御祓杉

 

「杉芝拾いに行こか」


 父を誘いに友だちが来た。

 杉芝は、朝のお勝手をする時の焚きつけだ。


「おう、行ってこいよ」


 父は、父の父――祖父の声に送り出されて、土間に降りる。


「かんご忘れるでないよ」


 父の母――祖母が、父にあけび蔓で編んだ背負子を背負わせた。


「だしかんぼうと、こすいぼうと、早よ集められんのは、どっちかの」


 祖父は、父と友達を見比べて、二人をけしかけた。

 

「せんだいこくするでないよ」


 祖母は、困った顔をして、祖父に言った。


「いってくるわ」


 父は、祖父にけしかけられたからか、はりきって出かけていった。


 杉芝は、ぎざぎざの葉のついている杉の枝。

 それの乾燥したやつを焚きつけに使う。

 杉の葉には、油の養分があるので燃えやすいのだ。


 最初に杉芝を置いて、火打石で火をつける。

 燃えだしたら、楢の木の小枝をのせて、さらに大枝ものせる。


 新しい杉芝は、芳しい。

 杉の葉の養分が溶け出した油の匂いだ。

 針葉樹の、鼻につんとくる、さわやかないい匂い。


 新しいのは焚きつけにはしないので、匂いだけ嗅いで、籠には入れない。

 乾かす分をとる時は、生乾きの新鮮な枝もとっていく。

 


 杉は、穴馬の暮らしに欠かせない木だ。

 

 柱。

 壁板。

 そして、皮。


 杉の皮を、屋根に乗せて茅を吹くと、雨が漏らないようになる。

 屋根には、杉を割って板にしたのも使う。


 板を使って、樽も作った。

 味噌樽、水汲み樽、下肥しもごえ樽。



 杉は、穴馬の信仰にも欠かせない木だ。


 穴馬には“徳”があるとされる家系があった。

 “徳”というのは、神仏に長く仕えることで、備わるものなのだそうだ。

 “徳”がある家系は、穴馬では、神社の宮司の子孫の家だった。

 

 穴馬には「伊勢」と名の付く地区や、峠があった。

 その名の通り、そこは、伊勢神宮ゆかりの場所である。


 そこには「神名神社」という神社があった。

 村の伝説によると、昔、丹波の国から移ってきたお伊勢さんの神社とのことだ。

 境内には、御祓杉おはらいすぎという巨大な杉があり、老木も多く、厳かな雰囲気だったという。

 当時は、全国の人がお参りに来たそうだ。


 ヤマトタケルノミコトの時代には、ヤマトヒメノミコトが、戦乱を避けて逃避行していた時に、穴馬の伊勢にも滞在したと伝わっている。


 明治維新の頃までは、伊勢神宮の大夫がお供を連れてお参りに来たそうだ。

 けれど、お伊勢さんが三重の伊勢に移ってしまってからは、さびれてしまったとのことだ。


 さびれてしまってどもこもならんようになったので、末社の御神体を、伊勢峠の大杉の根元の穴に、見えるように祀ったのだそうだ。

 はじめのうちは見えていた御神体も、明治の半ば頃には穴もふさがってしまって、見えなくなってしまったとのことだ。


 その伊勢峠の大杉は、岐阜の白鳥の石徹白いとしろの杉のように立派で威容を備えている。

 不思議なことに、切っても切っても元にもどるという。

 御神体の力かもしれないが、よくわからないとのことだ。


 


追記


 方言の意味

 「かんご」籠。

 「だしかんぼう」いたずらっ子。

 「こすいぼう」賢い子。

 「せんだいこく」よけいな事。

 

 

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