第17話 「冒険には愛がつきもの」

 青々と茂る草原が続く世界には ふたつの大きなクレーターが出来ていた。

 今その片方の中央で ひとりの少年が起き上がる。ヤスだ


「…ん、うぐう……」


 夏場に着るような薄手の半袖と半ズボン。

 寝間着だろうか、デザインが実に簡素で、横文字の英語すら入っていない。

 それをズタボロに汚しながらヤスはそこから立ち上がろうとしていた。


「…お? 起きたにゃあか、ヤス」


 不可解な生物が穴の外からヤスに話し掛ける。

 猫顔、犬耳、虎の尻尾。

 しまいにはサメの背ビレを背中にしょったセーラー服姿である。

 いちおう女の子みたいに長い髪を降ろしていた。それは薄茶色。

 そして全身短い毛で覆われており、模様は黒く、他は白っぽい。つまり尻尾はホワイトタイガーのようになっていた。

 そう、それはドカボンだ。


「えーと、あれ?

 なんでこんな所で寝てんの?」


 トウジに混乱をかけられてからというもの、踏んだり蹴ったりだったヤス。

 さすがに精神へ影響があったのだろう。前後の記憶が曖昧になっているようだ。

 

「にゃっはっは。

 めっちゃくちゃ色々あったにゃ」


 言葉をかして笑う。


「んんー?」


(なんかデジャブ)


 ヤスは納得できない顔でドカボンをじーっと見詰めていた。


「そんなことより、お前が寝てる間にこっちはやることやっといたぞ」


 その隣で聞き慣れた声がする。


「…お!」


 そこにいたのはトウジだった 。

 上下白っぽい同色の服に、腰には赤黒い帯。また首にはカラフルな色が混じった黒っぽいマフラーを巻いている。


「なんだよ、異世界に行く準備ばっちりか?」


 ヤスは穴から出るべく、斜面を登り出す。


(…あれ? こんな急な斜面だったっけ?)


 そのクレーターは前のより斜面の角度が大きかった。


「おーい、ヤスー」


 登っていると、背が小さくて隠れていた少女が顔を出す。

 ナナセだ。

 あさ色のたけの長いワンピースを身につけ、革製の茶色いチョッキを身につけている。

 それが異世界における一般的な女の子の服装なのだろうか。とてもシンプルだ。

 ナナセはこちらへ元気に手を振り続けていた。


「やっほー。

 かわいいなー、ナナセは」


 ヤスも手を大きく振り返す。


 そして2人の服装を見てわくわくしながら斜面を登り切ったヤスは、まず第一声に、


「それで、俺の服はどこだドカボン!」


 ドカボンの方を向き、目をきらきらさせながらそう叫んだ。


「………にゃ、まあいいにゃ」


「ん? 何が?」


「ヤスの服はね~、…ほいにゃ!」


 ドカボンは胸の前で握り拳を合わせ、ぱっと、手を開けてみせる。するとそこには手品か何かのように、たたまれた上下の服が乗っていた。


「あれ?」


 ナナセが首を傾げる。


「おおおお!

 これが俺の異世界服…!」


馬子まごにも衣装いしょうにゃ」


「まだ着てねえよ。

 せめて渡してから言え」


「馬子にも衣装にゃ」


 ずいっと差し出す。


「だからって渡しながら言うんじゃありません!」


 なんだかんだドカボンからそれを受け取り、ヤスは着替え始める。


「…あれ?」


 トウジがその服装に首を傾げた。


「おお!?

 さあみんな見てくれ!」


 着替え終わり、ヤスはYのポーズになって見せびらかそうとする。


 その服装のズボンは灰色。そして上は、


「見てくれよ特にこの上着!

 異様な雰囲気を醸し出す昆虫パラダイス!ってこれトウジの服じゃねえかあああ!!」


 脱いで叩きつけるまで見事な早業だった。


「…ふむ、なかなかいいボケツッコミだったにゃ」


 ドカボンが賛辞を述べる。もう少し面白いものを見せろ、という顔をしながら。

 ただなかなかの動きではあったようだ。


「僕は好きだぞ」


 一方トウジは手を叩く。


「え、えーと」


 ナナセはえずトウジのまねをした。


 そしてその時、手に持っていた紙袋を脇に挟もうとして、それが地面に落ちる。


「……ん?」


 2人から全く嬉しくない拍手を受けながら、目ざとくヤスがそれに気付く。


「ナナセ、それは?」


「あ、ヤスの服だよ」


 何でもないようにニコニコしながら答えられた。


「………」


「まだまだー!」


 そしてナナセは、どうやらトウジと拍手をしてて、何か楽しくなってきたようだ。

 どちらが速く叩けるか勝負し出している。


 たぶん、袋を落としたことに気付いていない。それはトウジも。


「……」


 その袋をヤスはジッと見詰めている。


「はい、お終い」


「えー、なんでー?」


「まずヤスに服を渡そうな」


「あ! ごめんヤス!」


「あはは、ごめんってヤス。

 そんな顔すんなよ」


「……」


 ヤスは腕を組んでぶすっとしている。


「…あれ? 袋どこ?」


 ナナセの足下に落ちていた紙袋だが、それはぱっと消えていた。


「にゃ、うちがちゃんと渡しとくにゃ。

 2人はちょっと待っててにゃ」


「あ、ドカボン様。

 それじゃあお願いします」


 ナナセがぺこりと頭を下げる。


「ねえねえ、他に何か遊びないの?」


「…ん? それじゃあこんなの知ってるか。

 両手をぐーにして人差指だけ伸ばしてごらん」


 ちらっとヤスの顔色を確認した後、トウジはナナセに他の手遊びを教え出す。


「……」


 そのヤスはまだむくれた顔をしていた。


「…にゃ、すまんってヤス」


 ドカボンがそんなヤスのズボンをぐいぐいと引っ張る。


「……ふん」


 敢えて声がした方に顔を向けない。


「…にゃあ、そんな格好いい服でもないのに お前がうきうきしながら登ってくるから、下げてから上げれば印象良くなるかもって、思っちゃったにゃあ。

 うちの独断にゃあ。

 ごめんにゃあ」


 ズボンを掴むドカボンの反対の手、そこには先程の紙袋が握られていた。

 その中にはあまり期待できない普通の服が入っているようだ。

 おそらくトウジとほぼ一緒なのだろう。


「…あんな変態趣味な服を着せられて、わたくしはえらい傷付きましたー」


 ヤスは腕を組んだまま、ぷいっとそっぽを向いて答える。


 気持ちが上がっていた分、地味な服でも異世界の服を着たかったのだろう。

 そこにドカボンの気の回し方が水を差してしまったのだった。


「にゃあ、こんなやり方もうちの愛だと思って、服と一緒に受け取ってほしいにゃあ」


「うぐ!?」


 ヤスの体がビクリと揺れる。


「…意味不明な行為……そして愛、…うっ……、頭が…」


 そして嫌なことを思い出しそうになって頭を押さえる。


「今なら愛+ひのきの棒が付いてくるにゃあ」


「…ふーんだ」


 顔を合わせようとせず、ふてくされ続けるヤス。


「にゃあ、愛+はやぶさの剣が付いてくるにゃあ」


「…!」


 ぴくりとヤスが反応する。


「…にゃっはー、愛+光のオーブが付いてくるにゃ」


「……」


 反応を示さないヤス。


「…っち、愛+光の剣にゃ」


「おおお! マジで!?

 …いや、しかし……ぐぬぬぬ!」


 振り返り、ドカボンの肩を掴みそうになるが、ヤスは踏みとどまる。


「……」


「ぐぬぬ」


「……」


「…ぐう!」


「…ヤスが『わらしべの才』を『ささげ』ればなんと!

 愛+勇者の装備一式+1年間保証!!

 お申し込みは残り5秒ですにゃー! 5、4、跳んで2、1 ―――― 」


「ドカボン!」


 ヤスはドカボンの手をがっしり掴む。


「…にゃあ」


 そしてドカボンはそのまま両手を胸の前に持っていくと、


「……うちの意味不明な愛を、受け取って、くれるにゃあか?」


 目を潤ませ かつ儚げに、こちらを見上げ問いかけてくる。


「…愛なら、仕方ないよな!」


 ヤスはその申し出を受け入れた。

 つまり、期待してた所に変な服を着せられたのを、無かったことにするようだ。


「結婚する?」


「するする!」


「愛してる?」


「愛してる!」


 そして追加特典がかなり気に入ったのだろう。

 ヤスはイエスマンと化していた。


「チョロいにゃー」


「そうだな! ……ん?」


「ウチモアイシテルニャー」


 それぞれの冒険への準備は着々と進んでいく。

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