黒都×僕 ~Dark society and the 6 experimental kids~

椎鳴津雲

プロローグ 全てを覆いしどす黒い闇

 その日、多摩地区たまちくの北部にある東雲しののめ市の上空がどす黒い雲に覆われた。

 それは自然にできた物ではなく、人工的に作られたやみだ。

 この闇を生み出した首謀者しゅぼうしゃは分かっている。黒都こくと研究所だ。

 数人の研究員たちは、身勝手な野望のために【闇】を発動させた。


『世界よ!! これが闇の力だ!! 魔力とは――は偉大な力なのだぁあ!!』


 その結果、総人口約15万人の街の空が豹変してしまう。

 ありとあらゆる光が闇に吸収され、視界は暗黒に包まれた。

 何も見ることのできなくなった状態に人々は戸惑う。

『見えない!』『何が起きているんだ!』『誰か助けて!!』

 日食や月食なんてレベルではない。本当に何も見えないのだ。

 突如として暗黒に包まれた世界。彼らは混沌へといざなわれる。

 詳細を求めても、闇について説明してくれる人間などいない。

 互いの声は聞こえるのに、触れ合うことはできない。

 まるで一人一人が世界から隔離されたような感覚だった。


 恐怖で蹲る人々。忍び寄る影。何者かの気配。混乱と錯乱。


『誰! そこにいるのは誰!!』『誰か!! 誰かいるのか!!』


 気配は感じるに、目視もくしすることはできない。

 そんな恐怖が静かに近づいてくる。

 闇が次々と魔力を体に宿した人間を襲い――魔力を吸収する。

 魔力を奪われた人々は、断末魔の叫びと共に気を失ってしまう。


『アァアアアアアアアアアアアアア!!』


 魔力のない人間が襲われることはなかった……のだが……。

 しかし、闇の襲われロ人たちの断末魔や周囲から聞こえてくる人々の叫びは、何も見えない状況下において、恐怖でしかない。その逃げ道のない恐怖が、やがて負のエネルギーを生み出す。負のエネルギーは魔力とは違う概念ではあるが、力であることに変わりはない。マイナスの感情は、人々の闇を促進そくしんさせる。結果的に魔力を持ち合わせていない人間でも、恐怖した時点で闇によって襲われてしまう。

 魔力のない人間も、ある人間も、闇に襲われ、やがて街が静寂に包まれた。

 全ての魔力が黒都研究所へと収束すると――それが一人の男へと注がれる。


 尋常ではないほどの魔力を吸収した男は怪物へと姿を変えた。

 全長は約50メートル。魔力に包まれた体は実に禍々しい。

 視界は良好となるが、やはり世界は昼間にも関わらず夜のようだ。

 見えたかと思えば今度は怪物。一難去ってまたたまたまた一難。

 怪物が手を振れば風が町が壊れ、拳を下ろせば町が吹き飛ぶ。

 天変地異。世界の終わり。終焉の幕開け。東雲市の最後……。

 言い方はいくらでもある。ただ、どれもヤバイことに変わりはない。

 このままでは東雲市が日本地図から消えてしまう。

 いや、ここだけではないかもしれない。

 怪物には足があり、移動ができる。もし他の地区へと向かったら?

 他の地区も日本地図から消えてしまうかもしれない……。


 あの最強の悪魔がこの街を出る前に食い止めなくては。

 でも、しかし、だが、町の人間は全員が魔力を奪われ気絶している。

 他の地区との連絡もできない。東雲市を覆う闇の壁によって妨害されているからだ。助けを求めても来ない。絶体絶命の状況。絶望的な状況。どうすれば??


 待てよ。違う。絶望的な状況なんかじゃない。まだ希望は残っている。

 そうだ。黒都研究所で人工的に魔力を体に宿された6人の高校生たち。

 彼ら・彼女らなら、あの怪物を倒せるかもしれない。いや、倒して!


「どうやら僕たちがやるしかないようですね。骨が折れそうです」


 圧倒的不利な状況の中、眼鏡を掛けた青年が立ち上がる。


「行くよANNちゃん。私の大好きな街を守るために戦おう」


「うい」


 ピンク色の髪を持つツインテールの少女も立ち上がる。 

 彼女の手には、データで作られたような弓があった。


「くそゴミカス野郎が……俺様をガチモードにさせるなんて気に入らねーな」


 目つきの悪い男が言う。口は悪いが、怪物を倒してくれるなら構わない。


鈴音りんね後藤ごとう、プログラマー、この戦いが終わったら、みんなで何かやりましょう」


「何かって? ピクニックとか?」とツインテールの子が聞き返す。


「それも勿論いいですが、僕が言っているのが学校での話です。そうですねー生徒会とかどうですか? 楽しそうですよ。なんだか青春って感じがします」


「おぉおお! それいいかも!! みんなで一緒にいられるもんね!」


 ツインテールの子は喜んでいたが、目つきの悪い男は舌打ちをする。


「フンッ!! 俺様はごめんなだね。なんでわざわざ学校にいるときまで、こんなクソ眼鏡とクソツインテールと一緒にいなきゃいけないんだよ。クソガッ」


「ちょっと後藤君!! そんな言い方ないでしょ!! ひどすぎる!!」


「う、うるせーな。俺様がなんと言おうと俺様のかってだろ」


「まぁまぁ、二人とも喧嘩は後にしましょう」


 大きな戦いを前に喧嘩を始める二人。……コイツら、大丈夫か??

 目の前には大きな敵がいるんだぞ。もっと緊張感を持ってくれ。

 それをなだめる眼鏡の青年もなんだか困ったような表情だ。


「三人とも、もっと気を引き締めてよ。気を抜いたら殺されるよ」


 ツインテールの子が持つ弓が声を発する。

 それにより三人の雰囲気が変わった。


「話はあとでしましょ」


「そうだね」


「クソッ……マジでめんどくせーな」


 青年の顔つきが、アットホームなムードから真剣な表情へと。

 少女の顔つきが、和やかムードから力に満ちた表情へと。

 目つきの悪い男の顔つきが、キザな顔へと変わる。

 その他の三人も、それぞれの思いを胸に武器を構える。

 ここに集いし六人の実験体。彼らは一列に並び、怪物を見上げた。


「皆さんは運命を信じますか?」


「「「「「???」」」」」


 皆の視線が眼鏡の青年の方へと集まる。


「抗うことのできない運命を前にした時、その波の身を任せますか?」


 拳に力が入る。彼は一歩、前へと、踏み出した。


「それとも運命に抗いますか?」


 誰に問う訳でもない。


「僕は――」


 そして構える。町の人、すべての希望を背負い、彼は覚悟を決めた。


「たとえこの戦いの先に【死】が待ち受けていようとも、僕は諦めずに戦います。そして勝利し、僕は言うんですよ、『僕たちは勝つ運命だったのですね』って」


 徐々に体が闇に包まれる。これは悪い闇ではない。希望の闇だ。

 心の奥底から湧き上がる闇。力、魔力、能力、希望、闘志、夢。

 己の闇が人間に力を貸す。彼の体は魔力によって強化される。


「勝つのはアナタか? それとも僕たちか。勝敗は簡単です。最後に生きていた方が勝ち、そして死んだ方が負け。さぁ、最後の勝負と行きましょうか!!」


 ――ドッ!!

 

 体に纏われていた闇が形を成す。竜人のようなフォルムが現れる。


「僕たちは絶対に勝ちます。アナタを倒して――大切な街を取り戻しますっ!!」


 青年は、折れることのない不屈の闘志を胸に全力で走り出した。

 運命とか宿命とか使命とか、そんなことはどうでもよかった。

 困っている人がいたら、全力で手を差し伸べて全力で助ける。

 なぜならそれが、桜咲おうさき正紀しょうきと言う人間だから。

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