第8話  魔の導き




「―――あらら。これは困ったわねぇ……。」


「むぅ…これは、予想以上に重傷だの……。」


「…困りましたね…。」


「えっと……あの、何が「」なんですか?」



 

 …――話は、少しだけ遡り。



 霊体と魔力についての説明を聞き終えたレギが、まず最初に「レギの今現在の霊体・魔力の状態」を視るべく。サエラにレガル、そして同じくサエラと同じ魔導士であるというマルナも加わり。三人もの専門家達からの支援を受けるという、非常にありがたく有利な状態の中。レギは言われた通り瞼を瞑り、心を落ち着け只立っていること数分……。


 レギの両肩や背中へ手を置いていた三人から、先程の様な微妙に良く分からない…不安を掻き立てる様な言葉を呟かれ。思わずレギが問い返すと、三人はレギの体から一旦手を放し……。思案気な眼差しを互いに交わし合うとレギへ向き直ると。そのレギの問いの答えに、順をおって答え始めた…。



「先ず初めに…。今のレギは、初等魔法行使に必要な"力"――魔力オドを、十分すぎる程持っている事が判ったわ。」


「!…本当ですかっ。」


「ふむ、だがの……。本来、霊体アムス内に溜め置かれた命力ウィタ魔力オドというのは。少なからず…その霊体アムスという〝器〟の中を、なんだが……。お主は…それが…。」


「………それって…不味い事なんですか?」


「正直に申しますと……です。このままでは…レギ様は初等魔法を行使出来ないどころか……最悪の場合、も在り得ます。」


「は!?」



 …突如、言い渡された「命の危機」……。其処までの不味い状況へ自身が陥っているとは、毛ほども思わず…驚きと動揺が心中で吹き荒れるているレギへ。「レギ様…落ち着いて聞いて下さい。」っとマルナの優しい……けれど、真剣な声音に意識を其方へ向けたレギは。三人の、全くふざけている様子のない表情を確認すると…。内心に込み上げる正体不明の〝不安〟を押し殺し、三人の顔を見返しながら。話しを聞く用意がある事を、無言で告げる…。すると三人は小さく頷き、レギへ説明を始める。



「…魔力オド霊体アムス内を全く循環しない、今のレギの様な状態を「魔力溜」と呼ぶんだけど…。その循環していない状態……つまりはである魔力オドを、そのまま放っておくと。いずれその不活性の魔力オド霊体アムス内で凝り固まり…澱み。最後にはさっきマルナが言った通りの「命の危機」が訪れる……それが、「魔力溜まりょくだまり」という…〝病魔びょうま〟の仕組みよ…。」


「…魔力オドとは命力ウィタ命力ウィタとは霊体アムスから生み出される生物本来の〝生命力〟そのもの……。それが澱み濁ることでその生物の命が脅かされる……それは、至極当然な法則だの。」


「通常…この病魔は比較的平民が陥りやすく。初期段階の症状は非常に軽微で、殆どこれといった特徴的な症状が出ません。けれど第二段階に入ると体の倦怠感や眩暈に発熱…時折吐き気に見舞われるなどの風邪の様な症状が出始め。次の段階に入る中期には、体の何処かに薄っすらとした灰濁色の斑点が数ヶ所浮かび。その症状だ出始めた約2週間から一ヶ月以内に第三段階に入り、本格的な劇症性の症状……体中に奔る激痛と、主に胃腸等の深刻な臓器不全に陥り衰弱…。そしてその約1週間後の最終段階には、斑点の色味が濃く黒に近づくにつれ痛覚・触覚の消失が起こり、意識の異常な低迷を見せ…結果、廃人の様な有様と成った後。…最終的に、死を迎えます……。」


「………。」



 ……サエラとレガル…そしてマルナによってもたらされる、「魔力溜」と呼ばれる〝魔法的な疾患〟――〝病魔〟の説明に、酷く表情暗くし黙り込むレギ……。


 しかし、…其れを見た三人はそこで再び顔を見合わせると。強張った表情を崩すと、レギへ気持ち明るく声を掛ける。



「……とは言うがな、安心せいっ!これにはしっかりとした「対処法」が既に確立しておるし。何より、今ここには一人の冒険者上がりの老いぼれ「魔法使い」と。二人の誉れ高い学院卒業者である、うら若き「魔導士」が二人もおるで。今直ぐにでも、処置はできる。……幸い、お主の「魔力溜」の症状はどういう訳か…からしの…。大丈夫、大事にはならんよ。」


「ほ…本当ですか?」


「はい、勿論です。……先程はレギ様の「知識補填」も兼ねた説明であった為、少々真剣にお話いたしましたが…。不必要な程要らぬ不安を掻き立ててしまったようで、申し訳ございません……。」


「あ、いや、そんな事は…。逆に、此方こそ何も知らなくて、その…すいません……。」


「いいのいいの、気にしないで……って、軽く言ってあげたいんだけど、これは重症ね……。今どき「魔力溜」を知らない、対処法もしらないなんて初めて聞いたわ…。」


「本当になぁ。……というか、普通…如何に第二段階になるまでには、早くとも約3年は掛かると言っても。10年以上もの間症状が悪化せんなんぞ、儂でも初めて聞いたわ…。なはははっ!長生きはするもんだのっ!」


「は、ははは…。」


 そう高笑いしながらバシバシとレギの背を軽く叩くレガルに、少々乾いた笑い声が漏れる…。「普通の人が知っている当り前の事」をまるで知らないという事を改めて、この異世界の現地人から指摘され苦笑するも。、どんなに情けなくとも教えを乞う側に回るしかないと思い直すレギ……。


 そう思っている間に、サエラ達三人からその「魔力溜」への対処法の簡単な手順と同時に。不活性魔力と活性魔力という、「二つの魔力」の違いについての説明もなされ始める…。



「――…「魔力溜」の対処法っていうのは、簡単に言えば「凝り固まった魔力を無理やり動かして、無理やり流れを作ってやろう。」って事なの。」


「えっと……あれですかね?一部分だけ固まってしまった液体魔力、全体を均等な状態へ戻す作業……って事ですか?」


「ふむ、そうだの。そういう考えで、ちぃとだけ違うの…。正確には、その攪拌する作業の途中で少しずつ…新たに霊体から染み出た命力ウィタしてやり。その〝新しい命力〟を均等に混ぜ込んでやる事で、澱んだ不活性魔力を活性化させるのが。この「魔力溜」の病魔の一番の対処法だの。」


「…新たな命力を〝足す〟、ですか……。ん?でも、何で新しい命力――を足すと、活性化するんですか?不活性と活性って…「油と水」の様な感じだと思うんですけど……。」


「ふふ…確かに、もっともな疑問ですね。その「答え」を、明瞭かつ簡潔に言いいますと……。新たに霊体から滲み出た…「」には、元々魔力の活性化をがある事がされており。これを凝り固まり不活性化した魔力と共に攪拌する事で、活性化が促されるのです。」


「なるほど…。」



 その他にも。生成されたばかりの命力は、その後霊体内に溜め置かれ。魔力と呼び方を変え循環するのだが……その強い活性化作用は数日程で弱まり、並の活性魔力ほどの弱い活性化作用しか持たなくなるという事と…。「魔力溜」という病魔の発症原因として、現代という…ある程度の文明と自衛手段が発展・進歩した事で。魔法という誰もが持つ唯一の「自己防衛機能」を頻繁に、強力に使う必要に駆られなくなり。それによって溜め置かれた魔力を使う――為に。又はその「魔法を使う能力=魔力を循環させる事」を余りしなくなった世代が多くなり、そうして世代を経る事でその能力が〝劣化〟し〝弱体化〟している可能性が指示されているという……。



「――って、また話が逸れたわね…。でも、知っておいて損はないわよ。貴方…ただでさえ〝世間知らず〟なんだから。」


「はい…心してます……。」


「……では、もう初めてしまいましょう。まだ他にも、魔法を行使する為の知識はありますが。…先ずは、レギ様の「魔力溜」をどうにかしませんと……。」


「なはは、全くだの。ではレギよ、地べたで悪いがここに座ってくれんかな。」


「あ、はい、わかりました。」



 レガルに促され、薄く緑が覆う中庭の地面に尻を着け座ると。地べたへ座ったレギの真横の両隣りにサエラとマルナ、そしてレギの背後にレガルが着き。レギの両肩と背を三人が片手を置き、右隣に位置するサエラが声を掛けてくる。



「さて…ちょっと時間が差し迫って来てるから、簡単に言うけど。私達の言う通りにしていてくれればそれでいいから、余り緊張しないで任せて頂戴ね。」


「はい、サエラさん。」


「よろしい……。じゃ、瞼を閉じて、数度浅く深呼吸して其のままジッと…静かに、心を落ち着かせて…。」


「…すぅ…はぁぁ……。」


「良いわよ、その状態を出来るだけ維持するよう心掛けてね。……これから貴方の体へ、私達の魔力を少しずつ流していくから…。その時…感じたら、声を出して教えてね。」


「はい、わかりました。」


「よし…。あっ、そうそう。目は「開けて」っていったら開けて頂戴ね?途中で開けると集中力がなくなるから。……じゃ、始めるわよ――――……。」




 漸く始められる、レギの病魔「魔力溜」の対処…。瞼を閉じ、真っ暗闇の視野に響くサエラの声と。サエラのその合図と共に、両肩に置かれた三人の手から広がる心地良い、暖かな熱……。



 その感覚に、サエラの言い付け通り。レギはその熱について声を上げようとするも。…何故か唇は重く、開かない……。「何故?」と疑問に思うその間にも、熱は体中に広がりレギを包み。何処からともなく湧き上がってくる睡魔に抵抗するも、その抵抗を無きが如しに睡魔はレギを蝕み……遂に、睡魔へ身を任せそのまま意識を手放したレギは……。



 ――…暗闇の中、独り堕ちてゆく…―――。



 


   *




   * 




   *





 ――――…ヒュオォオオォオオ ヒュォオオォオオ





 ……嫌にはっきりと聞こえる風の音が、レギの鼓膜を震わせ肌を撫でる…。ひんやりとしたその感触に自然と、視野が開かれ。随分と長い間眠りに就いていたかの様な……心地良い倦怠感に瞼を数度瞬かせると。淡くぼやけていた視野は明度を上げレギへ、周囲に広がるを視認させる……。



「――――………ここは…?…。」



 瞳の中へ納められたその光景に、そう小さく疑問の声を上げるレギ…。



 周囲へ広がった光景…。それは、レギがサエラ等三人と共にいた「マーツ兵舎の中庭」ではなく。一点の光無き異様に濃く、暗い〝暗黒の空間〟のみ……。先程までの地面へ腰を下ろした体勢ではなく、いつの間にか直立した体勢となっていたレギは。靴裏に感じる堅くしっかりとした感触――足場があるのを確認はするものの。その足元に見えるのは、周囲と同じのっぺりとしたしかなく…。壁や床…それらの境界・輪郭さえも存在しないあやふやな世界の中…。


 唯一、はっきりと視認出来るのは自身の存在だけであり。全体の確認までは出来ないが。手や足…胴はまるで真昼の様にしっかりと、鮮明に視認でき。着ている服や、その配色までもの判別さえ出来ている…。



 そんな、「謎の法則」がまかり通るこの暗黒の空間で。一体全体…何故、こんな状況に自身は陥っているのか疑問に思い…………それらしい、答えを呟く…。



「……言いつけを破って目を開いたから?……でも…それなら、そう言ってくれると思うんだけど……。」



 サエラから「目は「開けて」っと言ってから開けて。」っと言われていた事を思い出し、口には出すも…。その際サエラはただ「集中力がなくなるから。」とだけ言っており。言いつけを破った瞬間、この様な場所?へトリップしてしまうとは聞いていない……。



「……呼んだら…聞こえるのかなコレ……。」



 再び、そんな気がしない言葉を零しながら…。レギは周囲をもう一度ぐるりと見回すも。やはり、何も見つける事は出来ない……そんな中――。



――ヒュォオオォオオオ ヒュオオォオオォオオ



「……風。」



 …この空間でレギが覚醒した際にも確認し、その後も鳴り止む事なく吹き続けている〝風〟――…。それは常にある一方向へ向かって吹いており、その方向は丁度レギの体の右側から左側へと流れている……。



「…………。」



 レギの左真横へ広がる、暗闇の奥…。その先へ吹く風のに従うべきか、従わざるべきか。レギはその選択を迫られ……熟考する――。



 ――ここに来てから、少なくとも既に10分程経っていると思われるが…。それも、この空間内では定かでわない…。一応試しに、サエラ等三人の名を呼ぶも……やはり、その声に応えるてくれる者は居なかった。ましてや、今のこの現状がサエラ達が意図した事なのかそうでないのかすらも判らず。もし、これがサエラ達でさえなら、レギ自身も何かしらの「脱出策」を講じるべきではないだろうか…。


 少なくとも、ここにただ突っ立っているよりは有益であるし。そして、今更ではあるが…。この暗黒の空間へ突然放り込まれたというのに、この濃い何も見渡す事の出来ぬ暗闇に。全く〝恐怖心〟はなく、〝不安〟もあまり感じてはいない自身の反応に多少…レギは決断する。



「行ってみるか……。」



 短く決断の言葉を吐きだし、足場はあるものの…ほんの数センチ先も見通せぬ暗闇と暗黒の先へ足を踏み出し。真っ直ぐというよりは、風の流れている方向を探りながらの独行にやはり恐怖心はなく…。多少の、先行きが判らい事からくる小さな不安はあったが。其れを除けば、風の音だけが響くこの暗い空間は逆に〝安心感〟さえ湧いてくる……。


 …そんな…何処かに陥りながら。レギはただひたすら、風が吹く方へと足を運び続ける――…。


 

「………。」



 ――…そうして。今現在、一体どれだけの距離・時間を歩いたのかも解らなくなった頃……。


 レギの正面の、ずっとずっと先の遠くに見えた〝白い光〟…。それは遠目ではあるが確かに光りであり、どうも随分高い位置から降り注ぐように上から射し込んでいる。又その差し込む白い光に向かって伸びる、が突き立っているのが何とか確認できた…。漸く見つけたそれらしいをみつめ、レギは小さく安慮の溜息を吐くと。まるでレギの背を押す様に風が吹き、それに身を任せながら光の下へ駆け………遂に、辿り着く――…。



…――ヒュォオオォオオオ ヒュオォオオオォオオ


「……これは…凄いな……。」



 …辿り着いた、白い光の下……。其処に在ったのは遠目で既に確認していた。真っ暗な闇の中に映える真っ白な光が、まるで〝光のカーテン〟の如く上から降り注ぐ光景と。その光に向かい突き立つ、一本の巨大な〝土塊つちくれの柱〟。そしてその柱を取り巻く様に吹き荒れる、大きな風の流れる様に圧倒され。思わず感激の言葉の様なものを零し、暫く、それらを眺めていたレギは。ふと…土塊の柱に何かを見つけ、目を凝らす……。


 小さく蠢くもの……その正体は、丁度柱の裏…レギからは死角となっていた所から這って来た〝黒い蜥蜴〟…。蜥蜴はそうして柱をチョロチョロと這うと、レギの視線の正面に来るような位置へ移動すると。その辺りをまたチョロチョロと動き回ったり、時に止まったりを繰り替えし動き続ける。そんな黒い蜥蜴の動きに何かを感じ、柱へ近寄っていくレギは。気のせいか……黒い蜥蜴が動きを止めた際、必ず様に感じ。僅かに頭を傾げる……。


 先程の数メートル離れた位置から、1メートルもない距離まで柱に近づいたレギは。レギの丁度首当たりの高さに張り付く黒い蜥蜴を、まじまじと見つめ……再び頭を傾げる…。



「なにか…何処かで、見た事が様な……。」




 ………周囲に広がる暗闇と同じ濃く艶のない漆黒の鱗に、幻想的に煌めく鮮緑の燐光…。そしてクリクリとまあるい、美しい…金碧色の瞳を持つ黒蜥蜴に。何処か、言いようのないを抱きながら。結局…その正体を見つけられず、記憶の中を探る事を断念したレギは。「ここから如何したものか…。」と考えていると……。



…――ビシッ


「うおっ…なんだ?」



 突如柱に亀裂が入り、その音に僅かに後ろへ体を仰け反らせたレギ。……柱に生じた亀裂は中々に深く、黒い影を落としており。その周りをあの黒い蜥蜴が這っている…。


 チロチロと赤い舌を出しレギを見つめる金碧色の瞳には、知性の輝きがあり。その瞳はまるで、レギに何かを訴え掛けているかの様にも見える。暫くして、黒い蜥蜴は深い亀裂へその体を潜り込ませたかと思うと。ヒョコっと頭を出して亀裂から這い出すと、再び入って出てを繰り返し始める…。その黒い蜥蜴の奇怪な行動に眉を顰めつつ。何となく、レギはその行動を見て思った言葉を…ポロリと零す。



「……ってこと?」


――…!…



 そのレギの言葉に「正解!」っと言わんばかりに、レギを見つめ返してくる黒い蜥蜴の反応に。若干、目を見開き困惑するも……「目は口ほどにものを言う」という言葉を思い出し。…「蜥蜴が人の言葉を理解する。」というは一旦捨て置き。「ど、どうせ、ここは夢の中みたいなもんだし…。」っと心中で自身に言い聞かせ、無理やり納得させたレギは。その黒い蜥蜴に促されるままに、柱の亀裂へ視線を合わせ。覗き見ると……。



「…んー……なんかある、のか?」



 深く暗い影が差す亀裂の奥……そこに僅かに〝硬質な鈍い輝き〟を、一瞬だけ捉えたレギだが。「だから如何した…。」っと、思っていると。又亀裂の中へ出入りをを繰り返しだした、黒い蜥蜴の行動を目撃し。レギが「…今度は掘れって?」っと、自身が感じたままに言葉を告げると。又もや「正解!」だと言いたげに、此方を見つめてくる黒い蜥蜴に。「はいはい…。」っと軽く慣れた…呆れた感じで返事を返し。早速、その指示に従ってゆく……。



…――ヒュオォオオォオオォオオオッ ヒュォオオォオオォォォオオォッ



 気持ち…何となく、大きくなりつつあるような風の音を聞きながら。レギは、柱を見つめる……。



――柱は、文字通り茶色の〝土塊〟で出来ており。その土はきめが細かく、しっかりと押し固められている…。表面は滑らかではあるが緩やかな凹凸が出来ており、完璧な壁面ではないものの。太さは大の大人二人分程はありそうで、しっかりと地面?に根付きそそり立っている。……てっぺんは確認できず、その延々と伸びた先は。ただ天上?の白い光の中へと呑まれ、掻き消えていた……。



「……崩れたらどうしようか…。」



 元はただの土であっても、これだけ圧縮され固められた物が崩れ。高所からレギの上へ堕ちてくれば、怪我をしてもおかしくはなく。……最悪、死んでしまうかもしれない…。が、それを知ってか知らずか…。またチョロチョロと動き出し、レギを急かす様な行動を取る黒い蜥蜴の姿に。小さく溜息を吐き…仕方なしに、レギは柱へ手を掛ける。


 …ひんやりと冷たい土の感触を感じながら、爪を立て指へ力を入れる様に引っ掻くと。ボロリ…っと、いとも簡単に柱の壁面は崩れる。その様子を確認し、亀裂で出来た溝を押し広げる様に亀裂の生じた土壁を掘り。黙々とレギは、その作業をただひたすら繰り返し続ける――…。



――…ザク ザク ザク ザク ザク ザク ザク ザク ザク ザク ザクッ


――ガツッ 


「お、当たった。」



 …指先に奔る堅いものを引っ掻いた感触に、手を止め声を上げたレギは。を確認するべく、周囲の土を削り掻き出す……。


 そうして30㎝程の深さと、ちょうど人の頭一つ分がすっぽりと入る程度の大きな穴が柱に穿たれ。姿を現したもの……。それは単なる〝淡く透き通った緑色の鉱物〟であり、見様によっては〝何かの宝石の原石〟にも見えるが。そう様な知識のないレギに、それらを判別する事は出来ない…。又よく見れば、その穴から見える鉱物は全体の一部にしか過ぎず。もっと大きく巨大な質量の鉱物が、土塊の柱の中へ埋没してしまっている様であった…。


 「如何したものか…。」そう思っていると。…何時の間にか、レギの左腕へ張り付いていた黒い蜥蜴に思わず驚きの声を上げるが。逃げる事無くレギの左腕を這い……左手の甲へ陣取ると。又しても、レギを見つめ返してくる金碧色の瞳に。

レギは言葉なく……自分が思うままに鉱石へ手を触れる…。



――バキ パキ バキ バキッ



「!!」



 緑色の鉱石へ手の平が触れた瞬間……柱全体に深々と亀裂が走り、鉱石からは強い白色光がほとばしる…。轟々とうねり唸る強風が吹き荒れ、土塊の柱は突如生じた亀裂によりボロボロと崩れると。その内層に抱えた巨大な〝緑石の柱〟が姿を現し、澄んだ緑色の結晶の内に白い光の柱を秘める偉容をさらけ出す……。



――ビュォオオオオオォオォッ  ビュオォオオォォオオオオッッ



「…!…これはっ…。」




 今までにない急激な変化にレギは息を呑み……。周囲に蔓延る闇さえも退ける強烈な光を放つ緑石の柱と、正面から吹きつける風の奔流に圧倒され。呆然と…その光を奔らせる柱に目を釘付けにさせられている中。突如、が上がる――…。



「――随分と、だね…。」


「……!!……。」



 レギから少し離れた左真横の…その位置から響いた声に。レギは弾かれた様に首を振り、その声を発した〝主〟を自身の視界内へと納める……。



 ――突如、レギの左真横へ現れた〝闖入者ちんにゅうしゃ〟……。それは少し擦り切れた濃い焦げ茶色の外套クロークをすっぽりと頭まで被っており、その頭巾フードにはが付いており。素顔は、僅かに頭巾フードから見える口元のみ…。風にハタハタとはためく外套クロークの下には仕立ての良い…けれど、少し撚れたシャツをと皮のズボン。そして何処かエヴェドニア王国兵の薄板鎧レームアーマーにも似た、無骨で小さな傷が連なっているものの。非常に造りの良い、立派な軽装鎧を全身に身に纏い。その腰に取り付けられた黒革のベルトには、何に使うのか……綺麗なと、簡素な革の鞘へ納められ僅かにや。手の平大の小さな等が下がり、小さくカタカタと音をたてていた……。



 埃っぽく…何処か、少々古惚けた雰囲気を纏いながらも。その声にはまだ若さがあり、頭巾フードによって殆ど隠された素肌に皺はなく張りがあり。レギよりも頭一つ分程背が高く、細身ではあるが少なくない金属を用いた軽装鎧や。その他多くの道具を潜ませているところを見ると、その肉体に占める筋肉量は決して少なくはないと思える……。


 そんな感想を抱き、ただ無言で見つめ続けるレギを気にする風でもなく。〝闖入者〟は正面――発光し、風が渦巻く緑石の柱の方を見つめ。一体、どんな意味があるのか……、到底わかる筈もない言葉を。澱みなく、吐き出し始める――…。



『――これでやっと、は〝出発地点〟……へと立つことが出来が。それ故に…。これから君が踏み出すであろう、〝初めの一歩〟にはこれまでにない〝苦難〟と〝苦悩〟。そして……〝〟さえ、伴う事もあるだろう。』


「……。」


『――それは決して、避けては通れない〝試練〟であり。乗り越えるべき〝第一の壁〟。他者による手助けはあっても。それをものにするか否かは全て、君の〝選択〟によってのみ導かれる。余りにも理不尽で……厳しく、険しい道のりだ…――。』



 ――レギへ、一度も視線をくれず。ただ正面を向き、その口から紡がれ続ける〝彼〟……。


 一間してもやはり荒唐無稽で、一切の理解の及ばない言葉の羅列に。「何故?」っと、他愛のない疑問が頭の中を埋め尽くす中…。渦巻く風の音はその勢いを増し、白色に輝く緑石の柱の光も強まり。辺りは次第に白く染まり、暗黒の空間が隅へと追いやられ始める。


 その時、漸く〝彼〟はレギの方へ初めて体を動かし。レギの事を自身の正面へ据える。その動きに応え、レギもまた緑石の柱へ固定していた正面を〝彼〟に合わせるが…。その〝彼〟の、正面からの姿――そのに。レギは目を見開き、ただ絶句する……。



『――…これで、今度こそ最後。あと君に言える最大の「助言」と言えば。それは唯ひたすらに〝生き残り〟……〝戦い続けろ〟という事と――…。』



――ビュオォォオオオオォオオッ ビュォオオオオォオオオォッ



「――え?」



 〝彼〟が続けた、とてもに。荒れ狂う風の音が重なり、掻き消され、千切れてゆく…。緑石の白色光は遂に弾け。風は荒波の様にうねりをきかせ、レギの体をゆらゆらと揺らす。


 バタバタと勢いよくはためき始めた〝彼〟の外套クロークが、空気を抱え大きく広がり。その擦り切れの外套クロークによって隠された部分と、深く深く被り……今まで素顔を隠していた頭巾フードまでもが暴かれ。全てが……

この、へと晒される――。



「――…〝貴方〟は…一体……?――。」



 見せられた〝彼〟の素顔と、その正体……。それに対し、レギは絞り出すかのように声を出し。何の事もない、問いを〝彼〟にぶつけ。〝彼〟は一瞬黙ったあと、そのレギの問いへ短く……〝答えた〟とは言い難い…そんな言葉を口ずさむ――…。



『……、知る事になる。今は…今だけは、真っ直ぐに前だけを向いて歩きなさい。そうしていれば、必ず、否が応でも……その〝答え〟に、辿り着くだろう…――。』


「……。」


『――さぁ、が呼んでいる……。…行ってあげなさい――…。』



 …〝彼〟に、促される様にして…。レギは、意識が何処か遠くへ飛んでいく様な感覚に襲われ。全ての視野が完全に白く潰れ、耳元に聞こえる風のそよぐ音が小さく擦り切れ消えていく――…。



 ……自身の体全てが、光に溶け。ふわふわと心地良い微睡に浮いたレギは。

遠く…本当に遠くから聞こえた。余りにも小さく。けれど、必死に誰かを呼んでいる〝声〟を。もう…どこにあるかも判らない自身の耳へ捕らえ。その〝声〟へ意識を集め、「何だろうか?」っと。今は白く溶け消えた、自身の手を伸ばし。その〝声〟を掴み取ろうともがき、足掻く――。




――……ッ!!……!………ッ…………!!。


――…!!…………ッッ!…………ッ!!!。



「………何て…言ったの?」



 ……必死に誰か呼ぶ〝声〟に、揺らめき霧散する意識を纏め耳を傾けるも。其れでも尚小さく、ほんの断片さえも聞き取とる事さえ出来ないもどかしさに。僅かに苛立ちを覚え、それは段々と、少しずつ膨れていく…。


 「何故?」、「如何して?」っと声なく叫び。最早感覚さえも溶けた筈の手足を集め、形を取り戻し。それでもブヨブヨと溶けるのを、気にする事なく動かしみっともなく足掻き続ける。そうすると気持ち……少しだけ、あの〝声〟が強まり。レギを、更に奮い立たせてくれる。


 


 ――あと少し……もっと早く………さぁ、こっちへ………




 ワンワンと反響し、直ぐに散ってしまうその〝声〟に。一度は溶けて消え、あやふやな輪郭と形しか保てない不格好な手……。それをただ前へと伸ばし、掴む。

……暖かい。ジワリと染みる様に満たす熱を感じ、漸く「やり遂げた。」っとホッと息をつき。何かに掴まれ、引っ張り上げられる様な感覚を覚えながら。


 レギは、重たい瞼を開く――…。


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砺影の英雄 ドクダミ @kumomodoki

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