第3話 魔王様、料理教室かと。
「入れ。」
「失礼します。」
私は魔王様に呼び出された。
相変らず質素な部屋にこの前はなかったテーブルが置かれている。
「時にベルゴーンよ。」
「なんでしょう。」
「我、料理できるようになりたいのだ。」
「はぁ。それはまた突然ですね。」
「正直な話、我は遠征の際に魔王城から料理係を連れて行くのが嫌なのだ。」
「といいますと?」
「彼らはとてもいい仕事をしてくれている。よいかベルゴーン。食事とは肝心なことだ。いくら我が強かろうと、食事をしなければ簡単に死を迎える。その食事を華やかにできるのが彼らだ。彼らのいるべきは戦場に非ず、キッチンにありだ。だから遠征の際は我が料理担当になりたいと思うてな。」
「それはダメでしょう。あなたは魔王です。どこの世界に料理を部下に振る舞う魔王がいるのですか。」
「ここで第一号となろう。さぁ我に料理を教えてくれ。」
「残念ながら、私は料理はたしなみません。」
「えーそうなのか。」
「えーといわれてもできないものはできませんので。カリムなどもってのほかでしょう。」
「しかしそれでは困るな。我が料理をマスターするまでメルトン攻略に踏み出せないのだが。」
「それこそ困ります。もう私がメルトンに行きましょう。」
「それはダメだ。我がいかねばならぬ。」
「・・・困りましたねぇ・・・」
私に頼むより直接料理係に頼めばいいのではないかと思うのだが、そうしない理由もそれなりにあるのだろう。あえて触れはするまい。
そしてこうも頑なになるのとテコでも動かない魔王様。どうしたものか。
「どうしたんだ魔王様、ベルゴーン。そんな深刻な顔をして。」
「カリムではないか、お前も呼ばれていたのか。いやな、今魔王様に料理を伝授できるものを探しているところでな。もっともあてにしてないお前が現れたところだ。」
「なんだひどい言われようだな。して、なぜ魔王様は料理なんか?」
私は事の発端を話す。
「なるほどな。それならいいものがあるぜ。ちょっと待ってな。」
カリムは魔王様の部屋を出ると、大きく翼を開きどこかへ飛んで行った。
「何を持ってくるとつもりでしょう・・・?」
「さてな。しかし期待しておこう。」
それからすぐ、カリムは帰ってきた。
「見てくれ。これはかつてメルトン攻略の際に手に入れた品だ。」
筒状というべきか。固くはないであろう素材。軽そうな見た目。
そして人間の文字。
「これは、なんだ?カリムよ。」
魔王様も不思議そうにそれを見つめている。
「これはカップンヌドゥルという非常食だそうだ。これにお湯を注げば、腹を満たせる。」
カリムが蓋をはがすと、そこにはからからに干からびた謎の非常食のようなものがはいっていた。
「馬鹿を言うなカリム。魔王様は料理の技術を問うているのだ。非常食などもってのほかだろう。」
「頭がかたいなぁベルゴーン。そもそも魔王様はなにをもって料理といっているんだ?」
「我の思う料理とは、最低限戦えるほどのエネルギーを秘めた素材を用い、かつそのエネルギーを余すことなく吸収できるような加工を施し、より取り入れようと兵が望むような味を付加することだ。」
「なれば、これが最適かと。ベルゴーン、これを甘く見るなよ。」
「は!笑わせる。非常食ごとき、栄養価のみに長けたものなど魔王軍にも山ほどあるわ。魔王様は味も求めておられるのだぞカリム。」
「知将ベルゴーンともあろうお前が情けない。食ってみるがいい。」
カリムは指をパチンと鳴らし、お湯を空中に作り出すと、手に持つ筒状の容器に注ぐ。
ふん、こんなものが・・・
「待ていベルゴーン!」
室内にカリムの声が響き渡る。
「なんなのだ!食えと言ったり待てと言ったり!」
「まぁ焦るな。これは三分待って初めて真価を発揮する。」
・・・
「そら、三分だ。食ってみろ。」
「またせおってからに・・・どれ。」
蓋を開けてみると、なかなかどうして香りは悪くない。
先ほどまでカピカピだった中身はみずみずしさというか、妙に食欲をそそる。
私は渡されたフォークでそれを引っ張り上げ、口に運ぶ。
・・・!?
「なんだこれは!!!」
「どうしたベルゴーン!!盛られていたのか!?」
「いえ魔王様!!!これを!!」
魔王様はカップンヌドゥルを受け取ると、さっそくフォークで口に運ぶ。
目を輝かせた魔王様は一言だけ言葉を発した。
「これぞ・・・」
「皆に集まってもらったのはほかでもない。新しい食品の開発だ。これを見てほしい。」
私は魔王軍科学技術部開発課のメンバーを会議室に呼んだ。
「これは、なんでしょう?ベルゴーン様。」
「メルトンにて発見された、非常食だ。これを作ってほしい。これは魔王様からの命令だ、心してかかってくれたまえ。」
「我々開発課、命に代えても。模倣ではなく、それ以上のものを完成させましょう。」
ガチャリ
「頼もしい言葉だ。期待している。」
会議室に突如入ってきた魔王様は静かに微笑み、全員を見渡した。
「このプロジェクトは魔王城の未来を左右する。成功の暁には兵の士気の向上、並びに貴重な魔王城の人員の減少を防ぐこともできる。諸君の活躍が、またも命を救うのだ。我は非常に楽しみにしているぞ。」
「は!仰せのままに。」
かくして、魔王城では新たな研究がすすめられていった。
科学技術部の一週間にわたる徹夜の攻防は、見事にカップンヌドゥルαを完成させるに至ったのだった。
「しかしあいつらほんとすげぇよなぁ。ここまでのものをつくるとは。」
「まったくだ・・・模倣品は既に2日でできていたというのに。ふたを開けただけでお湯を注がれ、三分を待たず完成品になるとは・・・」
「あとなんだこれ。もともとのカップンよりかなりうまくなってやがる。もう恐ろしいよ彼らが。魔王様もご機嫌だしな。」
「まぁしかし、カップンαの登場で料理係にも火がついて日々の食事もレベルアップしたそうだ。」
「魔王様、そこまで予想してたのかなぁ?」
「いや、予想してはいまい。魔王様はそういった回りくどさはない。ストレートなお方だからな。」
「ちがいねぇ。」
こうして魔界は軽い料理ブームが到来し、食品関係の物価が変動したりと少し揺れるのだった。
魔王様、そろそろかと。 花畑弥生 @Yayoi-san
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