づずぐり、じうくしがき
「木の実って食べた」
秋の味覚、山里の幸の番組を見ながら、父にたずねる。
「そりゃあ、食ったさ」
「おやつにしたの」
「なーんもなかったからな。木になっとるのとったり、落ちてるの拾ったり。そのまんま食えんのは、干したりしてな」
「そういえば、前に送ってきたね。熟し柿」
「そうじゃったな。ジウクシガキ、うまかったなぁ。まるっとして、こう、たて長のはちや柿が、熟し柿になっとった」
父の口から、穴馬なまりが出た。
木から雪に落ちて、そのまま時が経って熟れる柿。
雪深い土地ならではの天然のデザートだ。
「熟し柿って言ってるけど、
「そうか、違うんか」
「
「ほう」
「それから、さわし柿っていうのは、ヘタに焼酎を塗ってアルコールでふたをするの。そうしてヘタから呼吸させないようにすると、やっぱり三日ぐらいでしぶが抜けるんだって」
「三日か」
「熟柿は20~25℃、さわし柿は30℃くらいにしておいて」
「干柿じゃと、コロガキやらアンポガキやらがあるな」
「そうそう、
「よう知っとるな」
「図書室の4類、自然科学の棚に、絵や写真でわかりやすく解説してる植物の本があるのよ。学校図書館用の堅牢本で、内容も学者や研究者が書いて監修してるから安心できるの」
「そんでもな、なんでも載っとるわけじゃなかろ」
父は両手で湯呑みを持つと、ひと口すすった。
確かに、限られた誌面では、知識や情報を全て掲載するわけにはいかない。
対象年齢に合わせて、掲載内容は精選される。
「しぶを抜くには、固いまま囲炉裏で焼くといいんじゃ。切った炉に薪を三方から置いて組んでおいて火をつけるんじゃ、燃えていくと中の方が炭になってくる。そこに柿を置く。30分くらいで自然に熟して、皮にぷちぷちっと泡が出てくる。それが垂れて、炭がじゅうっと言って、しばらーく待っとると、中が熟れた柿のように甘くなるんじゃ」
「あ、それ、きいたことある」
「前にも、わしゃ、言っとったか」
「うん、確かきいたよ。しぶが垂れて火に落ちて、じゅうっ、という音が印象的だったって」
「そうじゃったな。熟し柿の話をした時だったかな」
父はそこで、おおそうじゃった、と何か思い出したように手を打った。
「忘れとった。しぶ柿はな、そば殻を入れて煮たのに一晩つけておくと、しぶが抜けて甘柿になっとった。不思議じゃったな」
「凍らせてしぶを抜くっていうのは、しぶのもとのタンニン細胞が凍結、解凍の過程で壊れて、それでペクチンなんかと反応して不溶化するからなんだよね。こういう説明は知らなくても、自然と生活の中で渋柿を美味しく食べる方法を知っていたんだよね」
気付くといつの間にか私は一人でしゃべっていた。
父は、湯呑み茶碗をこたつに置いて持ったまま、こっくりこっくり始めている。
私は、父の手から湯呑みを離すと、父に話しかけた。
「ほかにはどんな山の実を食べたの」
父は、びくっと目を覚ますと、寝惚けた様子で頭を振って、それから口を開いた。
「そうじゃやな、ふじの実があったな。ふじの実は、冬近くなったら食えるんじゃ」
「ふじって、藤の花の藤? 」
「そうじゃ、ほれ、公園に藤棚あるじゃろ、あれがな、穴馬じゃ、山にぞろぞろーって木に絡まっとってな、山藤じゃ」
「山で見たことあるよ。桐の花かと思ったら、ごつい蔓が木に巻き付いていて、花房が垂れ下がってたから藤の花だなって思ったよ」
「そうじゃな、桐も藤も花は紫色じゃな」
「モロッコインゲンみたいな、平たくて大きいさやが、さがってるね」
「あとは、こてんぼに、ぼうし」
「コテンボ? ボウシ? 」
「こてんぼは、梨の甘いようなにおいがしてな、甘酸っぱいんじゃ」
「甘い匂い、美味しそう」
「甘酸っぱい山のフルーツじゃったな。実は茶色でな、大人の人差し指と親指で作った輪くらいの大きさで、先が割れてYの字の形になっとる。その先んとこの中につぶつぶの種が詰まった白い塊があるんじゃ。大きな木で、秋は黄色に染まる。葉は椿の葉っぱみたいじゃった」
「ボウシは?」
「ぼうしはな、大きな木でな、ケヤキの葉っぱみたいのが、秋は黄色に染まるんじゃ。実は赤いような橙色で、小さな栗くらいの大きさ。中に白いとろんとした実が入っとった。甘酸っぱくてな、やっぱり梨の甘いようなにおいしとったよ」
「山の果物は、梨のような甘い匂いがするのかな、全体的に」
「そうとも限らんかったな。にかんこ、むかごのことな、あれはほくほくしとって美味かった。でんとこん、砂糖大根のことな、これは甘かったな、甜菜糖にするものだからな、風味がよくてこくがあったよ」
父はこたつの台に広げた新聞紙にばらっと盛られている落花生を一つ手にとると、きゅっと力を入れて殻を割って実をとりだした。
「ふじの実はな、冬になると皮が縮んではじけて、薄茶色の豆が下に散るんじゃ。それを集めて、炒ってな、そのまま食うんじゃ」
「そのまま?味付けは?」
「香ばしいんじゃよー」
「塩とか使わなかったの」
「塩も貴重品だったからな、そういうもんには、めったいに使わんかったな」
塩も貴重品、砂糖もあんまりなくて、蜂を飼ってたから蜂蜜を使っていた穴馬の山暮らし。
「そうじゃな、栗も炒ったな」
「栗も」
「栗は、づずぐりにしたな」
「づずぐり? 」
「数珠みたいに輪っかにつなげるから、じゅずぐりじゃ」
「ああ、そっか、そういえば、その話もしてもらったね。干してから煮ると、チョコレートみたいになるって」
「チョコレートなんて、なかったからな、穴馬には」
「天然チョコレート」
「そうじゃ、山のチョコレートじゃ」
私は、母が茹でてくれた茹で落花生に手を伸ばした。
湿った生白い実を口に入れる。
炒ったものとはまるで違う触感だが、落花生の味わいはやわらかく濃い。
後引きの味だ。
いくつか続けざまに口に入れてから、私は、父に問いかけた。
「木の実とか、干してて、動物にとられたりしなかった」
父は、にやっとすると、ちょっと怒った風に
「とられたよ」
と言った。
「たぬきとかきつね? 」
「おお、そうじゃ。たぬきも、きつねも、むじなも、はちむじも、そうじゃな、てんとかな」
「くまは? 」
「おお、くまも来たよぉ」
「こわっ、くまとは鉢合わせしなかった」
「そうじゃな、みんな、こそーっと出てきて、こそーっと帰ってくんじゃよ」
「臆病なんだね」
「そうじゃな」
「野生の生きものからしたら、人間は自分たちを害するものだものね。人間が害獣だものね」
「そんな上等なことは考えとらんがな。ただ、捕まらんように用心しとっただけじゃろ」
山の生きものとの関係は、得てして人間からの一方的な押しつけになりやすい。
山に里をつくって、そこに間借りして住み始めた人間が、いつの間にか大きな顔をして山に入ってくるようになる。
先住の山の獣たちからしたら、いい迷惑だ。
それでも、そこで共に生きていかなければならなかったなら、人は技を駆使して暮らしていく算段をし、獣たちはいっそう用心深くなり生き抜く知恵を働かせるようになるのだろう。
父の故郷の山の村の話は、ただ牧歌的なものではないのだ。
そんなことを思いながら、最後に一つ残った――残してくれてあった落花生の殻を、私は、はじいた。
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