第18話 「異世界転移」

 ヤスとドカボンが手を取り合ってるのを見て、トウジはどうやらヤスの機嫌が直ったと知った。


(まったく、なんでドカボンあんな悪戯いたずらしたんだろ。

 やっぱり『やんちゃ』のせいか?)


 今回『分析の加護』がナナセに不釣り合いだったように、能力には当然ながら適・不適がある。

 それから察するに、ドカボンに『やんちゃ』は合っておらず、神でありながら能力に振り回されている状態だった。

 たぶん『やんちゃ』のせいもあって、ドカボンにトウジの混乱が効いたふしもある。


(でもドカボン、あれを手放そうとしないんだよなぁ。

 他の神々とも話し合って今回の異世界行きに修正が入ったみたいだけど、『やんちゃ』の件は特に指摘されなかったみたいだし…。

 あれをドカボンが持ってると、本人にも周りの神にも不都合なのでは?

 ナナセのような僕たちの助けになる神が生まれた時点で、かつての僕の『分析』結果ではもう用済みの能力なんだが…。

 …わからん……)


 考えてもしょうがないことだった。

 自分にはよくある思考、また、ヤスと関わってるとよくある状態だった。

 よって、トウジはこの思考を放棄する。いつも通りに。


「あ、ヤスとドカボン様、仲直りしたみたい」


 トウジの視線の先を追ってナナセもそれに気付く。


「着替えてるな。

 じゃあ最後に皆で打ち合わせして、それから異世界だ。

 行こうかナナセ」


 草原の上で胡座あぐらをかいていたトウジは立ち上がり、ナナセへ手を伸ばす。


「うん!」


 その手を掴み、座っていたナナセも立ち上がる。


「…まさか、僕まで異世界に残ることになるなんて……」


 当初はナナセに『分析』役を任せ帰るはずだった。いや、帰らねばならないと思っていた。

 異世界に行けるのはヤスひとりなのだと。


「うん?」


「いや、この異世界勧誘?ってドカボンの企画が、思ったより大きなプロジェクトになったなって」


 正直に述べる。


「トウジのおかげだよ!」


(…まあドカボンが何をしたいのかは置いとこう。

 僕らは僕らで、備えるのみ)


 手を繋ぎながらドカボン達の方へ歩み寄る。


「お、なんだいお二人さん、手なんか繋いじゃって。

 お熱いねー」


 さっきまでと打って変わり上機嫌なヤスが話しかけてくる。

 その服装はトウジと似たり寄ったり。

 上下白っぽい同色の服に、腰には暗いだいだいの帯。そして左手首には鈍く光る銀の腕輪をしていた。


(そうか。支給品・・・の中で、ヤスはやっぱり装備一式を取ったか)


 トウジはそれを見ながら自分のマフラーに手を当てる。


「もう、からかわないでよ、ヤス」


 ナナセがもじもじしながら応える。


「で、ナナセに俺の『わらしべ』を渡せばいいのか?」


(…!)


「え? くれるの?」


「元々はトウジのだしな」


(まさか交渉まで済ませていたか。

 ナナセのことを話す時間はなかったと思うが、いったいどうやって…)


 トウジはドカボンを見やる。


「装備一式1年間保証…。

 にゃ、装備一式365個で手を打ってくれたにゃ」


(…装備用、スペア、観賞用……。

 あと残り362個は何なんだよ!

 悪徳商売に引っかかったみたいな仕入れ数じゃねえか)


「トウジの能力も調節すんだろ?

 さっさと済まそうぜ」


「ヤスありがとう」


 ナナセが祈るように手を組んでヤスにお礼をいう。


「代わりに私の『お絵描きの才』あげるね」


「お、いいのか?

 さんきゅー」


(どんな説得だったにせよ、ヤスには感謝だ。

 そうだな、僕からは ―――― )


「僕からは是非、この『露出の卵』を…!」


「お前初めからそれ押しだよな。

 なんなの? 俺を露出狂にしたいの?」


「…にゃあ、うまく使いこなせれば、『やんちゃ』みたいに能力の底上げに役立つかもしれないにゃ」


(…ん? 能力の底上げ?)


 トウジが首を傾げる。

 これはないよな、という意味を込めて逆に勧めていたのだが、もしかしたら有用なのかもしれない。


「そうなの?」


「トウジは今まで『やんちゃ』や『露出』を、外界に対する『分析』のアクセルにしてたと思うにゃ。

 でも『分析』はすでに加護状態。

 今のトウジが持っててもただの変態能力にゃあね。

 それならヤスがそれも所持したらどうにゃ?」


「…ほーん」


 ヤスにイマイチ理解した様子がない。


(アクセルか…。

 なるほど、それでドカボンは手放さなかったのか?)


「…要するに、服を脱ぎたくなるけど、『やんちゃ』みたいに能力があがるにゃ」


「なんだ、そういうことか。

 いや俺もわかってたよ、本当に」


 ドカボンが頭をぽりぽりく。


「あ、それとギャ…キャンディーからもらってた『小銭拾い』、あれを ―――― 」




 ―――― こんにちは、トウジです。皆様お久し振りです。


 すみません。

 先程記録係の方が突如作業を中断してしまいましたので、急遽わたくしめが筆を執らせてもらっております。

 度重なるお目汚し申し訳ございません。


 えー、その方は…男装の麗人れいじんでしょうか。

 赤が目立つ紳士服を着ていらっしゃいますが、体の起伏が女性のそれです。

 後ろに束ねたキラキラ輝く金の長髪を揺らし、ドカボンと何か話し合ってます。

 ナナセが緊張して突っ立っていますので、ドカボンと同じくらい地位が高い神なのでしょう。


 あ、別の神までやって来ました。

 長い髪が…そんな…なんと桃色です! それだけでエロく感じます!

 あ、すみません。

 えー、上から下まで服装は黒一色。…拘束具?か軍服?みたいな上着と、ミニスカート。そしてマントを身につけ、高くないヒールを履いてます。


 キラキラ神を桃神が何か説得している模様です。

 ドカボンとも何か話してます。

 そして同じ神のナナセですけども、ついに僕の後ろに隠れました。

 そんな僕も、キラキラ神に命令されて書くにあたり、最初から若干距離を取っていたんですが。

 まあ「我らの会話を書くでない」と言われたからもありますが、慣れてきたドカボンとはまた違う異様な雰囲気を持った方々であるため、そう易々と近付けはしません。


 そう、易々とは近付けないはずなのに、あのヤスはなんなのでしょう。

 ヤスは近くで突っ立って、ドカボンの話が終わるのを待ってます。

 肝が据わり過ぎです。


 そんなヤスに桃神が手を振り、それにヤスが振り返したりもしました。

 心臓に悪い光景です。

 できればヤスにはすぐにでも僕の隣にきて控えててほしいです。


 あ、話が終わったのでしょうか。

 桃神がこっちに近付いて…おお! やっぱりエロい!

 あのミニスカートは反則です。


 …あれ? ナナセが震えて……


 ………………


 ………なるほど、『分析』がないので僕個人の結論ですが、こいつは死神か。


 すみません。立って話がしたいのでここで筆を置きます。

 これ以降の記録に穴が空きますが、大して時間は経たないと思います。

 少しばかり記録が跳ぶことをお許しください ――――




 ―――― ドカボンが頰をぽりぽりく。


「…にゃ、それとギャンディー、ギャンディーギャンディー超ギャンディー、からもらってた『小銭拾い』なんだけど…… 」


「おう!」


 ヤスが元気に応える。


「…あれ渡し間違えてたみたいだから、この『金属貨幣の加護』もヤスにあげるにゃ」


「よっしゃああーー!」


 ヤスが歓声を上げる。


「いやあ、おかしいとは思ってたんだよ、うん。

 それに気付くなり仕事ほっぽり出してすぐさま駆けつけてくれるなんて、そこに痺れる! 憧れる!」


「にゃ、調子付かせんな。面倒にゃ」


「銭神様マジ銭神様!」


 信心深い者にはそれなりの加護があるでしょう。

 信じる者は救われます。


「あいたたた」


「トウジ大丈夫?

 ごめんね、ごめんね」


 利き腕とは反対側、包帯でぐるぐる巻きの左肩を押さえながら、トウジは痛みを訴えていた。

 その側でナナセが心配そうに手を組んでいる。


「神の間で血を流す奴なんて久しぶりにゃ。

 かなり昔に力のない転生者へ施してた荒療治にゃよ?

 下手したら現実でも腕無しだったにゃ」


「…これは、ちょっとそこの草むらで、転んだだけだから……」


「…にゃ、そうなってたにゃあね。

 この空間をガラクタ部屋の道具で作る際、そこに運悪く呪いの短剣が紛れ込んでたんだにゃ」


 ドカボンは溜息をつく。


「ほらトウジ、やっぱり肩貸してやるって。

 あんま無理すんな」


「…すまん」


 ヤスはトウジの右腕を肩にかけ、腰も軽く持ってやった。


「じゃあナナセ、お前から能力の整理するにゃ」


「は、はい」


 何度か心配そうにトウジへと振り返りつ、ナナセはドカボンの側へ近寄っていった。


「…お願いします、ドカボン様」


 ドカボンに向かってまず一礼。

 そして両手を差し出す。


「にゃ」


 ドカボンも両手を伸ばし、その掌をぎゅっと掴む。

 すると軽く発光が起こった。能力の受け渡しが始まったようだ。

 なお、ヤスの能力は全てドカボンに渡し済である。


「座れねえの?」


 ヤスが耳元でぼそりと呟いた。


「魔力を流し込んで循環中だから、足とか曲げたら詰まって吹き飛ぶらしい…」


 同じく小声で返す。


「お前がそんな無茶するとはなぁ。

 いつもは俺の役目だろ?」


「たまには頭脳派も体を張るさ」


「…あ、横になればいいんじゃねえか?」


「……」


 トウジは少しよどむ。


「…それだと、ナナセが余計に、心配する……」


「男だねえ。

 くっくっく」


「笑うな。

 体が揺れて痛え」


 そして徐々にドカボンの発光が収まっていく。終わったようだ。


 次はトウジの番だった。


「歩けるか?」


「歩く!」


「へいへい」


 ドカボンに来てもらうのではなく、敢えて自分でそこへいく。

 まあ神に対して当然といえば当然の行為だった。


「にゃ、左肩が少し痛むかもしんねえぞ」


「…できるだけ痛まないように頼む……」


「そんな調整したことないにゃ。

 我慢しろ」


 上半身をヤスに、そして左足をナナセに支えられ、トウジの能力整理が始まった。


「…うぐ!?」


 トウジの呻き声にびくりと反応し、ナナセは途中から支えるというより、しがみつくようにその足を掴む。


 そしてしばらく経ち、ドカボンの発光が弱まっていく。


「終わったにゃ。

 ご苦労さん」


「……ぜぃ……ぜぃ……」


 しかしトウジは息を切らし、返事をできなかった。


「…にゃ、よく頑張ったにゃ。

 後はあっちで回復魔法でもかければ、その痛みもなくなる。

 二人は先に行け」


 そういってドカボンはトウジ達から距離を取る。


「じゃあな、あっちで会おう」


 ヤスもドカボンの後を追った。


「にゃ」


 そしてヤスが隣にくると、ナナセとトウジに向かって、ドカボンが腕をすっと上げる。


「破壊の神、ドカボンが印をもって通す」


 するとトウジ達の足下に巨大な魔方陣が広がりだした。

 下から風が吹き上げるかのように二人の服がなびく。


「この者達を転移させん」


 そしてふっと、二人の姿が消えた。魔方陣と共に。


「おおー、マジで魔法だ…。

 …あれ? もしかしてドカボンってすごい?」


「いまさらにゃ。

 ほらヤス、手を出せ。

 さっさと二人の後を追うにゃあよ」


「おう!」


 差し出される両手を掴み、能力整理が行われていく。


「しっかし最初は観光しに異世界へ行くつもりだったのに、あれよあれよと予定が増えたな」


「そうにゃねえ。

 今から行く世界には、ネギ饅頭まんじゅうがおいしくて、中級ちょい下の冒険者が集まり、観光地になりつつある町があるんにゃけど、まさか魔王幹部の襲撃を受ける予定になってたとはにゃぁ」


「独り占めしたくなるおいしさ?」


「にゃあ、向こうでいう観光地ってのはレベル上げスポットでもあるにゃ。

 規模が未熟な内に叩き潰すらしいにゃよ」


「で、数日後におとずれるなんとか四天王のひとりをぶっ倒せばいいの?」


魔窟まくつ四天王な。

 その内のひとり、メキュデスがやってくるそうにゃ。

 迷宮が擬人化したような奴で、歩く怪物製造器にゃね。

 その地の怪物をできるだけ自分の一部とし、パワーアップも図ってるみたいにゃ」


「うっへえ。

 どんだけ強いの?」


「いや、弱い」


「そっかー、どうやって戦 ――――

  ―――― 弱い?」


「本体はな」


「ああ、部下が強いのね」


「その通りにゃ。

 あとやたらと数が多いにゃ」


「むーん、どうせ戦うなら勝って、観光もしたいなあ」


「にゃ?

 ああ、勝てるにゃよ」


「だよなあ。勝ちたいよなあ ――――

  ―――― ん?」


「よし、終わりにゃ」


 話もそこそこに、ドカボンの発光が収まっていく。


「さーて、やっとこさ異世界にゃー」


 手をぱんぱんとはたくドカボン。


「ちょっとドカボンちゃん」


「にゃ? なんだいヤスヒコ君」


「俺達、異世界に行って戦うんだよね?」


「そうにゃよ」


 ドカボンがこくりと頷く。


「魔窟四天王と戦うんだよな」


「面倒臭いけどそうにゃー」


「死闘?」


「ぶっは、まさか」


 にゃっはっはとドカボンが笑う。


「あんなの雑魚にゃ。

 行ったらぶっ倒す予定だったけど、まさか向こうから町の、しかも観光スポットに来てくれるとか超ラッキーにゃ」


「…あれ? 

 でもトウジは、戦う手段を得るために、その、あの、ピンク色の神様と殴り合って、魔術をもらったんじゃ?」


「にゃあ…、あれはトウジをからかったキスシスが悪いにゃねえ……。

 その代わりに何か才能でも渡そうかってなったら、キスシスが使ってた魔術を欲しいって、トウジが言ってきたにゃ。

 代償と危険性を説明したらそれを了承して、トウジは左腕を切り落としたにゃあよ。

 いやー、くっついてよかったにゃー」


「…あら? あれれー?」


 あのトウジが片腕を犠牲にしてまで異世界に備えていたため、かなり過酷な試練が待ち構えていると思っていた。

 しかしトウジには別の意図があるようだ。

 そしてもしかすると、ヤスが思ってるより事態は深刻でないかもしれなかった。


「まあヤスが心配することはほぼないぞ?

 ヤスのレベルはあっちでガンガン上がるだろうし」


「そ、そうなの?」


「元々無能な奴ほど嘘みたいにレベルが上がるにゃ。

 ヤスはそれの究極」


「…んん? 俺ディスられてる?」


 たぶんドカボンに悪気はない。


「それと、あともう二人、三人?もこっちにくるぞ」


「…え?」


「なんだっけ、かおぶた?」


かおるぶたもか!?

 ああそっか! そうだよ、トウジみたいに才能を借りる予定だったんだ!

 でも一緒に行けるのか!?

 うおお! なおさら異世界に行くのが楽しみだ!

 ほらドカボン何してんだ! 早く行こうぜ!」


 「にゃ、呼び止めたのはヤスだろう?」


 ドカボンが腕をすっと上げる。


「はやく、はやく!」


「うっさい。少し黙るにゃ」


 はあ、すうと、ドカボンは軽く深呼吸する。


「…にゃ、破壊の神、ドカボンが印をもって通す」


 するとヤス達の足下に見覚えのある巨大な魔方陣が広がりだした。


「おお、これさっきの。

 いっけええー、ドカボン!」


 下から風が吹き上げるかのように二人の服がなびく。


「我らを転移させん」


 そしてふっと、二人の姿が消えた。魔方陣と共に。


「……!」


 そして気がつくと、ヤスは落下していた。


「うおお!? うおおおおお!」


「ヤスうっさいにゃ」


 斜め後ろからドカボンの声がした。


「おいドカボン! 落ちてる落ちてる!」


「浮遊感っていうにゃ。

 あと数分で着くから落ち着くにゃ」


「……!」


「にゃあ」


「……」


 ドカボンの冷静な振る舞いに少しずつ心の平静を取り戻し出す。


「…あ、なんか慣れてきた。

 すいー、すいー」


「泳ぐでにゃい。

 大人しく落ちてろにゃ」


「へーい」


 しかし動かないとなると何をして過ごせばいいのやら。

 取り敢えずヤスは何となしに自分のプレートをいじり出す。

 そこでふと思った。


「なあドカボン」


「にゃあ?」


「愛って何?」


「哲学にゃ?」


 いきなりの問いに首を傾げる。


「いやさ、俺ドカボンに勇者装備一式もらったじゃん?」


 ヤスは自分のプレートが付いたネックレスに通してある金の指輪をかかげる。


「これ1年間保証なんだろ?」


「冒険は長くて1ヶ月だがにゃ」


「うん。それでさ、俺これをドカボンの愛と一緒にもらったわけじゃん」


「…にゃ、そういう……」


「いろいろ俺に付けてくれた能力がそれってこと?」


「…うーん……」


 ドカボンが唸って考え出す。


「…すいー、すいー」


「……」


「………」


「…よし!」


 何か結論が出たようだ。


「神にも二言はないにゃ」


「あ、なんかくれ ―――― 」


 ドカボンがヤスの左肩を掴み、


「 ―――― んの?」


 下を向いたまま落下するヤスをぐるっとひっくり返す。


「……」


「にゃっはー」


「…誰だお前!?」


 自分より背は低いが、幼くはないであろう少女みたいな女性がそこにいた。

 肌は白く、髪は透き通るような薄茶色。目元はきりっとしているが、どことなく柔和にゅうわである。


「うちにゃうち」


 悪戯好きそうな猫っぽい雰囲気に、風になびくホワイトタイガーの尻尾。

 着ているのは上着のセーラー服のみ。

 そしてこの口調。この声音こわね


「ドカボン!?」


「正解にゃー」


 あの人形姿のまま異世界に行って大丈夫なのか疑問であったが、なるほど、それようの肉体を用意してあったようだ。


「ほいにゃ」


「ふが?」


 そんなドカボンがヤスの鼻をつまむ。


「プレゼント フォー ユー」


 そして服を掴んでにじり寄ってきた。


「…え?」


「むちゅー」


「……!」


 思考が追いつかないまま、さらにたたけてくる。

 ドカボンの口で呼吸器を塞がれた。


「…! …!」


 当然ヤスは暴れ出す。


「んんー」


 なんとか引き剥がそうと奮闘した。

 しかし、首に絡んだドカボンの腕は頑丈にロックされ、鼻を塞ぐ腕はテコとして動かない。


「……!」


 許されたのは、そう、身じろぐことのみ。


「…んむー」


「………!」


「…んん」


「…!」


「…んー」


「… ―――― 」


 しばらく経ち、もがくヤスの腕が、ぷらんと、ちゅうを泳いだ。

 どうやら呼吸できず、脳内の酸素不足で気絶したようだ。


「…ん…っぷはあ!」


 やっとドカボンがヤスを解放する。


「にゃーっはっは!

 よかろうヤス、愛してやる。

 破壊神にして星の槍、カボドーンが、お前を愛してやろうではないか。

 にゃーっはっは!

 にゃーーっはっはっはっはっは!」


 トウジはドカボンが『やんちゃ』の能力のせいでどうのこうのと考えていたが、なんてことはない。

 ドカボンの性分はそもそも「やんちゃ」だったのだ。


「………」


「にゃーっはっはっは!」


 気絶する人間と笑う神。


 こうして二人は異世界に旅立った。


 ようやくこれにて、ここに異世界転移は成されたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実は才能の無かった犯人が一晩だけ天才いわゆるチートになるようです 矢多ガラス / 太陽花丸 @GONSU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ