第7話  常識と問題と…




 ―――…時刻は早朝の"三刻半さんこくはん"(午前6時)……。



 東部主要大都市"ヘルツェ"で、初めの遠征一夜目を経たレギと第一分隊は。次なる中継地点、都市よりも小規模な建造物群の密集した「街」"マーツ"を目指し。レギは昨日と同じく、マードに蹴り起こされながら朝食を食べ終え。忙しなく兵舎を掛け、昨日よりか少し余裕を持って荷車前へ到着したものの……。結局…薄板鎧レームアーマーの着用に時間を取られ、又してもエレ達に手伝ってもらい装備する…。



「――ゴラァッ!!レギィッ!何時まで待たせんだぁッ!!」


「す、すいませんッ!!!」



 "ヘルツェ"の兵士達の横を通りすぎ。元来た西大門とは真反対の東大門を

潜り見渡せる景色は、王都近辺と同じく。暫くは瑞々しい緑の陸稲畑だが、今だ遠くに見える大山脈が気持ち近づき。又良く目を凝らせば、周囲には他にも広大な田畑の広がりがある事が解る…。"ヘルツェ"の兵士の巡回地域を超え、ひたすら東へ進むにつれ。西側の王都近郊とは違い、なだらかな平野へ鬱蒼と茂る雑草林が点々と伺え始め。遠目で数か所の雑草林が重なる様は、最早一個の「森」そのもの…。


 そんな景色の移り変わりを、最後尾の荷馬車後部辺りにつき歩いていたレギは。同じくレギの隣を歩くエレとマード達にも聞こえるぐらいの。独り言の様な言葉を小さく零す……。



「なんていうか…西側と東側でこんなに雰囲気が変るんだ……。」


「…場所で地形が違ってくるのは当り前だろ。……西側には他の国との国境が集中してるから、整備が進んでて。都市や城砦…村なんかを造るのに、粗方邪魔な大きな雑林は切り倒さてるから。多少、地盤が隆起している処もあるけど…こっち側より、ずっと平野が続いてる…。」


「で、こっち側東側は。あの遠くに見える〝クラリビス大山脈〟が、あの更に奥にある海〝狂妙の大海ルートゥス・マルグラ〟を隔ててるんだけど。山も深くて険しいし…海も荒れ放題で、おまけに巨大な水性の魔獣まで出るから。…えーっと……まぁ…そんなこんなで。こっち側はあんまり発展させる価値がないから、あっちこっち昔の名残で林も多いんですって。」


「へ~、そうなんだ…。」



 マードとエレの教えを聞いてレギは、この「エヴェドニア王国」の大まかな地理地形を頭の中で思い描く……。



 ――エヴェドニア王国の「西」謂わば〝正面〟に当たり。比較的なだらかな地形が広がり、他国との国境も集中しており貿易も盛んで発展し開拓が進んでいる。一方、「東」は〝裏面〟に当たり。険しく巨大な山脈が奥に鎮座し、例えそこを踏破しても。激しい海流がぶつかり合い水性の魔獣が数多く生息する荒れ狂う海域では、港を建てるどころか……其処までに至るまでの損害や損失に、余りにも見合わない為。余り開拓・発展が進まなかったが、その代り…。恐らくは、この辺りはこの国における「穀倉地帯」として運用され。又そこ彼処にある雑草林も、建築資材等の確保の為の「林業用地」なのかもしれない……。


 

 そんな考えを巡らせていると……隊の殿しんがりを務めていた斥候であるダードが。エレとマードの世間知らずなレギへの教授を聞き、暇潰しにと。エレ達の話に乗っかり、レギへ更に詳しいこの辺りの地理についての知識を補填し始める。



「――うーん…後は東部の中で、北と南じゃあ、気候も風土…やってる生業だって違うぞ?俺の故郷は東部でも、かなり南寄りなんだが……。南方の「四大国」が一つ…島国の『』から流れる鉄鉱の貿易が盛んでよ。エヴェドニア一の、「鍛冶職人の都市」あったりして有名なんだぜ。」


「鍛冶、ですか…。じゃあ、北にはどんな?」


「北…北なら……なぁ!デルの旦那っ!!あんた確か故郷、北の方だったよな?この〝アホの子レギ〟に、ちぃっと…ご教授願いませんかねぇ!!」


「あ…アホの子……。」



 突如吐かれた暴言に、若干ショックを受けているレギを無視し……。ダードはちょうど二台の荷車の間についていた、古参兵〝デル・ホウス〟へ声を掛けると。レギが初めて会った時の様に、感情の起伏の乏しい…無表情な顔を向け。無言でダードへ視線をくれると。近くに居たアルクへ何か声を掛け、後ろのレギ達の方へ向かい歩てくる…。「悪いねぇー。」っと全く悪びれた様子のないダードの言葉にも、無言・無表情で答えるデルは。レギ達の横へ歩を並べると……何の前触れもなく、淡々と話始める…。



「……東部の北は、王都のある中部より寒冷で冬は厳しい方で。北方の「四大国」――『セントラルグ聖王国』と国境が近い。作物も育てるが他の土地より冬が早く長いから、大抵は寒冷で乾燥した気候を利用して林業を主な生業にして。その採れた良質な木材での、木工業が盛んだ……。」


「…北は、「物作りの土地」なんですね…。」


「……ああ、そうだな…。後は、南もそうだが、このエヴェドニアで数少ない港もある事もあって、漁業と。それに木工業もあいまって、造船業も盛んだな」



 デルの話に耳を傾けながら……レギ達と同じ、二台目の荷車の警戒にあたっていた。古参兵の中でも最も古い〝老兵〟であり、ベリヌと同じ元〝冒険者〟であった。黒かったであろう髪を灰色に染め、まさに魔法使い格やという風体の…顎鬚に濃い青の瞳の老「使」――〝ルガレ・フォントン〟が教えてくれた。…勇敢な英雄達が危険な〝狂妙の大海ルートゥス・マルグラ〟渡り、その苦難と冒険の果てに様々な〝秘宝〟を持ち帰ったという「英雄譚」や。〝良き神々〟と"悪しき神々"の戦いを描いた「神話」。とある国の邪神の子を宿した王女の…最後には誰もが狂って滅びたという言われる…。全てが報われるお話や悲劇的な結末の、千差万別な「御伽噺おとぎばなし」…。



 又エヴェドニア西部に広がる、華やかな商業都市の数々と。国家問わず……そういった発展した都市に大抵いる〝冒険者〟なる――半独立組織「冒険者組合」に所属する。設置された国又は主に国境付近・辺境の都市からの「依頼」で、相応の金銭と引き換えに。国の軍隊だけでは手が届かず…把握しきれない魔獣の「討伐」や、自然環境下にのみ自生・生息する植物や魔獣の部位採取。都市間・国家間を行き来する個人の商隊国家のお墨付きのない小商人達や、乗合プロ車の護衛から。果ては場合によっては、その都市の雑用・清掃などの低賃金の「日雇い業」まで斡旋する。


 …「魔獣討伐者」「何でも屋」「心ある傭兵」等とも呼ばれ。その腕っぷし一本で危険で凶悪な魔獣を相手取り、又その金銭を元手に更に上を目指す〝立身出世〟や"一攫千金"。そして極一握りの〝逸物〟のみが到達できる「英雄」に憧れる、〝英雄願望〟者達の存在から……。



 〝マティルア大陸〟に存在する「エヴェドニア王国」から、ちょうど西方の「四大国」…その中でも、一位の国土・軍事力を誇る――『ガルバトロ皇帝国』に。エヴェドニア王国とガルバトロ皇帝国から少し西南へずれ…若干エヴェドニア寄りに位置する小国『アニテニア王国』と。逆に『セントラルグ聖王国』と同じく国境が近い、北東の小国『ハフロット小王国』。そして皇帝国を越えた先の西端の地、マティルア大陸最高・最大の〝魔導学府〟「フルーディンス魔導大学院」が存在する――『フルーディンス独立魔導都市国家連合』等――…。



 大まかながら…レギにとって。貴重で大量の情報に、心躍らせながら。この異世界の大体の主要国家と。……3年後の出奔後、お世話になりそうな…「金銭獲得の当て」を見つけ…。そのうち、元冒険者であるというベリヌとルガレへ。話を聞く機会を作る必要を感じるも「…先ずは、腕っぷしをつけるのが先か……。」っと心の中で呟き、考えるレギ――…。




 ――そうこうして。第一分隊は幾つかの小規模な雑草林を抜け、その一つの林を抜けた直ぐの脇に設置された。小さな湧き水の水場が整えられた「休憩小屋」で、一旦休憩と昼食をする事と成り。雑草林を抜けていた際、ダードが弓で一発で射止めた。大人の二の腕程の太さがありそうな、大きく茶色の…――〝毛皮蛇ペッリ・セぺス〟を。早速、焼いて食べようというした際……。


 レギは……あるを、今の今まで…。棚上げしていた事に、今更ながら気づく……。



「――よしッ、落ち葉と木の枝はそこら中にあるし、水もある…。ペッリの解体はあたしらがやるから、レギはその間にときなさい。」


「……。」


「エレ、そっちの方に引っ張ってくれ。………レギ?何してるんだ、早く火を起こせ。」


「………。」


「……??…なんだ?レギ、お前…もしかして〝〟が苦手なのか?全く…「篝火イーニス」の魔法が出来ないなんて、赤ん坊ぐらいだぞ?いい機会だ、んだから。其れで頑張って火をつけろ。いい練習だ。」


「…き…ない…。」


「…ん?…なんだ?声ぐらいしっかり出せっ。」



 レギの何とも煮え切らない…良く分からない態度に。若干、苛立たしく声を掛けるダードへ。レギは暗い表情で…。…先程の小さく擦れた声ではなく、聞き取りやすい大きな声で……正直に、レギは自身の心情を吐露する…。



「…使、魔法が……。」


「…は?」



 「…何言ってんだコイツは。」っといったようなダードとエレ、又それを聞いた隊員の疑惑的な視線…。その居心地の悪さに、つい溜息を吐き出したレギは。もう一度、しっかりとした口調で。簡潔に、今の自身の置かれてい状況を……喉の奥から、絞り出すよう。レギは話し出す――…。




「…使えないんだ、魔法が。「火の系統魔法」なんて、今迄聞いた事がないし。それを、どうやってやるのかも、自分……俺、全く、分からないんだ…――――。」





   *



   *



 


 ――…辺りが薄っすらと僅かに紫を含む、美しい薄桃色へと染まり。煌々と輝く太陽がちょうど背後の西へ殆ど沈んだ。夕方と夜の境の…"四刻よんのこく"(午後7時)頃に。〝ヘルツェ〟から今回の東部遠征最後の都市までの中継宿屋街〝マーツ〟へ辿り着いた第一分隊の足取りは。何処か少し暗い……。


 

「…ほらレギってば、何時までしょげてんのよ。……確かに、アレはちょっとけど…。農村のちっさい子達だって出来るんだから、大丈夫だってば!」


「エレ…気持ちは解るが…その辺にしてやってくれ……。」


「……。」



 …エレによる、今のレギにとって全くの逆効果でしかない励ましの言葉を。ダードが、レギの顔色を窺いながら…エレに止めるよう促す……。


 

 ……ヘルツェからマーツまでの昼休憩の際に暴露された、レギの「全く魔法使えま宣言」の後。分隊一同から「…冗談だろ?」っという、少々引き気味の反応を受けたレギは…。彼の高名な学院を卒業し、〝博士号〟を賜った「魔導」のサエラと。特に学院へ入る事なく、市井の〝魔法使い〟へ師事し独力で魔法を学んだ「使」のルガレによって。本当にレギが魔法を使えていない事が証明され、唖然と静まり返った隊員中……。「魔法まで使えないガキとは……お前、どんだけめんどくせえんだよ…。」っというデーガンの正直すぎる感想に、ノーマンがデーガンの横っ腹に肘を入れ黙らせ。その感想に苦笑交じりに心中で同意を示すエレやマード等の隊員達……。


 最終的に…レギには今回の遠征中に最低でも、〝火の系統魔法〟の初等魔法「篝火イーニス」の習得を急務とし。その後、次に習得必須な〝水の系統魔法〟の初等魔法――「水滴アロス」を教える事と成り。その習得も今日の処はマーツへ着いた後とし、今に至る……。



 ……多少は気の良い連中が多い分類に入る、第一分隊員の中には。ある程度空気を読みつつも、このレギの重い空気を少しでも一掃できるよう。嫌味にならない程度の軽口を叩き、レギへ少し辛めに振舞うが…。


 レギとしても……エレの様な全くフォローになっていない励ましよりも、多少厳しめな言葉の方を好ましく思うものの…。いかせん…「魔法が全く使えない」という事実の重さに、本当に今更ながらジリジリとした危機感が。何とも形容し難い鈍痛となって、体を蝕んでいる様な感覚に。正直…善意の其れ等に対し、笑いながら返すほどの余裕がないレギは。少々引き攣った笑いを浮かべ、対応するのが精一杯であった…。



「たっく……辛気臭ぇ顔しやがって…。そんなんじゃあ…これからやってけねぇぞ、新入りッ。」


「うぐッ!……はいっ、ありがとうございます…デーガン隊長……。」


「………ふんッ……。」



 プロケルと荷車を、マーツお駐屯兵舎へ入れた後。突如レギの背後からのデーガンによる頭部への一撃げんこつの…〝𠮟責〟と〝励まし〟の言葉に。レギは数舜、突然襲った頭部の激痛に目を白黒させながらも……。辛うじて感謝の言葉を口にすると、デーガンは其れに面白くなさそうに鼻を鳴らし。無言で。無言でノーマンの横を通りすぎ、兵舎の中へ入っていってしまう…。


 そんなレギとデーガンの掛け合いの一部始終を見ていた、他隊員やノーマンは小さく肩を竦めデーガンに続き兵舎へ足を踏み入れ。最後にノーマンがレギに向かって右手の拳を左胸をトントンっと叩き笑いかけると、皆と同じく兵舎の中へ消えていく…。その一連の皆の態度に少々呆然と突っ立っていたレギへ、後ろからレギの肩を小突きエレとマードが「仕方のない奴だ…。」っといった目をくれると。レギを背を叩き、兵舎の中へ追い立て始める。



「…だっらしないわねぇ。ほらほら!あんたは早く夕飯食べて、魔法の練習しなきゃならないんだからシャキシャキ動くッ!」


「…はぁ……俺達も見てやるから、もう少し元気出せ。……そもそも。お前は使えないんじゃなくて、使だけなんだから後は練習あるのみだろ?…しっかりしろよ……。」


「…ありがとう……。」



 何時までも突っ立っているレギを見兼ね、背を押してくれたエレとマードに。本当に、頭が上がらない気持ちでいっぱいになりながら。小さく、二人へ感謝の言葉を零すレギに。エレとマードは「はいはいっ。」「…早くいくぞ。」っと軽く流すも…その顔は何処か嬉しそうに。僅かに、ほころんでいる…。



 そんな三人が、兵舎への入り口へ足を踏み入れようとした際…。突然三人の行く手を塞ぎ立つ、一人のに。レギは眼を丸くする…――。




「――、2日ぶりですね?王都からの遠征…お疲れ様で御座います。」





   *





「――そう、でしたか……。その様な事態となっているとは梅雨知らず…。私の考えが甘かったばかりに…申し訳ございませんでした。」


「いえっ、そんな、謝らないで下さいマルナさん…。……そんな事も出来ない…っというか、それに気づいていながら忘れていた自分が悪いんですから…。」


「「……。」」



 ――…ところ変わって。マーツの兵舎の食堂で夕食をとっているエレとマード、そしてレギにマルナは。主にレギがこれまであった出来事とそれに伴い……今日発覚した、自身の「初等魔法未習熟」の件について話し。其れを聞いたマルナが申し訳なさそうに緩く頭を下げ、謝罪を示しているのだが……。



「…おいっ、なんだよ〝あの美女〟は……。こんなむさくるしい兵舎に…何の用だ?」


「ああ…それが、良く分からんが。ほら、あの正面に居る〝見習いっぽい奴〟に用があるみたいだな…。さっきから二人で何か話してるし…。」


「はぁ?あの〝ガキ〟にか?なんだそりゃ……てめぇのガキって訳じゃなさそうだが…お優しいこって。」


「……。」



 普通…マルナの様な女人が足を踏み入れる事などそうそうない、兵舎の食堂内に於いて……。服装は、多少小金を持っている中流家庭なみの物ではあるが。その容姿は平民ではありえない整いようでシミ一つなく、滑らかに漉かれ結われたその淡い金髪は艶やかで美しい…。


 そんな「美女」であるマルナが周囲の兵士達の目を引かない訳がなく。二人の話声に混じり聞こえる囁き声は、時間が経つにつれ大きくなっているようでもあった…。そして突然レギからマルナの事を「実家からの〝お目付け役〟。」っと紹介された第一分隊の面々も。彼女の容姿やその所作に、何か〝只者ではない〟ものを感じたのか…。若干薄い警戒をマルナへ示す者や、素直にどう接すればいいのか解らず困惑を示す者が多く。気まずい雰囲気に成りつつあった……。


 そうした雰囲気を、当然ながら感じ取っていたマルナは。レギの話しから、夕食後に行う魔法の習得の訓練場所で再び会おうと約束すると。レギや第一分隊の面々に会釈し、食べ終わった食器を返し食堂を後にするマルナ…。すると、それに面白くなさそうな顔を浮かべながらも…仕方なさそうに別の話題へと早々に切り替える周囲の兵士達と。反対にホッとしたように気を緩める、第一分隊の面々。っと、レギを小突き…早速マルナの事について「もっと詳しく教えなさいッ。」っと詰め寄るエレとマード、それにダードやアルクにヴァンス。そして最後の隊員である、もう一人の元冒険者の上がりの兵士で。ソバカス顔が特徴的な栗毛に青い瞳をした青年「刺突剣使い」――〝ミック・ドータス〟にガッシリっと捕まり。


 やれ「やっぱお前〝お坊ちゃま〟じゃないか。」とか「なんでもっと早く紹介しないんだっ。」とか「あんな美女にお世話して貰うとか、羨なしい……。」等々…。微妙に嫉妬混じりな愚痴が併発する会話に、かなり辟易しながら。レギ自身としても、まだ会ったばかりのマルナの事細かな情報を持っている訳でもなく。「本当に知らないんですッ!」っと言い、それに「嘘つけこの野郎。」っとレギに詰め寄る隊員達に揉みくちゃにされながら。レギは何とか食事を終えると、その場から逃げ出す様に食堂を抜けだすレギに。「まだ話は終わってないぞー!」っと背後から投げ掛けられる言葉を無視し、まだ少し早いが魔法の習得訓練をする場所…マルナとの待ち合わせの場所に急行しながら。


 レギは…大きく、息を吐き出した――…。





   *




「――!…レギ様、御待ちしておりました。」


「…うん?おお、こりゃあ早いお着きだなぁ…。」


「あらっ、もう来たのね。待ってたわよ、レギ。」


「!!……す、すいません、お待たせしましたっ。」



 …逃げる様に食堂を出て、直ぐ右の突き当りにある。もう既に日が落ち、僅かな必要最低限の灯りしかない暗い小さな中庭の中心……。そこでレギの事を待っていてくれた、サエラとレガルにマルナの三人の周りには。ふわりと宙へ瞬く、小さな〝光の玉〟――他系統魔法「光の標ルク・スクヌム」が漂い。非常に…幻想的な光景となって、レギの瞳へ映る…。


 それに一瞬見惚れたレギだが、気を取り直し三人へ向き直ると声を掛け近寄っていく。



「気にしないで、レギ。貴方を待っていた間はこのマルナさんとレガルで、楽しくお喋りをしてただけだから。」


「ふむ、そうさな……後は、お主の魔法習得訓練の内容についても話しておったかな…。」


「そうですか……色々と、お世話を掛けます…。」


「お世話なんて……この程度の事など、何ん苦にもなりません…。さっ、レギ様。早速、魔法の習得に入りましょう。」


「…はい、分かりました。」



 ……新入りで、余りにも世間知らずな自分のせいで。サエラにレガル等の分隊員や、マルナにも色々と迷惑を掛けている事実を心中に刻み。それでも…自身だけではどうにもならない事もあると理解した上で、マルナの促しに素直に従うレギ…。

そんな少々気落ちしているレギを元気づける様に、サエラの明るい声が光舞う中庭へ響き渡った。


 

「さて!じゃあ始めるわよレギ!……っと言っても。…まぁ、今日の処はレギの〝霊体アムス〟内の〝魔力オド〟の状態を視てみるぐらいなんだけどね。」


「……霊体アムスに…魔力オド、ですか?」


「……ふむ…先ずは、その辺りの解説と…その他の概要も必要そうだの……。」


「そのようですね…。」



 そうして始まったレギへの初等魔法習得訓練……もとい、その前段階の説明を、サエラが主導となりレギへ教え始める……。



 ――霊体アムス又は霊体れいたいとも呼ばれ。「常に肉体と寸分違わず重なり合いながらも、に存在する。不可視・不接触の」=〝たましい〟とも形容され。遍く生命・魂の存在する生物が持つこの霊体は……。魔力オド又は魔力まりょくと呼ばれ「霊体から滲み出る」…〝命力ウィタ〟=魔力を貯蔵・調整する〝霊体〟であり。この関係性・構造があるからこそ、人間――それに魔法を扱う事が出来ている。


 この余過剰分の命力※「めいりょく」とも……魔力の生成量と貯蔵量は肉体の成長に比例している。又これらの性能は個人で異なり。比較的それらの性能が高い者の血縁は、その高い性能――〝魔法的資質〟を少なからず受け継ぎ・蓄積させてゆく…。資質以外にもその性能を伸ばす方法として、その「魔力の制御法」――〝魔法〟という技術を学ぶ事による。受動的無意識ではなく能動的意識的に魔法を扱い、出来得る限りの事による「魔法的資質の向上」を図る出来るが。それには必ず、……。


 「魔法的資質性能は、代を重ねるごとに。」……この法則は、〝貴族〟と〝平民〟という図式から明らかであり。貴族という一族達は、その優れた資質を積み重ね磨き上げる事を「至上命題」とし。その血統を守り・継承する事で、平民とは比べるべくもない高い魔法的資質を持ち。地位・権力のみならず、魔法的な力に於いても平民よりも優位な位置を保持しいる…。



「――と言っても……其処までの高い魔法的資質を保持し続けている貴族はかなり少ないし…。それに、この法則は平民にだって作用していて。ただの辺境の農村の子供でも貴族並の魔力を持つ事もあるし、訓練次第で限界までその資質を引き上げる事も可能だから……。まぁ、後は本人の努力と運しだい…って感じかしら?」


「努力と運…ですか…。」


「…言うが易し行うは難し……。例え魔力は多くとも、その術を知らなければ宝の持ち腐れ…。習うにしても、普通そういった高等教育はべらぼうな金が掛かるのが相場だからの。…金がない…普通の生活と人生を望む、安定志向が殆どの平凡な平民が。大抵、初等魔法以上の魔法を覚えた輩が成りたがる……命が幾つあっても足らん危険な冒険者に成ろうとは思わんし。そもそも、そんな金の掛かる…小難しい知識なんぞ、私生活で必要とはせんしな……一概には言えん事だわ…。」


「…それでも、其れを望む――特に家を継げない次男あたりの者や、英雄思考者…身寄りのない者らは冒険者を選びますね…。創設当初は一部の国家のみでしか活動が出来ず、国家や都市間でその規則が変則的だったそうですが…。今は設置された国家との関係性の明確化と、棲み分けも出来ていますし。………話がそれましたね…。」


 

 ちょっとした蛇足――魔法という知識・技術と権力の関係や、世間一般の平民の生活事情に常識…。そして冒険者という生業を望む者の傾向と、チラリっと聞こえた「命が幾つあっても足りない」という不穏な言葉……。


 其れ等を挟み聞かされた、魔法という〝能力〟の万能さに便利さ…。そしてレギ自身が思いもよらなかった、不完全な「神々の加護」によるにまたも気を落としつつ……。その面倒であるが一番の対処法をレギへ施してくれるという。…恐らくは…普通のただの平民であったら受けられない様な処置を、無償でしてくれる事に心中で感謝したレギは…。サエラ等のまた小難しい説明を聞きながら、その問題の解決へと乗り出していった――…。

 

 

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