お盆ふるまい
「お盆になると、やって来るもん誰じゃ」
「
「反物山ほどしょって、
「娘らは好きなもん買って、自分で仕立てとった」
「そうじゃった」
「祭りまでに仕立てて、着て踊っとったな」
道場は、山深い村の公民館のような場所だった。
道場は、奥越の山里、
「お盆になると、やって来るんもん誰じゃ」
「
「そりゃ、ちごとる」
「ちごとったか」
「道場坊主は、村の坊主じゃ」
「そうじゃったな」
「たわけたこと言うとったら、ぼいだすぞ」
お寺もなかった当時は、村の中で坊主をする役の人“道場坊主”がいて、葬式も村内でしていた。
本物のお坊さんは、お盆とは限らずに、大野の町から巡回してくるものだった。
「わしゃ、これから煮しめ食うんじゃ」
「煮しめか」
「穴馬で食っとったのとおんなじよ」
「なす、こうぼ、
「お盆の時は、煮しめを、二、三日分いっぺんに作っとったな。畑で作っておいたもんと、山でとってきたもんと」
「そうじゃ、いっぺんに作っとるよ。こうぼと三度豆は、そっちじゃ何と言ったじゃろか」
「
「三度豆は平べったいのじゃったな」
電話の相手は父の昔話仲間。
ハンズフリーで話しながらの晩酌だ。
「そうじゃな、うどん食べよったか。お盆のごちそうじゃったろう」
「うどんか、ひやむぎのことじゃろか」
「おう、そうじゃ、うどんって言うとったが、ほれ、細いうどん、ひやむぎのことだ」
穴馬では、お盆の十四日の夜のごちそうは、“うどん”。
“うどん”をゆでて食べるのが、先祖からのならわしだった。
「つけ汁はしょうゆのだしじゃったな」
「だしじゃこで、しょうゆじゃった」
「ねぎの刻み込んだのが入っとったな」
「ねぎは、山ほど入っとったな。ねぎだけじゃったな」
「十五日の夜は、白米と煮しめと、どぼ漬けじゃった」
「どぼ漬けな。きゅうり、なす、かぶ、だいこんを桶にぬかで漬けとった」
「白米にどぼ漬けじゃ」
お盆の時は、“うどん”を、腹いっぱい食うだけの量をゆでた。
“うどん”も白米も、ふだんは食べないごちそうだった。
「盆踊りは、やっとるかい」
「やっとるな」
「道場でかい」
「そうじゃ」
「わしらの子どもの時から、道場じゃったな」
「雨風に合わんようにな」
「道場で、丸くなって踊っとったな」
「出稼ぎに行っとるもんも、みんなもどってきて、にぎやかじゃったな」
「盆踊りの歌詞に、村の娘の名前を入れて、囃したてとったな」
「そうじゃった、そうじゃった」
会話で確認し合い、記憶の淵を降りていく。
昔話をするほどに、記憶は鮮明になっていく。
「めしがきたで、また、かけるわ」
「わしも、はらへったで、また、かけるわ」
道端で行きあって、話してから別れるような挨拶を交わして、電話は終わった。
父はお猪口を置くと、箸とごはん茶碗を手にとった。
それから、
「食うぞ」
と宣言するように穴馬言葉でいただきますをして、母がこしらえた穴馬お盆のごちそうに取りかかった。
追記
方言の意味
「たわけたこと」馬鹿なこと
「ぼいだす」追い出すこと
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