知らず知らずに口にするかも知れません

奈浪 うるか

u never know. oh...

「おーい、小林ー」


「はいっ! はいはいはいっ!」


あ、えと、わたしは小林ケイトっていいます!

あ、ケイトっていう名前は、えとわたしハーフなので、えと、顔とかも外人ぽいんですけど、英語は…全然。っていうか平均的日本人以下、っていうか大学生の時に中学生に「もののあわれ」っていわれたことが…ある、感じで…。で、あの、わ、和歌山県出身で、小説とか大好きで、いま希望がかなって東京で文芸雑誌の編集者、入社半年の23才です!

あ、生まれてからずっと日本にいるので、日本語は普通にしゃべれますよ! あ、でも標準語はあのあれです、すぐに方言がでちゃうので…


「いま忙しいか?」


「でんでん!」


ああああああああああああ…

やっちゃいました。慌てるとザ行がダ行になるんです。和歌山って。雑誌の編集って、偉い先生の言葉の間違いとか直すんですよ。駄目ですよねこれじゃ…


「あの、ほら、ゲーリー・デイリーの、ほら、ブリット先生。おまえ、担当な。いま下に来てるから、あいさつしとけ」


え?


ええええええええええええええっ?

ゲーリー・デイリーは今年最大の話題作。彗星のごとく現れたブリット=ダスプーチンという新人の先生が斬新な文体と独特の感覚で、とにかく今年の文壇の話題をかっさらって行っちゃって、わたしもその、えーと、ハマりにハマって就職決めちゃったっていうか。

えー、そ、そんな急に!


「先輩! わわわわたしまだ…そんな無理です!」


「安心しろ」


び、びっくりさせないでください! そんな、ありえないですよね! だって先生がうちから出してくれるのって超ラッキーっていうか失敗は許されないっっていうか。わたしがなんかやらかしちゃったら何十家族か路頭に迷いますよね? 迷いますよね!?


「最初はそーゆーもんだ」


えええええ!


出版界はわたしの予想以上にブラックで、アドベンチャーなところ…だったみたいです。


***


こつ


うう。


こつ


ううう。


こつ


胃が痛い。


顔がアメリカ人なのでよく誤解されるんですけど、わたし気が弱くてすぐ胃にきちゃうんです。一歩階段を降りるごとに、なんか重圧が胃にのしかかります。お昼に食べたご当地バーガー第二弾がもったいないことになりそうです…


編集部のある三階から、階段を一段、また一段と降りて会議室のある二階に向かいます。十三階段とか、普通は昇るものらしいですけど、下るほうが胃にきますね。


階段を降りたすぐのところにある第4会議室。ここにブリット先生がいらっしゃいます。いらっしゃるはずです。

ゲーリー・デイリーはほんとうにおもしろい、とわたしなんかがいうのもはばかられる、もう、なんていうか、最高の小説なんです! その先生にわたしみたいな新人の、標準語の怪しいエセ外人みたいなのが担当とか、もう、申し訳なくて…。そもそもなんで先生はうちみたいな弱小出版社から小説を出してるんでしょうか? ちゃんとした大手から出してくれればわたしみたいなのが担当になることもなかったとおもうんですけど…。


あ、きっとそうですね。先生は、そんな担当とかどんなでも関係なくて、ちゃんと事務的なこととかそういう誰でもできることをちゃんとやってくれればそれで十分とかそういうすごい人なんでしょう! だったらわたしでも、がんばれば、なんとか、


お役に立てるかもしれない!


それなら、先生のお役に立ちたいです! あの素晴らしい作品に関われるとか、誰でもできる雑用かもしれないけど、誰かがやらなくちゃいけなくて、それをわたしがやるんだったら、


うれしいかも!


自然に右手が第4会議室の扉にのびました。


かちゃり。


スマイル、スマイル。

気持ちよく書いてもらえるように。

それだけ気をつけれ…


開け放たれた第4会議室の、うちの会社にしてはがんばった小ぎれいな空間の窓際にいた、


金髪の美人が振り向いた。


が、ががが、外人! ががががががが、き、聞いてないよー><


外人だめ! 絶対!


どどどどどーしよ…

せ、せせせせせせせせ先輩、顔で判断しないでー


***


ふと気づくと、会議室にすごい美人の外人さんと一緒にいた。

…なんだか、しばらく意識がとんでたみたい。


ブラインドが半分閉まった窓の逆光を受けて、先生はすっごくキレイでかっこよかった。ミリタリーっぽいパンツにクリームのブラウス。金色の髪がブラインドから漏れる光にきらめいてる。それはもう、わたしのあこがれ感覚を三往復ぐらい満たしてくれるぐらい。


見とれてる場合じゃない。と、とにかく座ってもらおう。

え、英語だよね。いくらわたしがもののあわれでも、いちおう大学は英文科でてるんだ。意志の疎通ぐらい、きっとできる!


「えと、えとですね、『しっと!』」


あれ? なんで座ってくれないの? …なんか、眉間にしわよせてるし。通じなかったかな? えー、座るってしっとだよね? 他に知らないし。


んー、椅子、椅子なんて言ったっけ?


「『すつーる!』『すつーる!』、『しっと!』、『すつーる!』」


あれ? なんでそっち行っちゃうの? スツールって英語じゃないっけ?

先生はなんていうか、怪訝な顔をして少し後ずさった。


にしてもきれいな人だなー。作家の先生ってもっと地味な感じかと思ってた。あ、でも最近はテレビとかでるからきれいなのもいいかもね。うん。


天って、ひとりのひとに与え過ぎだよねー。わたしもちょっとぐらい先生的な要素ほしかったなー。そ、そんな贅沢いわないけど、もうちょっと賢いとか、もうちょっとだけしっかりしてるとか…


あ、しまったー。じっと見すぎたかも。なんか不審な感じで見られてる。いいわけしないと。えっと、顔が綺麗すぎてびっくりしちゃっただけなんですー。って英語でなんて言うんだろ?


「先生の、『ふぃーしーず』、えっと、『えくすくらめんと』、びっくり、びっくり、えへへ」


通じたかな?


通じてない…と思う。先生、うつむいちゃった。どうしよ? だめだよー。


せんぱいー。やっぱりわたし一人でとか、無謀すぎるよー。路頭だよー。


あ、そうだ。なんかお飲み物お持ちしないと! たしかお客さん用の…上等っぽいジュースが…あったあった!


あれ? なんだこれ? どうやって開けるんだろ? 上等だからって開け方まで難しくしなくてもいいじゃない? えーと、これ、こうかな? こっち? えーと、


ばっちゃー


あああああああああー。

それっぽいとこ引っ張ったらちぎれて落っこちちゃった。後で掃除しないと…

あ、先生こっちみてる。えっと、説明…


「『どろっぷ、じゅーす』、ちょっと、ちょっと待って下さい」


…先生ティーサーバーの方に行っちゃった。お茶も出せないとかわたしってダメすぎる。先生に自分でお茶くみさせちゃうとか…


あ、そうだ、あのサーバ、一番のは壊れてるから変な液でちゃうんだ。二番しか使えないんだ。言わないと、えっと、


『どぅ、なんばーつー!』


あれ?

二番はちゃんと出るのに? ほうじ茶おいしいのに? なんでやめちゃったんだろう?


先生、下むいてる。

もしかして、怒ってる? なんか、肩がぷるぷるしてるみたいだし…

わたしがバカだからおこらせちゃったのかな?

あーどうしよー。

お母さん、どうしてわたしに英語教えてくれなかったの? どうしてアイダホ生まれなのに和歌山弁だったの?


先生のことこんなに好きなのに…あ、そうだ。それを伝えれば、えと、先生の作品。ゲーリー・デイリーの初版本、ちゃんと持ってる。これを見せれば、


あ、先生、びっくりした顔してる!


通じたかな? えっと、これが大好きっ…て


『だーっと』


あ、ザだってば! あれ? 「これ」ってざっとじゃないっけ?


おかあさーん!


英語じゃなくて、どうやってこの感動を伝えたら…そうだ、拍手だ!


「『くらっぷ』、『くらっぷ』」


伝わったかな?


なんか伝わってないっぽい…

また下むいちゃった。


だめだー。もう担当させてもらえないかも。

もしかして、それどころかクビ!?

そんな!

大好きなんです!

先生の作品!

言えないのがもどかしい!

でも、言わなきゃ! 言えることだけでも、なんか、言わなきゃ!


「先生! あの、こんなですけど、で、『でふぃ、けいと』を、見棄てないでください!」


あ、なんか腕組んでこっちみてる。あ、こっちくる。

すっごいにらんでる。口の端っこがぷるぷるしてる。

もしかしてぶたれちゃうかも!?

先生の手がわたしの顔に伸び…てそのままあたまをくしゃっとつかんだ。


「どんだけうんこ好きやねん」


先生は大笑いしながら、わたしを抱きしめてあたまをくしゃくしゃし続けた。


***


よく考えてみたら、日本語の小説書いてるんだから日本語しゃべれますよね…

もう、穴があったら埋めてほしいです…


あれ以降、先生は快進撃を続け、数々のヒット作を生み出しました。

わたしは、あれからずっと先生に「ハエちゃん」と呼ばれ、お手伝いを…というか、可愛がってもらって…います。

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