勇気0%の魔王
今晩葉ミチル
勇気0%の魔王
魔王は地下にある自室に引きこもっていた。
寂れた玉座にしがみつきながら、震えていた。
外で、何者かが扉を乱暴に叩く。そのたびに自室は揺れ、天井からパラパラと粉が落ちた。
どの程度の時間が過ぎたのか、魔王には分からない。今はただ、扉の外にいる恐怖の存在からどうやって逃げるのか。それしか考えられない。
「おい、開けろ。へっぽこ魔王!」
恐怖の存在が声を荒げた。勇者だ。魔王の腹心たちをデコピンで倒した、恐るべき勇者である。ありったけの手下を向かわせても、倒せなかったのである。通常であれば、魔王はこの無礼千万な男を八つ裂きにして骨まで燃やすのだが、何もできずにいた。
勇者が強すぎて、恐れをなしたのだ。
扉は、魔王がありったけの魔力で防護呪文を掛けたのに、見るからにデコボコになっていた。壁に飾られた燭台からロウソクが倒れ、床に落ちる。ビロードの赤い絨毯に火が付いた。
それでも、猛攻はやまない。壁にヒビが入り始めた。扉が壊れるか、自室が崩壊するか。いずれにせよ、勇者が侵入してくるのは時間の問題だ。
勇者の嘲笑が聞こえる。
「情けない魔王だ。おまえの部下たちが不憫でならない。おまえのために戦って、浮かばれた奴はいないだろうな!」
好き放題に言われた。
魔王に怒りと悔しさがこみ上げた。しかし、勇者と正面きって対峙できない。死ぬのは何よりも恐ろしい。
頑丈な扉がどんどん変形していく。そして、こぶし大の穴が空いた。
「覚悟しろ、へっぽこ魔王!」
勇者の雄叫びと共に、膨大な魔力が発せられる。穴に向けて、最強の攻撃魔法をぶち込むつもりなのだろう。
魔王は経験から察する。
おそらく、街一つを吹き飛ばす威力だ。このままでは、ひとたまりもない。
「人類の平和のためだ。死ねええぇぇええ!」
最後の言葉は勇者らしくないが、あまり気にしていないだろう。
このままでは魔王は死ぬ。その事に変わりはない。
そんな状況で、魔王は防護呪文を解除していた。
勇者の最強魔法は絶大だ。天に届かんばかりの火柱が上がった。
頑丈な扉も、壁も、跡形もなく塵と化した。玉座やロウソクにいたっては、本当に存在していたのか疑わしくなるくらい、影も形もない。地下の部屋は消滅した。魔王城の地上部分は無残な瓦礫となっていた。
「他愛ない。だが、ここで油断するのは三流だ」
勇者は青空にさらされた瓦礫の間を歩く。血に飢えた獣のような眼光で、辺りを見渡す。
「ここまできて魔王を逃したら、つまらないからな」
勇者は意識を集中して、魔力を探知した。そして、塵の山に強力な魔力の波動を感じ取る。
「見つけたぞ」
低い声で呟きながら、勇者は塵の山を堀り始めた。そして、固い感触にぶつかる。
金庫を見つけた。無傷だ。ちょうど、大人一人が入れそうだ。
勇者は金庫を全力で蹴りつける。ヒビ一つ入らない。地水火風のあらゆる攻撃魔法を用いたが、どの系統の魔法でもびくともしない。
防護呪文の範囲を狭めて、幾重にも重ねて、密度を濃くしてあるのだろう。
「こすい手を」
勇者は金庫に唾を吐きかけた。こんな事をされても出てこないのは、やはり魔王がチキンだからに他ならない。勇者の魔力は無限大だ。真っ向から勝負をするのは危険である。
しかし、勇者には決定的な弱点がある事を魔王は分かっていた。
寿命である。
魔王の寿命は人間の何十倍もある。このまま引きこもっていれば、勇者は天寿を迎えるはずだ。
そうして九十年が過ぎた。
金庫を嬲る勢いは、弱まりつつあった。
そして、ついにその時は来る。
勇者が倒れたのだ。
この時になって、魔王は金庫から出てきた。
「無様だな」
引きこもっていた事を棚にあげて、魔王は威厳のある低音で呟く。
「人の命は短い。もっと有意義に使えばよかったものを」
「黙れ……おまえには、これから第二、第三の勇者が襲いかかるだろう。闇ある所に……光は生まれるものだ」
息も絶え絶えに勇者は言葉を紡いでいた。
「せいぜい、束の間の休息を楽しむがいい……」
勇者は何も言わなくなった。魔王は勇者を蹴った。返事がない。ただの屍となったようだ。
青空のもと、魔王の高笑いが響き渡った。
「言っておくが、第二、第三の勇者は強くなりようがないぞ。自慢じゃないが手下たちは、おまえのせいで全滅している。レベルの上げようがないからな!」
勇気0%の魔王 今晩葉ミチル @konmitiru123
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