第6話 それから一週間経って
『最強の上級生を再起不能にした悪い1年生がいるらしいっすよ』
そんな与太話にもならない事を言ったボケは、こいつ一人じゃないらしい。
俺の名はナオタロウ・クズキ。ちょっと前まで謹慎処分を食らっていた、いわゆる不良だ。
学園内に煙草を持ち出したのがバレて、初犯だったので一週間だけ学生寮内で軟禁。後は
んで、一緒につるんでいた、俺と同じかそれ以下の頭したバカ友達がこの一週間で起きた事を、頼んでもないのにペラペラペラペラと喋ってくれた。
学園最強のマリアに決闘を挑んだ大馬鹿野郎が出てきたこと。その大馬鹿野郎が1年だってこと。決闘の内容や勝敗はまだ知らないけど、マリア・クロエが再起不能になって、現在入院中だってこと。
マジか。
しかもその1年はDクラス。Cの俺より下のクラスだというから驚きだ。
Dクラスっつったらアレだよ、アレ。生きてるサンドバック。もしくは財布君。
マジ役に立たねぇゴミ共の集まり。時々マジでヤバイ奴が混じってるけど、基本はカタドリがマジ全然ダメなやつら。このストレスが溜まる学園じゃ一番下の底辺共。
それが何で下剋上なんてやっちゃってんの?
学園の中はそいつの話題でいっぱいいっぱい・・・。
どいつもこいつもオリエ・オハラ、オリエ・オハラ。
あー、なんかむかついてきた。
しかも校門前でハデに出迎えられて調子乗ってるって?
バカだろ?
あー、マジでむかついてきた。
いっぺんシメるか、そいつ。
『い~っすねぇソレ! やっちゃいましょうよ~』
こうして俺は群れて調子に乗るだけのバカな友達と、喧嘩上等って感じでイキってる阿呆な仲間と、俺たちと同じくらいその1年坊主にむかついてる同志をかき集めて、そいつをつけ回すことにした。
女子寮、クロエ姉妹の部屋。
現在はセイナ・クロエのみが使用している。一人では広すぎて寂しさはあるが、最近は友達が入り浸るようになって賑わいがある。
賑わいと言っても、あまり女生徒の青春に相応しくない内容なのだが・・・。
「・・・・・・今日で一週間になりました」
セイナ・クロエは一堂に会した友人たちを一瞥してから一冊のノートを取り出す。ノートの題名には「オリエ・オハラ」と書かれていた。
「クロエちゃん、それって・・・?」
シュウカが尋ねるので、セイナはノートを開いてペンを執る。
「これから皆さんが集めてくれた情報を、ここに書き残す為に作ったノートです。
オリエ・オハラ対策は校内選抜まで時間がありません。どんな些細な事でも構いませんので、研究ノートの充実に協力してください」
「う~ん、それはいいんだけど・・・・・・」
至って真面目なセイナにシュウカは困惑の色を示す。
シュウカのルームメイトがミーハーをこじらせて、同じようにオリエ・オハラに関するノートをとりスクラップブックを作り始めていたので、既視感を覚えたからだ。しかし内容は「熱狂」とは真逆の「成敗」が目的のものなのだが。
テーブルにそれぞれカップが注がれ、シュウカが最後に座る。
「まずセイナに報告する前に、みんなで情報共有をしたんだけど・・・」
コユキが角砂糖をかじってから紅茶を一口、それから小さいため息をしながらカップをコースターに置く。
「最初の報告だから大したことはないよ。主に風紀委員がらみで多くの情報があるサユリと、サプライズがあって、私とハルナのグループに大きな進展があったってくらいだね」
「サプライズ?」
「うん・・・まずはサユリの情報と、それから私のグループから」
「おう、任せとけ!」
サユリが“ドンッ”と胸を叩き、それに呼応して柔らかい部分が大きく揺れる。
風紀委員経由で手に入れた情報は多かった。
「オリエ・オハラ。1年Dクラス。身長185cm。体重は75kgくらい。仇名は
「身長はともかく、よく体重までわかったわね」
「ああ、あいつ結構気安く話しかけるらしいから、付いて回ってる奴らとそれなりに仲良くやってるらしい。あと体重は入院生活で減ったから戻すって話してた」
「75で減ったという事は、本来は80はあったのでしょうか」
サラサラとノートに情報を書き足していくセイナ。
セイナの身長は168cm。体重は51kg。女性の中では平均より高い部類に入るが、それでも身長差と体重差で不利に思えた。
倒すと決めた相手は頭半分は高く、かつ筋肉の重量差が10kg以上ありそうで、柔道では2階級の差がある。これは大きな差に思えた。
しかしカタドリ使いにとって身長差と体重差はスポーツ化された格闘技と違い大きな戦力差にはなりえない。
良くも悪くもカタドリが全てなのだから。
「それでカタドリについては?」
「いやそれがよぉ、困ったことにさぁ・・・」
サユリが頭を掻いて、風紀委員が作成したガイドラインを掻い摘んで説明する。
オリエ・オハラと接触するものは、自身のカタドリを聞き取る事を禁ずる。これはオリエ・オハラに報復をしようとする、あるいは考えている者たちに情報を流させないためだ。
カタドリが解れば、対策を練るのが容易になる。しかしマリア・クロエに決闘を挑むだけの実力を持っていると想定するなら、報復のために投じる人員と規模は計り知れない。どんな事態に発展するか全く予想できない。
よってオリエ・オハラに関する情報を風紀委員から聞き取ることを禁じ、また報復を未然に防ぐため、オリエ・オハラに付いていない風紀委員も水面下で動いている。
サユリの説明が終わると、セイナは首肯した。
「確かに、私以外にも知りたい人たちはいるでしょう」
特にお姉さまを囲っていた信者まがいの生徒たちは、血眼になってオリエ・オハラの情報を掘り出そうとするだろう。セイナは風紀委員側から得られる情報は、早い段階で頭打ちになるだろうと判断し、視線をコユキに向けた。
コユキがセイナと目があって、それから胸ポケットから一枚の紙を取り出す。紙は二つ折りになっており、テーブルに置いてから開いて見せると“サークル名簿”と書かれていた。コユキが一番下の欄に指を置く。
「このサークルが、現在オリエ・オハラが所属しているトコロだよ」
コユキ以外の5人が指先の欄を覗き込む。そこには“自由自主練サークル”と書かれており、それ以外の記述はなかった。他のサークル欄には代表者名、人員数、活動方針などが書かれていたが、これにはそれが無記名だった。
「おい待てよコユキ」
サユリが顔を上げてコユキを凝視する。
「確か今回の騒動であいつ、“部活動及びそれに準ずるグループの接触の禁止”ってセンコー共にいわれてるんだぜ?」
「いや、これは騒動が起きる前から所属していた・・・というか立ち上げたサークルだよ。1年Dクラスの何人かが所属してて、学園の隅っこでひっそりとやってるみたい。簡単に言えば、カタドリの弱さを補う為武術に取り組んでいる、私たちのようなグループと似たようなものだよ」
コユキはカタドリを基準にしたスクールカーストの下位の中でも、カタドリ性能が劣っているが武術に通じて鍛錬を怠らない生徒たちのリーダー格を担っている。彼女自身もかなりのマニアで、国内はおろか海外のマイナーな武術にも精通していた。
「よく調べましたわね。どうやってお知りになって?」
ハルナが感心する。恐らくこの情報は風紀委員にも知られてない事だろう。
この学園の“魔人に対抗でいる人材を育てる”という特色上、各サークルの規模は“各武術の流派ごとに存在し、指で数えられる程度の人数”で細々と活動している。そのため全体の把握が困難になっているのだ。
一方のサークルには確かに研鑽を積んでいる所もあれば、事実上別のサークルに吸収、自然消滅して解散の届出を出していない所もある。人数が多く実績があれば部に昇格でき、風紀委員が見張れるのもそういった大所帯になって横暴さが露呈する部活に限定せざるを得ない事情があった。
「この中では私のグループが一番、Dクラスがいる。偶然このサークルに所属している男子に会える機会があって、その人の紹介で今度そのサークルに行けるように手配してもらったんだ」
「さっき言ったサプライズはこれの事ですね(もぐもぐ)」
ミドリ・キムラがお茶菓子を頬張りながらコユキの行動力に感心する。彼女は自分以外のキムラ一族から情報を得る手筈になっているので、現在報告する事もなく、手持ち無沙汰だったので、自然とお茶菓子に手を伸ばしているのだ。
「おお、よかったじゃねーか! コレならオリエ・オハラに接近して他の奴らに先んじられるじゃねーか!」
「うん。でも本人に会えるか微妙なラインだね。いったい何をしているのか解らないサークルだし・・・それとセイナの関係者だと悟られないように、できるだけ皆との接触は避けて、これからは私一人で調べてみたいと思うんだ」
「なんだかそれって、スパイみたいだね?」
シュウカのとぼけた言葉にコユキが素早く応える。
「いやまんまスパイだよ? でも弱小のDクラスたちだけのサークルだし、それほど身の危険は感じないかな・・・その彼がいうには『本当に自由に自主練してるだけ。たまにオリエ君が面倒見てくれる』って言ってたし・・・」
「面倒を見る、っという事は指導してるのでしょうか」
「多分・・・でも実際に行ってみない限りはわからない」
「そうですか、頑張ってください」
コユキの報告を切り上げるように激励の言葉を送って、それからセイナはハルナの方を見る。
ハルナは『待ってました!』と言わんばかりに胸を張って報告する。
「私の方からはもっと有益な情報を得られそうですわ!」
「――――と、言うと?」
先走って結論から言いはじめるハルナにセイナはちゃんと説明してもらおうと促す。ハルナはハッとして、小さく“コホン”と咳払いしてから改めて。
「私の所属している馬術部は、普段は専用の職員の方たちに馬の世話をお願いしておりますの」
「ええ、それは知ってます。流石に馬の世話までさせては学業に支障が出るから雇っていると、入部したての頃のハルナから聞きました」
「それでですね、オリエ・オハラと思われる人物が、職員たちのお手伝いをしているという情報をキャッチしましたの! 先輩方の中には気難しい馬に乗る為、自分の手で世話をしないといけない方がおりまして、その方から聞いたことなんです!」
ここでハルナの目から『褒めてホメテ』と可愛らしい欲求が垣間見えたので、セイナはとりあえず頷いて。
「お見事です。確か馬の世話は朝6時からでしたね。コユキと同じように頑張ってくださいハルナ」
「ええ! 早起きいたしますわ!」
“むふーっ”とハルナは鼻息を荒くして、自分の手柄を誇示する。いつもの事なので、皆ハルナに対して暖かい目で見守っている。
「・・・・・・・・・」
ふと、セイナは肩の力を抜いて少し、遠いまなざしを親友たちに向けていた。
気持ちの整理がついてから大きな目標が見つかり、新しい生活を始めてもこの人たちは、変わらず接してくれている。それどころかいつもと同じ調子でお喋りし、変わらぬ調子で過ごしている。これがどれだけ私の心に安寧をもたらしてくれている事か。
この個人的な仇討ちに協力してくれる親友たちには感謝の念しかない。
かつて心の中心に空いた巨大な穴は、三つの決意によって埋められ、いままでの私以上の心の強さを獲得していた。それもあってかモノの輪郭と彩度が鮮明に見える。
以前より少しだけ周りが見える。お姉さましか見ていなかった視点が、この自分の為にそばにいてくれる親友たちにまで広がっていた。
お姉さまに匹敵する実力を持つ男との決着は、まだまだ時間がかかりそうだ。長い長いトンネルの入り口に立って、細い細い出口の光を見つけた様な、そんな遠さ。
不安は、なかった。決意が最初の一歩を軽くしてくれる。何年かかるか分からないが、絶対に成し遂げて見せる。オリエ・オハラに“一矢報いる”のではなく“成敗”してみせる。
それからセイナ達は最初の会議を終え、解散した。セイナの部屋を後にした少女たちははそれぞれの部屋に戻っていった。
ミドリ・キムラは別に開かれていたキムラ一族の会議の内容をこれまた同じキムラ一族のルームメイトから聞きはじめ。コユキ・クロサワはこれまでの交友関係を断つように身の回りを整理し始める。サヨリ・オチアイは一旦風紀委員が使用している教室に赴いて、オリエ・オハラが立ち上げたらしいサークルの情報を報告しに行った。ハルナ・イヨはいつもより早く寝ようと戻るなり準備に取り掛かる。
シュウカ・オオサカは違った。彼女の情報収集はこれから始まる。部屋にあらかじめ作って置いたお菓子の小袋を複数抱えて部屋を出て、情報提供に協力してくれる生徒たちの見舞いに行くのだった。
最初は隣の部屋の同級生から始まる。同じ中学で今でもDクラスの友達がいるクラスメイト。次は噂好きの声の大きな女子グループ。オリエ・オハラの悪戯に遭ったという上級生たち。シュウカに好意ある貴族の令嬢、子息。とにかくシュウカは自分が積み上げてきた交流ある人物をかたっぱしに当たってみた。
お菓子の小袋が無くなって、代わりに多くの情報を得た。しかしその情報の大半は噂の領域にあり、真実を証明するものはなかった。
「う~ん・・・・・・」
それでもシュウカはある一つの疑問にたどり着く。それはオリエ・オハラに対する噂話の量が常軌を逸してい事と、その噂の伝達速度が異常であった事。
「(誰かが意図して噂や風聞を流している・・・?)」
これは、ちゃんと確かめねばならないと思った。誰かが噂話や風評でオリエを陥れようとしているという意図を感じ取り、このことでセイナとオリエの決闘に支障が生じると判断した。
よかれと思って流れ出た誠実な報せは往々にして見当違いな講釈が挿入され、見当違いな事実に変質する。
そうならない様にシュウカは目を光らせる。噂を信じて目をつぶりあらゆることから者がいるのだから、噂が本当かどうか目を配り続ける者にならなくてはならない。
それこそが、ただのお金持ちの家に生まれた庶民のシュウカが貴族のセイナの側に居続けられた、数少ない方法だったのだから。
カタドリ使いの魔女殺し ~魔断のソースボックス(悪童)~ 梅田志手 @touchstone
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