穴馬ジビエ

 福井のアンテナショップで、ふいっと目に入ってきた「シシ肉ソーセージ」。


「シシ? 獅子?ライオンのわけはないし、福井県に野生のライオンはいなし、伝説の獅子なんてどう考えてもいないし」


 と、他愛もない考えを巡らせてから、商品ラベルに目を通す。


「農作物を荒らすイノシシを地域ブランドへ!

 大野市和泉地区限定商品

 シシ肉ソーセージ シシ肉100% ジビエ度5


 福井県大野市和泉地区 標高400m以上の山々深くで豊かな自然の恵を十分に蓄えた、健康な野生のイノシシを厳選して使用しております。野趣あふれ歯応えもある良質の素材の逸品を是非ご賞味下さいませ。」


 ああ、イノシシだったんだ、と納得して、裏返して表示を確認した。


「名称 猪肉ウィンナー

 原材料名 猪肉(国産)(福井県大野市和泉地区で捕れたシシ肉使用)」


 表示をよく見ると、製造者は静岡県の会社になっていた。

 福井県の原材料をもとに、静岡県で製造した、食肉加工品というわけだ。


 九頭竜ダムが建設された時に、ダムの底に沈むことになった村人たちは、残るもんと出るもんに分かれた。

 残ったもんは、白馬洞はくばどうを観光スポットにしたりと地元の資源を活用し、出ていったもんは、中部地方のあちこちに居を定めて、それぞれの土地に馴染んでいった。


 もしかしたら、そうしたつながりなのかな、とちょっと思ったり。

 猪肉という物珍しもあって、父への手土産に、山芋の酢漬けのすこと一緒に購入した。

 そうそう、母の好物の羽二重餅も。


 歯の調子が悪いと言いながらも、健啖家けんたんかの父は、私の手土産に興味を示した。


「猪のソーセージとはな、めずらしいな。こりゃ、今のもんじゃな。子どもん時、穴馬にはソーセージなんてもんなかったからな。猪は、鍋でしか食べんかった」


 そう言いながら父は、食べやすい大きさのソーセージを、爪楊枝で刺しては次々と口にほうりこんでいく。


「みんなの分も残しておいて」

「ん、うまいな、もっと持ってこい」

「持ってこいって、それで全部。この辺じゃ売ってないんだから、味見に残しといてよ」


 母が鍋の火をとめて、慌ててやってきた。

 母は、皿に残っているソーセージを爪楊枝で2個一度に刺して、口に入れた。


「けものくさいかと思ったら、そうでもないね。美味しいね」


 母は食べ終わると、台所にもどっていった。


「穴馬のジビエだね」

「ジビエぇ? なんじゃそりゃ 」

「ジビエはね、山にいる野生のけものの料理のことだよ。猟師さんが鉄砲で撃ってとるじゃない、それをさばいて食べるでしょ。ヨーロッパでは貴族が狩猟でとったのを調理させて食べる一種の伝統料理のことをジビエって言うの。それをちょっとグルメ風に言ってるのが日本のジビエかな」

「てっぽで撃ってさばいて焼いて食べるだけのことじゃのにな、グルメとはまいったな」


 父が笑いながら言った。


「鉄砲で狩りをしたことあるの? 」

「わしゃ、穴馬におったのは子どもん時分だからな、てっぽは撃っとらん。じゃがな、鳥はとったな、山鳥じゃのきじじゃの」

「鳥をとったんだ。どうやってとったの」


 父は、こたつの上に前月のカレンダーを裏返して、鉛筆で何やら描きだした。


「その絵って、わな? 」

「は、さ、み」

「はさみ? 」

「はさみ、じゃ。こう、鉄のわっかのしかけじゃ。わっかを二つ口を開けてるみたいにして雪の上に置いとくじゃろ、鳥が通りそうなとこにな、そんで、わっかの間に、なっぱの青いやつを置くんじゃ。そうすっとな、冬じゃと食べるもんがないから、雉でも山鳥でも、わっかがあろうとかまわんと、食べに来るんじゃよ」


 父は鉛筆を置くと、両手を手首のところでくっつけて、


「ほんでな、鳥がわっかの中入るとな、ばちーん、ってわっかがしまるんじゃよ」


 と言って、手首をつけたまま、音をたてて両手を組み合わせた。


「したらな、もう、逃げられんでな、つかまえて帰って、囲炉裏で焼いて食べたるんじゃ」

「焼いて食べたんだ、味つけはしたの」

「なーんもせんかったな。塩をふったくらいじゃったかな」

「美味しかった? 」

「うまかったよぉ。さばいてもらった肉を竹串に刺して、囲炉裏の灰に突き立ててな、焼けるのを待つんじゃ。焼けてくるとな、じじっ、じじっ、と、あぶらが出てきて、そりゃぁ、うまそうな匂いがしたもんじゃ」


 囲炉裏端で食べる山獲れの肉、それは、もう最高に美味しいに違いない。


「うさぎは大豆を入れた骨だんご汁、雉はうまくて高く売れた、むじなもうまい、とくに黒くて胸に白毛の八の字のはちむじは、大根とねぎとで味噌鍋にすると、とにかくうまい、かもしかは鹿より大分だいぶんうまい、皮は尻当て、あと、山仕事ん時に敷いたんじゃ、丈夫じゃったし長持ちもした」


 穴馬ジビエを父が指を一本ずつつ折りながら数えていく。


「そういえば熊は、熊も食べたんでしょ」

「熊はな、素人しろとじゃ、ようとらんかった。まあ、とることもあったけんどな。だいたいは、山奥のもんが売りにくるのを買っとったよ。大根と煮て食べたな」


 ジビエというには、素朴な食べ方ばかりだ。

 それでも山獲れの肉は、雪深い山の村に住む人々にとってはだいご馳走だったに違いない。


「雉や山鳥の羽根は、釣針の疑似餌ぎじえにしたり、毛糸で編んだ帽子に付けた。きれいじゃったからな、羽根を机の上に置いて飾ったりもしたんじゃよ」

「飾ったって、そのまま置いておいたの」

「そうじゃよ、お日さまの光に当てたりしてな、羽根が光るんのも、きれいじゃったなぁ」


 父の顔に、無邪気な笑みが浮かんだ。


 穴馬の父の知り合いが、いつだったか遊びに来た時に、お土産だと手渡してくれた山鳥の羽根。

 どこかにしまいこんでしまったままの山鳥の羽根を、記憶を辿って探してみようと、私は思った。


 



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