ツキノワ

「人よりくまが多いんが穴馬」


町のもんに散々たけにされてた。

たけ、というのは、多和気のこと、つまりは、馬鹿もんのこと。


「まあ、田舎もんじゃと、馬鹿にされとったんじゃ」


と、父は、笑う。


穴馬では、熊と言えば、ツキノワグマだ。

穴馬では、ただ、「くま」と言った。

胸のところに白い月の輪がある。

子どもの牛くらいの大きさがあった。


栗の実のなる時期には、あちこちに、熊が棚かいた。

熊が棚かくとは、木の上で熊が枝を折って網状の座布団のようにしたもんを作ることだ。


穴馬の熊は、栗の木の上のまん中に、栗の実取りながら枝をへし折って、丸いかごみたいものを作ることだ。


ツキノワは、そこで、昼寝する。


栗の実を、いがごと、ばりばり噛んで食べて、食べ尽くして、腹がくちくなったら、昼寝する。


ぐぉーっ、ぐぉーっ、といびきかいて寝る。


のんきなものだ。


のんきだが、なかなか捕まらないのがツキノワだった。


冬ごもりの熊でないと、とりにくいものだったそうだ。


「 そうじゃ、 くま汁は、冬のもんじゃった。冬でないと、くまは、とりにくいもんだったんじゃよ」


季節になると、こんな会話が聞こえてくる。


「わりゃ、くまとってきたげな」

「ふーん(ほら吹きが言ってけつかるがな)」


「ふん、こりゃ、いかいやつじゃ」

「はっはっはーっ」

と、とってきたもんがかす笑い。

人たけにした笑いだ。


熊の身、熊の肉は、大根と煮る。

厚い輪切りにした大根が、ひじょうに合う。

囲炉裏に鉄鍋を天井から天かぎに吊して、そこで、煮る。


熊汁は自家製の薄口醤油、しし鍋は味噌。

ぐつぐつ煮えてくるうちに、脂がてらてら浮いてくる。

木のしゃもじで汁をすくって椀に分けて、ふーっと吹いて冷まして、飲む。


ひと口。


ぬくとい。


もうひと口。


脂は濃いが、わりとあっさりしとる。


次のひと口。


白い、きれいな脂が、とろける。


「くま汁は、脂ののったすき焼きじゃな。汁は、ひえめしにかけても食べた。それにしゃくし菜の漬物と、にしん大根」


外は、豪雪。


ひどい時は、腰まで埋もれてしまう。


ツキノワは、穴馬の冬のご馳走だ。

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