第6話

人間は心を探りあう。

奪い合う。

いつしか疲れ何も求めなくなる。


神は嘆く。

心は奪い合うものではなく

探り当てほくそ笑むことや

落胆することではない。

心は最も愛に満ちた美しく

気高いながらも優しく温かい。


小さな茶色犬は詩人に

大切に抱かれていた。


石畳の道を時折、少し歩き、

また抱かれ、また歩き。


詩人は医師に会う日、

呼吸がおぼつかない。

緊張感が押し寄せ、それでも

早く終わればいいとは思わない。

ほんの短い時間の中で詩人は

医師が幸福で健康であることを

祈り、その時間が終わると

クリスマスが近い日の子供の

ように胸に色とりどりの輝きが

灯り、やがて消えていく。

イルミネーションが終わると

冬の枯れ木だけが残る。

風に吹かれ雨に打たれまた、

新しい季節を待つ。

その繰り返しを恋、愛と呼ぶならば

なんと自分は未成熟な子供のまま

なのだろうか。


しかし、

詩人は人間が苦手であった。

敏感な心は言葉や目や態度から

それを察し傷ついてきた。

片隅で詩人として生きてきた自分

は傷ついた心を隠し、それを

悟られないように個を主張し

心にコートを羽織っている。

寒くないように、雨をしのげるように。


小さな茶色い犬は

詩人の胸のぬくもりが大好きだった。

安心したし、幸せだった。


私はとても幸せよ。

彼女は天に向け言葉を放った。


その言葉をルリビタキが

拾い上げガイルに届けた。

ルリビタキの美しい青い尾が

冬空に映える。



医師はカルテを見た。

詩人と小さな茶色い犬。

来院は突然で

年老いた犬の状態に変化が

あったのでは、と懸念するが

大概、定期検診であり、

親娘のように寄り添う

詩人と小さな茶色い犬を見て

安堵する。



「こんにちは。」

詩人の静かな声。

「こんにちは。」

医師の穏やかな声。


診察台を挟んだ距離、

大きな優しい手が

小さな茶色い犬に触れる。

「うん、大丈夫だね。

いつものようにゆっくり行こう。」


詩人は微笑んだ。


心から

安心した。

フワリと優しい気持ちになった。


あなたは

いつも安心させてくれる。

ただ、ありがとうございます。


詩人は心で語りかけた。


医師は小さな茶色い犬の

濁った瞳を見ながら

心で語りかけた。


きっと

君の、お母さんは君がいなくなったら

寂しいだろうから。頑張ると決めたのかな、君は。強いね。


小さな茶色犬は

返事をした。


私は私のために頑張るのよ、

それだけ。


彼女は気高い。


安らぎと優しさを持ちながら

孤高の光を放つ詩人に医師は

惹かれていた。


詩人の額も眉間も睫毛もごく

自然に美しく、瞳は澄んでいた。

オーデコロンの甘くいい香りとは

違う、柔らかな風を思い出す。


懐かしく近い、

しかし遠い。

愛とはこうして紡ぐものなのかも

しれない。

さらけ出し奪い合うことに

求め合うことに慣れたいきものは

静かに年月をかけ少しずつ

心地良く愛することを忘れている

のかもしれない。医師も詩人も

そう思っていた。



近づきたいのに、近づけない

もどかしさと切なさ。

けれども細やかにゆっくりと

紡ぐ愛の心地良さ。


ガイルは腕組みをし、

二人を見ていた。

二人が愛を交わせば

月は染まる。

神はきっと、喜ぶだろう。


お互いの拘り、

プライド、社会的な立場。

真逆な二人こそ

双璧であるのだ。









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