消え消え
「雪に埋もれると、外ではなんもできん」
「そういう時は何をしてたの」
「わらじを作っとった。30足、40足くらいな」
「ずいぶん沢山作ったんだ」
「すぐに裏がすれるでな、3日、4日しかもたんかった」
「作ったのは、わらじだけ? 」
「縄もなったし、
穴馬の冬は、
ふもとじゃ、春告げの大風が吹いて、虫が土から顔を出す、枝の固い芽がほころびだす、ふきのとうに、つくしに、菜の花に、春の若緑が野辺を彩るそんな弥生三月の頃、穴馬はまだ深い雪の中。
それでも、陽射しの強い日が続けば、雪の塊が、どさっ、どさっと、山の木立ちから落ちる音に、春の兆しが感じられる。
そうは言っても、うっかり踏んでしまったら、ずぶずぶと動けんようになってしまう深い雪、外で遊ぶこともままならい。
そこで、冬は囲炉裏端で、わらで暮らしの用具を作るのが日課になった。
「
「足半? 」
「半分だけのわらじじゃ」
「半分だけ? どうやって履くの? 」
半分しかない履き物というのは、イメージが湧かない。
そういえば、足首を細くする健康サンダルのようなものに、つま先から急激に傾斜が高くなって途中で終わって、かかとをはみ出して履くようになっていたのがあったような気がする。
からだを動かすのが日常だった山里の暮らしで、健康サンダルというのもおかしなものだ。
「足半は、かかとだけなんじゃ。半分あればこと足りたでな」
父はそう言うと、印刷の反古紙に鉛筆で何か描き始めた。
「ああ、なるほどね」
私は父描いた絵を見てうなづいた。
「あれ、でも、なんだか私の知ってるのと違うかも」
足半という名前だったかは定かではないが、勤務先の図書室の自然の材料を使った昔の道具の本に、いろんなぞうりが載っていて、その中に、半分だけのぞうりも載っていた。
そのぞうりは、かかとのない前半分と鼻緒のわらじだった。
父の絵のような、前半分がなくて鼻緒とかかとだけではなかった。
今度確認してみよう、と、父の描いた絵をしげしげと眺めた。
「縄ないも炭焼きも、ぜーんぶ学校で習ったんじゃ。だから、同窓会は、炭焼き学校の同窓会って言うたもんじゃ」
「炭焼き学校か、面白いね」
必要なものは、なんでも自分たちで作る穴馬の暮らし。
作る技術を学校で教わっていたとは、なかなかよいカリキュラムだ。
「囲炉裏端で稲わらを使って細工している時って、囲炉裏で焼いもしたりした? 」
「したな。焼いもは、山いも。掘ってきたやつを灰の中に入れておいて、蒸し焼きにしたな」
「ほくほくして美味しそう」
「うまかったよぉ。皮をむいてな、まだ熱いのを、人にとられんように慌てて食って、熱ちっ、て口をやけどしそうになってな、んでも、食わずにはおれんかった。今からじゃ考えられんほど、貧しかったんじゃ、なーんもなかった、山のもの以外は」
父はそこでいったん口をつぐむと、卓上の長めの鉛筆を何本か組み合わせて、その上に大きな消しゴムを載せた。
「こうしてな、炭の上に箸を渡して、ほっかにしんを置いてあぶって、焼けてきたところを、しょうゆにじゃっ、とつけて食べたよ。あれは、ほんにうまかったぁ」
「うまかったよぉ、ほっかにしん」
「ほっかにしんって、身欠きにしんだね。にしんの干物。脂がぷつぷつ浮いてきたところにおしょうゆをじゅっ、って言ったら、ごはん何杯でも食べられそう」
「じゅっじゃなくて、じゃっ」
「じゃっ、ね」
「そんでな、囲炉裏の火はな、魚の脂があんましたっぷり出とる時はな、ぼぼっと燃え上がる時があるんじゃ。天井に火がつくんじゃよ」
「危ない」
「なんも危ないことない。そういう時はな、こう、両手を組んでひじをこすって、」
「消え消え、って言うんでしょ」
「よう知らまいことを、知っとるように言わんもんじゃ」
先回りした私に、父が珍しく怒った。
「前に聞いたもの、何度も」
思わず口ごたえしてしまった。
「言い方が違っとる」
父は、ひじをこすると、
「消ぃえぇ、消ぃえぇ」
と、抑揚をつけながら呪文を唱えるように言った。
「おまじないは、ちゃあんと言わなだめなんじゃ」
確かに抑揚が違うと、同じ言葉でも違うものに聞こえる。
「そのおまじないで、火は消えたの」
「消えたさ」
父は得意気に言った。
それから、少し考えごとをするように首を傾げて、
「消えん時は、家長が立ち上がって、火箸で火を切ったんじゃ」
と、火箸でパチンと火を切る真似をした。
わらじのことと
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