ラストエピソード

僕らの手にした幸せ

 おめかしした僕と、花嫁姿のリラの前に、皆を代表するように弟のバラヌと半年前にその奥さんになったスーンが立つ。

 それからバラヌがパチパチと拍手して言った。


「お兄ちゃん、リラ、おめでとう!」


 それから次々と皆が祝福してくれる。


 バズお父さん。


「かわいい嫁さんもらえてよかったな。リラちゃん、情けない息子だが末永くよろしく頼む」

「ちょっと、誰が情けないだよ!?」


 僕のツッコミをお父さんは軽く受け流す。

 一方、リラは涙をこらえた笑顔でうなずく。


「はい、バズさん……いいえ、お義父さん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そんなお父さんの隣ではお母さんが微笑んでいる。お母さんの心は、まだ完全には戻っていない。だけど、10年前の最終決戦以後、喜怒哀楽をしっかりと表すようになったし、食事も自分で食べられるようになった。

 きっと、後数年後には……と信じている。


 そんなお父さんとお母さんの後ろから、子どもの頃と変わらないいたずらっ子の表情で現れたのが、数年前に正式に村長となったジラ。


「これでお前は俺の義弟ってわけだな」

「え? ジラはスーンさんの弟なんだから、お前の方が義弟だろ?」

「年齢考えろよ」

「いや、でもな?」


 そんな冗談を言い合う2人の前に、上空からちょっとだけ遅れて来賓の登場。

 バウトさん――蝙蝠の因子を持つ獣人で、リラの姉のような存在。


「おめでとう、リラ。私のこともお招きいただいて本当にありがとう」

「当たり前じゃない。バウトお姉ちゃんを呼ばないなんてあり得ないよ」


 リラはそう言って、バウトさんに抱きつくけど、今、彼女がここにいるのはある意味奇跡だ。それだけのことが、僕らと彼女たちの間にはあった。現に、ブルフさんは今日、この場にいない。禁忌だのが忘れ去られた今となっても、一度殺し合いをしたというのは、やっぱり重い事実だ。


 上空から、さらなる来賓がやってくる。とても大きな影。他の来賓達が大騒ぎするくらいには。

 半年前のバラヌの結婚式で一度見たとは言え、ドラゴン形態の龍族はやっぱりビビるよね。


 龍族の長様、その背には2人。1人はエルフの長様と、それにリラの祖父のガルダさん。

 エインゼルの森は遠いし、ガルダさんは高齢になって山登りはキツイので、龍族の長様に運んでいただいたのだ。


 僕とリラ、それにバラヌは2人の長様に頭を下げる。龍族の長様が人の姿に変化してから厳かに言う。


「リラ、パド、我ら龍族やエルフには結婚という儀式の習慣はないが、伝え聞くにめでたい祭りだという。ならば祝おう。世界を救った2人の勇者の門出を」


 門出って……ちゃんと結婚の意味分っているじゃないですか。

 そりゃそうか。龍族やエルフだってちゃんと子孫は残すもんね。儀式としての結婚式はないにせよ。


 ……それにしても、2人の勇者、か。僕らが10年前にしたことは勇者なんて言葉とはほど遠い。

 あの時、僕らは“世界を救った”のではなく、“世界を滅ぼしかけた”だけだ。僕は今でもそう思っている。

 だから、そんな風に言われるとこそばゆいとしかいいようがない。


 一方、ガルダさんはリラをやさしく抱きしめ涙する。


 さらに馬車で行商人のアボカドさんがやってきた。彼は祝いもかねて結婚式で使う食材とかを売りに来たのだ。


 その馬車からは背の低い男。

 あれ、この人って? あの最終決戦の直前にいた5種族の代表の……ドワーフの人?


「来てやったぞ。人族の結婚式でも酒くらい飲めるんだろう?」


 ははっ。

 お酒はあんまり用意していないかなぁ。


 ……と思ったら、アボカドさんが大量のお酒を馬車から降ろし始めた。

 ありがたいけど、これって……


「料金はパドにつけておけばいいんだよな?」


 やっぱりっ!?


 さすがにここで否は言えない。

 かっこ悪すぎる。

 でも、僕はただの農民だよ!?


 困惑する僕の耳元で、アボカドさんがささやく。


「安心しろ、お前でも破産しない程度の安酒にしておいた」


 さらにジラ。


「ま、俺も半分持ってやるよ。義兄としてな」


 ありがとうね。嬉しくて涙が出てくるよ、ホントにさ。


 その後は飲めや歌えの大宴会。

 もともと、この村の結婚式なんてこんなもんだ。

 教会もないしね。

 ジラやバラヌの時も、バカ騒ぎして、そして最後に。

 新郎新婦が皆の前で……


 リラが僕の前に進み出て目をつぶって唇を少しだけ差し出す。


「じゃ、パド」

「う、うん」


 僕は緊張でゴクリと唾を飲込む。

 皆に囃し立てられながら、僕らは静かに口づけを……


 が、リラに止められる。


「何か言うことないの?」


 え、何かって?


「ジラもバラヌも、自分の言葉で言ったでしょ」


 分ってる。

 お嫁さんを一生護るとか、そういう言葉だ。

 だけどさ……


「今の僕にはリラを護る力なんて……」


 10年前の戦いの後、僕はチートな馬鹿力も魔力も失った。

 それは自分で望んだことだけど、もし、今ラクルス村を何者かが襲ったら、一番強いのは龍の因子を持つリラだろう。

 とてもじゃないけど、僕にはリラを護ることなんて……


 と困惑していたら、リラがガチギレ。


「私、結婚相手間違えたかしら」


 さらにバラヌやジラ、お父さん、それにガルダさんも口々に言う。


「お兄ちゃん、情けない」

「俺の義弟ここまでアホだったのか?」

「息子よ、父は情けないぞ」

「孫娘の夫殿が……」


 さらにはお母さんまで怒り顔。

 ひえぇぇ……これはおもいっきりやっちまった感?

 だよねぇ……


 ええい!

 こうなったら開き直りだ。


「リラ、君のことは僕が一生護る! 絶対にだ」


 やけっぱちぎみの大声でそう宣言して、僕はリラに強引にキス。

 その瞬間、みんなが笑って拍手。


 その中には色んな人がいる。

 人族も、獣人も、エルフも、龍族も、ドワーフも、そのハーフも。


 かつて、リラが語った夢。

 5種族の融和。

 もちろん、あの時思い描いたのとは全然違う形。

 世界は滅びかけたし、王都は未だ復興していない。


 それでも。

 それでもだ!


 どうだ、大神デオス、どうだ、ルシフ!

 僕らは今笑っているぞ!!

 今、幸せだぞ!!!

 くやしかったら何か言ってみろっってんだ!!!


 あの戦いで失ったものは多い。


 特に、ブシカ師匠やアル様、レイクさん、キラーリアさん、ピッケ。

 みんながここにいないのはとっても寂しい。


 でも、お師匠様達には悪いけど、その何倍もの幸福が、ここにあるのも事実だった。


 ここにいなくて寂しい、か。

 そういう意味ではあと2人。


 もう1人の弟とお母さん。

 遠い異世界にいる2人。


 稔も、いまでは結婚したのかな?

 

 わかりようのないそんな疑問をほんの少しだけ思う浮かべつつ、僕はリラをギュッと抱きしめた。

 チートを持っていたときよりもずっと力強く。


 ---------------

 

 ――そして。異世界日本の小さな島。

 若き妻とその夫にて島唯一の医師の会話。


「稔さん、お腹の赤ちゃん、動いたわ」

「ああ、大切にしてくれよ。まだ安定期じゃないんだから」

「そう思うなら、家事をもう少し手伝ってよ。それに、結婚早々2時間以上夏バテだかで倒れたあなたに言われたくないわ」

「すまないな、今日も患者がたくさんいて帰りは遅くなりそうだ」

「ふふふ。お仕事は繁盛してるわね」

「この仕事が繁盛するのはあんまり喜べないかな」


 苦笑しつつ思う。


(勇太兄さんも、そろそろリラちゃんと結婚したのかな)


 兄が異世界に帰ってから10年。二つの世界の時間の流れがどうなっているのかは分らないが、あの2人が幸せだと信じたい。


「ま、兄さんの甲斐性だとあんがいフラれたかもしれないけどね」


 冗談交じりにそう誰にともなくつぶやき、苦笑しつつ、彼は仕事場びよういんへと向かう。

 妻と、もうじき生まれてくる子どもと、それに頼りにしてくれる患者達のために。


 ---------------


 ――再びラクルス村……の近隣。


 リラはまだプリプリ怒っている。


「もう、パド最低! 最後の最後でおじゃんになるところだったじゃないっ!」

「ごめんってば」


 確かに口づけ前のアレは情けないにもほどがあった。

 リラにもバラヌにもジラにも幻滅されてもしかたがない。


「ま、パドらしいっちゃあ、パドらしいけどね」

「ああ、たっぷりお師匠様にも怒ってもらうよ」


 そう言って、僕らは小さなお墓の前に立つ。

 10年以上前、ありがたくも教皇様が弔ってくれたお師匠様のお墓。


「お師匠様、僕ら結婚しました」

「ほんとうにありがとうございました。今の私達があるのはお師匠様のおかげです」


 それから、僕らはちょっとだけテレ笑いを浮かべて口を合わせて言う。

 お師匠様に2人で言おうと決めていた言葉を。


『僕(私)達、絶対に幸せになります!』

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