烏賊揚げと嫁取り
「イカ揚げようや」
「おう、揚げよ、揚げよ」
「もち食ってからじゃ」
「そうじゃ、食お食お」
子どもたちは、てんでに騒ぎながら、焼けたもちを我先にと手を伸ばす。
雛人形を飾ったりといった贅沢は、ようできんかった。
子どもらは、春の節句のご馳走のもちを食べ終えると、外へ遊びに飛び出していく。
「イカ、持ってきたか」
「去年のは、破けてしもたから、新しくこさえたでな」
「どれ、見してみ」
「もちみたいに、長い四角にしたか」
「したした」
福井は京都に近い。
言葉も、風習も、時に西のもの、都のものが混ざる。
凧自体は、平安時代に日本に伝わってきたが、凧揚げというようになったのは、江戸時代に入ってからだ。
松尾芭蕉の晩年の弟子、伊勢神宮の神職
――立ち出でて都の空やいかのぼり――
穴馬の春の初めは、雪はまだ残っているが、
春の節句といっても、山深い穴馬では、雪はまだようけ残っている。
残っているが、雪がなければ、その年始めの
嫁取り行列は、冬から春へと移り変わる節目に、その年のお初が通る。
イカ揚げをしている子どもらも、嫁取り行列が通ると、器用にイカを操りながら、目は行列を追っていく。
春は、嫁取りの始まる季節だ。
雪の残っている冬道、一本道を、行列は進んでいく。
仲人が先頭を歩き、一列になってその後に嫁の両親、嫁さん、嫁さんの一族の女性、おばさんたちが付添い人となってついて行く。
嫁入り道具は背負っていった。
行列は、粛々と進んで行く。
と、突然、わっ、と叫び声があがる。
「落ちた、落ちた」
「それやれ、雪ん玉やれ」
「それそれ」
はやしたてながら、嫁さんのいた村のもんが、雪玉を落し穴に落っこちた先頭を歩いていた仲人にぶつける。
落ちたのがわかると、子どもらも、わっとはやしたてる。
皆で、雪玉を仲人にぶつけたり、道に雪をわざと扱き入れたりして、邪魔をして行きにくくする。
それがお祝いなので誰も怒らない。
「なんでそんなことするんじゃ、嫁取りは、祝いごとじゃろ」
「なんでかって、そりゃあ、嫁にいってしまったら、働き手が一人、減っちまうからじゃ」
「嫁さん落として、引きとめりゃええんじゃないか」
「嫁さんは憎くないでな」
「誰が憎いんじゃ」
「そりゃ、仲人じゃ。嫁取りの手配するもんじゃからな」
「仲人はええことしとるのに、かなわんな」
わかったような、わからんような問答を子どもらがしてる間に、仲人は穴から引き上げられて、また、粛々と行列は進んでいく。
夏は肥えびしゃくでバケツの水をかける。
よけ水を掛けるほどいい。
農作業ですぐに使える肥えびしゃくは、農作物が肥える、いい嫁だと思わせる縁起担ぎなのだそうだ。
雪まみれになっても、濡れてもいいように仲人は野良着で行く。
嫁さんも、ふだん着で行く。
嫁さんは、家の手前で花嫁衣装に着替えて、玄関に傘が置いてあるので、その傘をとって中へ入ると、その家のもんになる。
嫁取りは、盆踊りでも歌われていた。
――
伊勢、久沢は地名で、穴馬より奥の方の村のことだそうだ。
その村の嫁取りの祝膳に並ぶのが、にしんだいことあわのめし。
いずれも、ご馳走にはほど遠いものだが、山の奥の奥では、海のもの、白いめし、これらが膳に乗るということ自体が、十分ご馳走だった。
にしんだいこは、
北海道から
炊くと、黄色くてねばこい。
白めしにまぜて食べるとうまい。
それに酒。
酒だけは、濁りのないきれいな酒を、嫁取りの時は買ってきた。
もち搗いて、烏賊揚げて、嫁取りの行列が通ったら、穴馬の春が始まる。
枝に咲く花、膳に咲く花、黄金の色が、春を呼ぶ。
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