのだ。こうなったら、やつらのぶんまでおまえたちが働け!」
家来たちはしぶしぶながら王様に従いました。逆らえばおそろしい結果をまねくことがわかっていたからです。当然、従わないものや怠けるものには問答無用に罰をあたえました。そして、どうにかこうにか、屋敷は無事完成することができたのです。
屋敷が完成した翌晩、王様は盛大なパーティを催しました。
来訪者には王様と懇意にしている近隣国の身分の高い者たちばかりが呼ばれました。豪華な食事がふるまわれ、きらびやかな装飾がほどこされた大広間で、愉快な音楽とともに、一晩中飲めや歌えやの騒ぎがくりひろげられました。
「いやはや、ずいぶんと立派な邸宅ができあがりましたな」
王様の友人のひとりである招待客にそう言われたとき、王様はとても満足そうに、「なになに、ひとえにわたしの手腕と人望のたまものですよ」と、鼻たかだかに答えました。このような王様への賛辞が混じった会話は、パーティがお開きになるまで飽くことなく繰り返され、王様はすっかり有頂天になりました。
パーティはなにごともなく盛況におわり、来訪者たちが帰路につくのを見届けた王様は、後片付けをすべて家来にまかせ、自分は寝室へと一直線にむかいました。そしてそのまま、やすらかな眠りについたのです。
夜もどっぷりと
厨房の前までくると、奥のほうから物音が聞こえます。「だれかいるのか?」王様はふるえる声を喉の奥からしぼり出しましたが、反応はありません。
王様は手近にあるランプに火をともしました。厨房はうっすらと淡いともし火の光のなかに、おぼろげな影を浮かび上がらせます。厨房の奥に、なにやらうごめく影のかたちが見えました。とうとう犯人の姿をとらえたぞ! と王様はいきりたって影のほうへすっとんでいきました。
そこはゴミ溜め場でした。先刻のパーティでふるまわれた食材の余りや食べのこしが、山のように積まれては崩れ、散らばっていたのです。不審な影は、そのゴミの山にうもれるようにして動いていました。
王様は意を決してゴミの山のほうへとすすんでいきました。すると、そこにいたのは一頭の豚だったのです。王様は拍子抜けしたように、ひとつ息を吐きました。そして
「こいつめ、この汚らわしい豚が! どこから入りやがった!」
豚はからだ中いたるところをしたたかに打ちのめされ、のたうちながら逃げ回っていましたが、ついに厨房の外へと走り去っていきました。それでも怒りのおさまらない王様は、逃げる豚を闇の中で追いつづけました。どれだけ追いかけたのでしょうか? いつのまにやら屋敷の外まで来ているようでした。そこで立ち止まった王様は、周囲のただならぬ気配にからだがこわばりました。
闇のなかに、あやしく光る一対の光の玉が浮いています。それはゆらゆらと揺らめいて、ときおり明滅をくりかえしていました。はじめは一対だったその光の玉は、二対、三対とだんだんその数を増してきました。そしてわずかではありますが、その光の玉たちは徐々にこちらへ近づいてくるように思われました。
そしてつぎの瞬間、王様ははじけるように
王様は屋敷のなかへ逃げ込み、扉を閉めて錠をかけましたが、怒涛の勢いをもって突っ込んできた動物たちに扉はあっさりと破壊されてしまいました。大勢の動物たちは屋敷のなかへとなだれこみ、高級な調度品や大理石の柱などをめちゃくちゃに壊していきました。すさまじい震動と轟音で、ねむっていた家来たちがなにごとかと起きだしてきました。が、屋敷のなかの惨状と数え切れぬほどの動物の群を見るや否や、みんな一目散に逃げ出してしまったのです。
いっぽう王様は、屋敷中を逃げまわったあげく、とうとう逃げ場をなくし、二階のベランダへと追い詰められてしまいました。進退きわまったな……、と王様は観念しました。
「ふん! わかっている、わかっているぞ! おまえたちはおれに動物へとすがたを変えられてしまったものたちだろう。これで復讐をはたしたつもりか! だが、おれを殺したところで、おまえたちは元のすがたにもどらんぞ。おまえたちは醜い動物のまま、一生を終えるのだ。そうだ、おれもおまえたちも、しょせんは醜い動物という点では変わらん! 本能のおもむくままに生きて、そしてあっけなく死んでゆくのだ!」
王様はそう叫ぶと、ベランダから勢いよく飛びおりました。二階とはいっても、非常におおきな建物でしたから、地上まではそうとうな高さがあります。王様はあたまから庭の敷石に激突しました。そしてそのまま、王様はもう二度と動くことはありませんでした。
さて、そのような騒動が起こったことは、風に乗ってまたたく間に近隣の町や村にまで広がりました。
その噂をききつけて、その真偽をたしかめようと実際に屋敷までおもむいたものたちもありましたが、彼らが語るところによれば、その場所にはたしかに屋敷とおぼしき面影はあったものの、辺りにはただ、
しかしそれ以上に不思議なのが、そこには瓦礫のほかに猫の子一匹のすがたもみえないことでした。噂にきくあの大量の動物たちはいったいどこへと消えてしまったのか……。だれもが首をかしげて考え込んだのでした。
のちに、屋敷から逃げ去ったという家来たちも、みんなと同じような疑問を抱いたのでした。
――たしかにわたしたちは、大勢の動物たちが屋敷のなかへ入り込み、辺りをめちゃくちゃに壊していくさまをみたのです。それに屋敷には主人をふくめ、数人の者たちが残っていたはずなのですが、彼らはいったいどこに消えてしまったのでしょう……。
結局謎はなにひとつ解けぬまま、時間のみが過ぎ去っていきました。やがて、その事件は夢から覚めるかのように、人々の記憶から薄れて忘れ去られてしまいました。
王様と動物 武訓 @takemori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます