地蔵長者

 これは、山の字の付く家のもんから聞いた話。



 畑を耕していた時に、大雨になって、川の中州にとり残されたんじゃ。

 うかつに動くと、足をとられて、流されてしまう。

 じゃから、動くわけにもいかんかった。


 日は傾いて、辺りはどんどん暗くなっていった。

 うすぼんやりと遠くに村の灯りが浮かぶのが見えていたんじゃが、それも、大降りの雨にけぶって見えなくなった。


 腹はへっても、なんも食べるもんがないので、雨水をがぶがぶ飲んだ。

 腹くだすかもしれんかったが、飲めるだけ飲んだ。


 雨の打ちつける音と 川のごうごうと流れる音。

 音に閉じ込められたんじゃ。


 こりゃ、だしかんな、と思ったとたんに身震いした。


 あんまり心細くて、怖くて、みのをかぶってしゃがんで丸くなっておった。


 山は昼と夜の差が激しい。

 昼間はかんかん照りでも、夜はすーっとひんやりしてくることもめずらしくない。

 雨に濡れて寒気がしてきた。


 眠ったらいかんと思うて、立ち上がったんじゃ。


 そしたら、崖の上に祀っているお地蔵さんの方から、後光が射して見えた。

 神々しい、まばゆい光じゃった。


 こっちにまで、光が届くはずはないのに、ぬくといなー、と思った。


 けんど、よっく目をこらして見ると、光ばかりで、お地蔵さんの姿は見えんかった。


 おかしなことじゃげな、と思った。


 その光を頼りに、一晩明かした。


 次の日になって、雨があがったので、お地蔵さんにお礼をせんと、と出かけてった。


 崖の上の祠は壊されとって、お地蔵さんは、台座しか残っとらんかった。


 さては、大雨でお地蔵が流されたと思って探しに行ったら、川の下の瀬にひっかかって、流されかかっとった。


 それを持ってって祀ったら、大金持ちになった。




追記


 この話は、父が、父の父、祖父からきいた話です。


 大野市朝日地区に、同じような話があります。

 その話では、大昔の穴馬の伝説として、七色に光り輝く木彫りの御地蔵様が、大洪水で流されて朝日橋のところで見つかり、村人が衆議をして、現在の朝日地区にある熊野神社に、水難除けの神として祀ったとなっています。


 福井県神社庁によると、この神社の御祭神は、伊弉册尊いざなぎのみこと天照皇大神あまてらすすめおおかみ譽田別尊ほむたわけのみこと少名彦命すくなびこなのみことです。


 朝日地区を流れる石徹白川いとしろがわの上流は、奈良時代の修験道の僧泰澄大師たいちょうだいしが開山した白山中居神社はくさんちゅうきょじんじゃがあります。

 泰澄大師は、白山の山岳信仰を、修験道として仏教的に意義付けしました。

 

 御地蔵様が、この石徹白川を流れてきたのだとすると、泰澄大師と何らかの関わりがあったのかもしれません。

 泰澄大師は木彫りが得意で仏を彫っていたそうです。

 ただ、御地蔵様を彫ったかどうかは不明です。



 

 

 

 


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