春告げの大ごちそう
畑の畝に秋にまいておいた種から、雪が溶け出すと緑の芽が出て、一尺くらいになると花が咲く。
菜の花は、春先のごちそう。
とったらそれでおしまいの、春の、一回こっきりのごちそうだ。
「穴馬では、折り菜と言ったんじゃ。こう、っと、根から計って、折れる場所があるでな、ぽきっと折って、取った」
食べそびれて満開になっている花びんの菜の花を、父は、指物差しで尺をとった。
だいたい花のつぼみの先から、半尺くらいのところが折れどころらしい。
「どうやって食べたの、おひたしとか、お味噌汁とか」
「ゆでて、しょうゆをかけて食べた」
「とりたてだと、やわらかくておいしそうだね」
「ともかく、春先一番うまかったぁ。ともかく、甘くておいしいんじゃよ」
父は菜の花を一本摘まんでとると、顔に近付けて茎を噛む真似をした。
「そのままじゃ、食べられないよ」
「わかっとる」
父は花を花びんにもどすと、花粉に触れたのか、思いっきりくしゃみをした。
「現代のより、高級な味わいだったな。口ざわりがさらっとしとって」
父はくしゃみをごまかすように、もったいぶって言った。
「色もきれいだよね。ちらし寿司にも合いそう」
「ちらし寿司なんて豪華なもんはせんかったな」
「そういえば、
「そりゃ、
「黄飯? 」
「ほれ、大分の
「臼杵って、摩崖仏で有名だよね、だんご汁が美味しいんだよね」
「だんご汁はうまかったな」
父は製材関係の仕事で、日田杉などで知られる大分県にも行っていた。
「もしかして、
「そうじゃな、そういうこともあったかもしれんな」
歴史好きの父とは、自然と話題が連なり広がっていっていく。
「穴馬では、畑から帰る時にとってきて食ったんじゃ。こうぼのみそ汁といっしょに」
父は話をもどすと、菜の花の花びんを自分の方に引き寄せた。
「こうぼは、弘法大師が日本に持ち帰ったじゃがいものことだったよね」
「そうじゃ。ひえ飯といっしょに食ったよ。冬は保存してあるもんだけ食っとったから、折り菜は春を告げる大ごちそうじゃったな」
確かに、冬の終わりには、保存食も尽きてくる。
「食うもんがないかと、まだ雪も解けとらんうちから、ふらふらと川の方に行って、流れることもあったな」
父の言葉には、冬の長い雪深い奥山に住むことのきびしさがある。
私が黙っていると、父は、菜の花をもう一度手にとって、
「かっぱになったんじゃろな」
と言った。
「花を食って悪いこっちゃなかろ」
父が差し出した菜の花を受け取って、私は台所に立った。
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