第一話 漆黒に包まれた悲しい都
19××年 6月23日 それが僕の誕生日だ。
僕は東京都東雲市から少しだけ離れた所にある病院で生まれたらしい。
父は渋滞に巻き込まれ、僕の出産に立ち会うことはできなかった。
なので、僕が生まれた時、手術室にいたのは母と二人の女性医師だけだ。
結果的に僕は生まれたが、何事もなく無事に生まれた訳ではないと言う。
相当な難産だったと聞く。とは言え、僕は生まれたのだから全て良き。
「お母さま、無事に生まれました! 元気な息子さんです!!」
子供が無事に生まれて安堵の息を漏らす母。赤子を優しく抱き抱えて一息つく女性医師。しかし、もう一人の女性医師が生まれたばかりの赤子の異変に気付く。
「ねぇ、この子……首の周りに黒いモヤが見えない?」
「え……何これ? 手のような何かが見える……怖いんだけど……」
一難去ってまた一難。生まれた時の僕の体は魔力のような黒いモヤに包まれていた。そのモヤが首を締め付けていたらしく、徐々に僕は呼吸ができなくなる。
青くなる赤子を前に、二人の医師は焦った。
魔力に包まれた赤子など前代未聞だからだ。対処法など知る由もない。
「どうすればいい!?」「どうすれば治る!?」「分からないよ!?」
話し合うが、魔力に知識のない二人が話しても解決策など出てこない。
「あのどうかなさいました?
母が心配そうな声で問う。だが、医師たちはそれどころではない。
赤子を助けたいという思いが強すぎて声が耳に届くことはなかった。
「えっと、えっと! どうしらいいの!?」
「あ、困った時は上に電話。この子は私がみてるから電話して!!」
「そうね! その子は任せたわ!!」
医師の一人が手術室に取り付けられた電話で駆け寄り、救援を求める。
「た、大変です! 赤子が黒いモヤに包まれていて! はい、呼吸をしてません。黒いミヤのような者が首の周りにあり、それが原因かと!! ――分かりません! ねぇ、赤子の鼻や口の周りをタオルで拭いたかだった!」
「生まれてきた時に拭いたわよ! 異常なところは何も無いのに……なんで!」
僕を抱えている方の医師が僕の体を調べるが、やはり原因は分からない。
いや、原因は分かっていた。首の周りにある黒いミヤだ。
ただ、それは触れることのできない霧のような物。対象方は――ない。
状況が悪くなっていく。悪くなればなるほど母の心配も大きくなる。
「息子は! 息子は大丈夫なんですか!! 答えてください!」
「お母さま、大丈夫ですから! 落ち着いてください!! 今、最善の策を尽くしますので、どうか安静にしていてください。どうしよう……どうしよう」
「何十年もやってるけど、こんなモヤを見るのは初めてよ……」
次第に僕は呼吸ができなくなり――心肺が停止してしまう。
僕の体はなんだかふわふわし始め、霊体のようなモノになる。
病室の天井から息絶えた僕の姿と、手術室の光景を見ていた。
「どうしよう! 呼吸が停まった!! 早くどうにかしないと! 電話はどうなの! 来るの来ないの!! 早くしないと手遅れになっちゃう!」
「今すぐにくるって! もぉ、早くしてよっ!」
体が冷たい。どうして僕の体はこんなにも冷たいのだろうか?
赤子であった僕は、それが『死』なんだと理解することはなかった。
このまま終わってしまうのかな? なんだか短い人生だったな。
まぁ、これもまた運命か。人間は自分の運命に逆らうことなどできない。
受け入れるしかないんだ。なぜなら僕は何もできない赤子だから。
と言うか、どうして僕は赤子なのに考える力があるんだ??
まずはそこからである。もしかして僕は普通の子供じゃないのか?
「私の息子は!! 私の息子は大丈夫なんですか!! 教えてください!!」
考えるのは無意味か。どうせ眠るのだから、考えても仕方がない。
叫ぶ母。焦る医師。電話で助けを求める医師。手術室は天変地異だ。
「落ち着けエブリバディー!! 俺が――来たッ!」
その時だ。白衣を着た一人の男が手術室のドアを蹴り開けて入ってくる。
三人の視線が彼の方へと向けられた。女性医師の一人が驚きの声を上げる。
「ト、トーマス・ジョンソ――先生!? どうしてここに!? って、アナタの担当は
どうやら彼は産婦人科の人間ではないらしい。何者なのだろうか?
「状況は一刻を争うのだろ? なら、俺に任せろ。産科の人間を何百人呼ぼうと、彼は助からないよ。赤子を助けたいのなら、ここは黙って俺に任せてくれないか」
男はメスを手に取ると、僕を抱きかかえた女性医師の方へと迫る。
医師と母は「何をする気!」と叫ぶが、彼は返答などしない。
彼はメスを掲げ、自信に満ち溢れた表情で勢いよくメスを振り下ろす。
「「「――!!」」」
何が起こるのか理解できなかった母と医師たちは恐怖で目を背けた。
「君に彼は殺させないよ!」
スッと言う空気を切ったような音が病室に響いた。
……………
…………
……何が起きたんだ?
長いようで短い時間が流れる。
「何が……起きたの?」
「安心しろ。手術は成功だ。赤子は、助かった」
ドクッドクッと心臓が動き出す。
血液が全身に流れる感覚を味わう。
肺に酸素が流れ込み、息が楽になっていく。
もしかして僕は、呼吸ができるのか?
浮いていた幽体が自分の体の中へと戻っていく。
僕は息を吸い、オギャァアと言う産声を上げた。
「え……えっと……」と僕を抱き抱えた医師が茫然自失。
電話をしていた医師も口をポカーンと開けたまま彼を見た。
カチャッと電話を元と位置の戻し、体をこちらへと向ける。
「何をしたの?」
「悪魔退治かな。それよりも問題は、この子の体から溢れ出る魔力……」
「まりょく??」
「この子の体内には赤子では考えられないほどの魔力が渦巻いていた。だからよからぬ悪魔に狙われたのだろう。こんなすごい子供は見たことがない……」
「はぁー……そう、なんですか……」
「オギャァアア! オギャァアア! オギャァアア!」
「元気な声だ。無事に泣いてくれて助かった。でも、一歩間違えていれば大変なことになっていた。これは今までにないケース。普通の生活をしていたら、こんなに魔力が赤子に宿る訳がない。不可思議だ。実に不可思議。あまりいい気分ではないね」
男は何かに気付き、睨みつけるような眼差しで母の方へと視線を向ける。
「息子さんのお母さんですね。アナタは
質問の意味は分からない。でも、その男の問いに対し、母は目をそらした。
「な、なんのことだか……分かりません。それよりも息子の顔を見せてください……。無事に出産できたのなら、見せてくれてもいいのではないですか?」
母の反応を見て、彼は「あくまでもしらばっくれるのですね」と呟く。
次の彼は、僕の方へ近づいてきた。目を開けると、真ん前には彼の顔。
先ほどの怪訝な表情が嘘のよう。僕を見る彼の顔は満面の笑みだった。
「おはようボーイ。ようこそ外の世界へ。俺の名前はジョンソだ」
「オギャァアア! オギャアアアア!! オギャアアアアア!!」
「きっと君は、これから過酷な運命を歩むだろう。でも、負けてはいけない。あらゆる困難に立ち向かい、強く生きろ」
「ウワァアアアア! オギャアアアア!」
「俺は知っている。君ならできる! 君はYDKだ」
「オギャアアアアア! オギャァアア! バブゥウウ!」
「なんたって君の運命は僕が救った。君は生きるチャンスを得たんだよ」
「オギャァアアアアアア!!」
「なーんて、赤子に言っても分からないか。ハハハハハ」
「「「……」」」
「運命は変えられるんだよ。君はここで死ぬ運命ではない」
男は満足げな表情だ。僕に何かを伝えようとしているのだろうか?
「あのぁ、私の息子を……。息子の顔が見たいのですけど……」
「そうだったね。桜咲正紀君、命ある限り、いつかまた会おう」
「オギャァアア! オギャァアア! ――オ、オオギャ……バブバブ」
男は意味深な言葉を僕に告げ、そのまま手術室を後にする。
僕を抱きかかえていた医師は「なんだったの?」と疑問に思っていたが、特に彼について考えることもなく、僕を母の方へと渡した。母は自分の息子を見てほほ笑む。
「これで
「バブバブ?」
その声は小さく、医師たちの耳に届くことはなかった。そもそも、二人は母のことなど見ていない。なぜかテキパキと動いており、何かの準備を始めていた。
「さぁ、安堵している時間はないは、はやく二人目の準備をしましょ」
「そうですね。双子の弟の方は……普通の子が生まれることを祈りましょう」
「そうね。念のためトーマス・ジョンソ先生を呼ぶ準備もしておきましょ」
「はい。さっきの黒いモヤはなんだったのでしょうか?」
「考えるのはあとよ。今は集中しましょ」
「はい」
二人目? 双子? なんだか気になる単語だけど、考える力なんてない。
それに、なんだか眠くなる。睡魔に襲われ、僕はスヤァと眠りにつく。
――――――――――――――――――――――――――
ここは夢の世界? なんだか右を見ても左を見ても暗い。
「エアァイ、バルバブ」と声を上げると、誰かが僕の顔を覗き込む。
闇に包まれた体、赤い目、尖った角。明らかに人間ではない化け物だ。
「エォイ、ア、バブ?」と首を傾げた。
「……やっぱり無理だった。俺は桜咲家の先祖として、この負の連鎖を終わらせなければいけなかった。君を殺そうとしたが、俺では無理だった。あの男に邪魔されたからじゃない。君の首を絞めようとしたけど、手に力が入らなかった……」
いや、思いっきり入っていただろ。僕、一度だけ心肺が停止しましたけど……。
「生かすのが正解なのか、殺すのが正解なのか……俺には分からない。でも、これ以上、
「バブバブ?」
「……君たちに罪はない。悪いのは全部――俺だ。恨むなら、俺を恨め」
やがて化け物が目を閉じると、すべてが漆黒に包まれた。
―――――――――――――――――――――――――
次に目を覚ました時、僕は病室ではなく、車の中にいた。
母は後部座席に座り、ベルトもせずに僕を抱えている。
「バブ?」
僕は母の右腕に抱かれ、左腕には――赤子がいた。
眠っているようで、僕の視線に気づいてはいない。
「バブバブ」と言うが、相手が目覚めることはない。
そもそも、なんで僕は車の中にいるのだろうか?
病院は? 父は? なんで車の中なの??
母の隣の座席を見たが、誰も座ってはいなかった。
「バブバブ、バブブ?」
自分の周りを見回したが、視界がぼやけて何も見えない。
赤子だから視界がぼやけるのか? 元から視界が悪いのか? 心肺の停止が原因で視力が奪われたのか? 何かしらの理由で目が悪いのか? 定かではない。
「お、ローザさん。左のお子さんがお目覚めになったようですね」
車を運転していた男は母に声をかける。この人は誰なのか?
もしかして、僕のお父さんなのだろうか?
「そうね、Dr.
「あと、三分で着くかと思われます」
「そう。早くあの方に会いたいわ。きっとお喜びになる」
「ハハハ、いや~実験が楽しみですね。どんな魔力を秘めたお子さんなのでしょうか。もう、今からこのわたくしめグボルグはワクワクでございます」
「すごい子よ。なんたって一人は、私とあの方の間に生まれた最高傑作だもの」
それから三分後、僕は黒都と呼ばれる実験施設へと連れて行かれた。
黒都。かつて東武植物園があった場所。大きさは東京ドーム一個分。
数年前に起きた大爆発事故により、花々は枯れ、植物園が閉鎖された。
建物やお城、テーマパークはそのままだが、すべてが真っ黒だった。
ここは何年も未知の物質に汚染されており、立ち入りが禁止されている。
そんな誰も近づかなくなった土地をリッチマン財団の人間が安く購入した。
リッチマン財団現当主であるカイルは、そこに実験施設を作る。
名目上は汚染物質を研究したりする機関だが、その本当の姿は……。
そこは冷たく、静かで、寂しさに包まれた悲しい都だ。
東京ドーム一個分の広さとは裏腹に、住んでいる人間は少ない。
どうやら僕は、今日からここで暮らすらしい。
こうして僕の、黒都での生活が――始まった。
黒都×僕 ~Dark society and the 6 experimental kids~ 椎鳴津雲 @Ciina
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