異世界転生?させねぇよ!!

風間義介

第1話 冥府の官吏、異世界転生で胃痛を患う

死は誰にでも、何にでも平等に訪れる。

だが、万物に宿る魂は、死後、どこへむかうのか。人間は長い間、それを考えてきた。

そして、魂には二つの行先がある、という結論を導き出した。

善良な行いをしてきた魂が向かう先は天国、あるいは極楽と呼ばれる楽園へ。罪を犯した魂が向かう先は地獄、あるいは冥界と呼ばれる暗い世界へ。

それが人間が導き出した結論だが、実際のところ、天国にしても地獄にしても『あの世』あるいは『彼岸ひがん』と呼ばれる場所に変わりはなく、そう言った意味では、天国も地獄も『冥府』と呼んで差し支えないだろう。

そんな冥府を管理する任を持つ神使の一人は、眉をひそめていた。


「……魂の数が、合わない?」


通常、魂の総数は何年経とうが変わることはほとんどない。

なぜなら、死を向かえた魂は必ず冥界へ戻り、現世での記憶や経験をすべて洗い流してから、輪廻の輪をくぐり、再び現世へと舞い戻っていくのだから。

むろん、数千年の間に神格化され、神へと昇華した魂がないわけではない。が、そのような魂が誕生するたびに、積もり積もった想念を魂へと昇華、あるいは信仰を失い神格を保てなくなった高位存在を再び、冥界へと呼びだし、魂としての姿を与え、調整をしてきた。

なのだが、どういうわけか、そう言った調整の報告がまったくないにも関わらず、ここ最近、冥界を訪れる魂の数が減っているのだ。


――これは、なにかあるな……冥界神さまが何かしているわけではない、と考えると……あとは天界の神か。あいつら、勝手気ままなところがあるからなぁ


冥官はそれでも確かめずにはいられなかったのか、上司に天界へ向かう許可を得てから、冥界とは間逆の世界へと向かっていった。


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一方、天界には一人の人間と天界の神が対面していた。


「あ、あの、ここは一体……」

「あの世、というやつじゃ。突然だが、君は死んでしまって、いまは魂だけの状態でここにおるのじゃよ」


まるっきり、異世界転生のテンプレのようなやりとりが繰り広げられていた。

神は人間に、死因が交通事故であり、本来はまだ寿命があったのだが、こちらのうっかりで巻き込まれるはずがなかった事故に巻き込まれてしまったことを説明し、謝罪していた。

そして、付け加えられたのは。


「そこで、お詫びと言ってはなんだが、君を転生させようと思う」


という、いかにも大衆小説ライトノベルで描かれる異世界転生もののイベントらしい一言だった。


「は、はぁ……」


あまりにも予想通りすぎたためか、人間は間の抜けた声でそう返していた。

そんな人間をよそに、神は次々と説明を開始した。


「じゃが転生できるのは君がいた世界とは異なる世界なんじゃ。なにせいろいろとルールがあって面倒だからの。かまわんかね?」

「えぇ、まぁ」

「ふむ。それでは……」


と、神が人間の額に手をかざし、様々なギフトを授けようとした瞬間。


「ちょっと待ったぁ!!」

「ぬわぅ??!!」

「えっ?!」

「おいこら、天界神……あんた、なに越権行為しようとしてんだよ!!」


突然、声が響いてきた。

声がした方へ視線を向けると、そこには黒一色で統一された直衣をまとった青年が立っていた。

その顔は憤怒の形相が浮かんでいた。

突然の乱入者に、人間は困惑していたが、神の方はまるで悪戯をしている現場をおさえられた子どものようにあたふたとしていた。


「もう一度聞くぞ、天界の神よ……なぜ勝手に人間を転生させようとしている?」

「そ、それは、その……」

「おまけに、別世界への転生?こちらはそのような話、まったく聞いてないんだが?それとも、冥界の上層部の神閻魔様やタナトス様に直接お話したのでしょうか?」


突然の質問攻めに、神は冷や汗をたらたらと流しながら。


「そ、そうじゃよ?一応、話は通したが、許可は降りておるよ?」

「そうですか」


返ってきた答えに、青年は納得したかのようにうなずいた。

その反応に、神はほっとため息ををついたが、ふたたび全身に冷や汗をかくことになった。


「ならば、直接確認いたしますので、彼の転生は少しお待ちいただけますか?」

「なっ?!」

「おや、どうしました?まさか、許可が降りているというのは嘘で、自分の失態を隠すために話を通さないまま、彼を転生させようとしているんじゃありませんよね??」

「い、いや、そ、それはその……」


次第に、しどろもどろになりながら、神は冷や汗をだらだらと垂らしていた。


「どうなんですか?」

「……うぅ……」

「どうなんですかっ??!!」

「ひぃっ!!す、すまん!確かにこれは越権行為じゃ!わしの独断でこのものを転生させようとしておった!!」


とうとう、神は自分がしようとしたことを白状して、土下座をした。

突然のことに、人間のほうは何が何だかわけがわからず、混乱していた。

だが、そんな人間にむかって青年は。


「というわけだ。君の転生先については冥府の管轄になる。ご足労だが、ついて着てはくれないか?」

「え?あ、はい」


あまりに唐突であり、素早い流れについてこれなかった人間は、ポカーンとしていたが、青年の呼びかけに正気に戻り、うなずいて返した。


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移動を終えて、青年は人間の目の前に座り、じっと人間を見ていた。

どうせ見られるなら、女神様とか美少女がいいなぁ、と人間が思っていると、青年は不愉快そうに眉をひそめた。


「おい。ここは魂の世界だってことを忘れてないか?お前の思考は全部俺たちこっちに筒抜けなんだぞ?」

「うげっ?!」

「まぁ、そういうわけだ。お前さんの行き先だが……」


顔をしかめた人間の反応を無視して、青年は人間がこれから向かう先についての説明を始めた。


「まぁ、同族殺しをしたわけでも、楽しむために無駄な殺しをしたわけでも、まして、神や仏に不敬を働いたわけでもないからな……人間道が妥当、ってところか」

「え?ちょ、ちょっと待って?!異世界転生じゃないのか?!」

「あ?ふざけろ、異世界に転生させるなんてこと、そうそうできるわけないだろ」


たく、これだから最近の人間は。

と、人間の質問に、青年はいらいらしながら返した。


「そもそも、世界が違うってことは、その世界を管理する神も違うってことだ。受け入れ準備ができてるかどうか、要請があるかどうかもわからんのに、勝手に異世界転生なんざさせられっか」

「で、でもさっきの神様は異世界に転生させるって……」

「そりゃ自分のミスを隠すためだろ?あいにくだが、普通、自分のミスで人間を死なせても異世界に転生させる、なんて処置はしないぞ?」

「はぁっ??!!」


そもそもの話、なぜ人間だけが特別扱いされるのだろうか。

魂の管理は、冥府の神が行っている。神からみれば、人間も動物も同じ魂を持つ存在でしかない。

そのため、あまねく生命いのちに貴賤はなく、人間だけ特別扱い、ということはないのだ。

それを、自分のミスで寿命を終わらせてしまった人間の魂を、まるで寝小便してしまったふとんを隠すかのように異世界に転生させることは、とても許されることではない。


「というわけだから、お前の来世は人間だ。どこの国に生まれるか、どんな家庭に生まれるか、そういうのは時の運であって、俺たち冥府の官吏が関与できるものじゃないので悪しからず」

「えっ?!ちょ??!!」

「まぁ、とはいえ、お前さんが輪廻の輪をくぐるまではまだだいぶ時間がある。それまでは、ゆっくり羽を休めているといい」


そう言って、青年は、ぱちり、と指を鳴らした。

その瞬間、目の前にいた人間の姿は消えてしまった。


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人間が目を開けると、そこに広がっていたのは、まさに楽園と呼ぶにふさわしい光景だった。

冥府、というものにあまりいいイメージがついていないためか、地獄絵図にあるような場所に飛ばされるのではないか、と少しばかり冷や冷やしていたのだが、そんな心配はなかった。


――あぁ……こんな楽園で当分の間過ごせるなら、異世界転生しなくてもいいや


目の前に広がる光景と、いつの間にか用意されていた食べ物や酒、本、美女などなど。

それらを目にした人間は、異世界に転生させてもらえない、という事実にショックを受けていたことを忘れ、目の前に与えられた享楽の数々を楽しむことにした。

その様子を、先ほど自分をここに送り届けた青年が見ていることも知らずに。

だが、様子を見に来た当の本人は。


――まぁ、問題行動も起こしそうにないから、大丈夫かな?さ、次の仕事だ


と、そそくさと次の仕事に取り掛かるのだった。

だが、その青年の耳に届いたのは。


「はぁっ?!また魂が現世から消えた?!しかもそれがまだこっちに来てないって?!」


先ほど自分が片付けたはずの案件と同じような内容の話だった。


――またぞろ、天界神のミスか……あぁ、胃が痛い……


キリキリと痛み始めた腹を抑えながら、青年は再び、天界へと向かい、魂の回収へ向かうのだった。

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