第95話 啓発セミナー
日給研に慣れた頃、その仲間の広島で二代目として経営している社長から、良い啓発セミナーがあるから参加してみたらどうかと兄が誘われていた。
アメリカが発祥で、三部構成になっている。
ファーストステージは、二泊三日で参加料が1人三十万円。セカンドステージは、一週間泊まり込み参加料が八十万円。サードステージは、参加料百五十万円かかり、生涯このセミナーと関わって行くと言うものだった。
先ずは兄がこのセミナーに参加した。ファーストステージだ。セミナーを終えて帰って来た兄は、声がガラガラでまるで応援団の試合の後の様だ。
次は僕の番だ。
啓発セミナーはいろいろあるが、実際に参加するのは初めてだ。兄は、セミナーの内容は秘密だと言って何も教えてくれなかった。
セミナー初日。僕はかなり緊張していた。参加者は百五十名くらいだった。僕は積極的に行こうと考え、最前列の真ん中に腰かけた。
司会者が前説をした段階で、二名がついて行けないと会場を後にした。
本題が始まった。会場の最前列に丸椅子が七つ用意された。司会者は何も説明無く、この丸椅子に座りたい者は自由に座る様に言った。
何が始まるのか?会場がざわついた。司会者が「それでは開始します。どうぞ」と言った。僕は迷わず丸椅子に座った。七つの椅子はすぐに埋まった。
司会者が「今前にいる七名はこれからセミナーが終わるまで、皆さんのリーダーを務めて頂きます。ではこれからリーダー達が自己紹介とアピールをします。皆さんは、自分のリーダーを選んで下さい」そう言うと端から自己紹介が始まった。
僕は緊張で頭が真っ白になった。「龍神昇と申します。川崎で兄と給食センターを経営しています。リーダーとして頑張りますのでよろしくお願いします」手短に挨拶した。
七名の自己紹介が終わると司会者が「では皆さん、これはというリーダーの前に並んで下さい」そう言うと、参加者が七名の前に並んだ。
僕の前にはなんと四人しかいない。一人も並ばないよりはましだが、かなり動揺した。
司会者が僕を指差し「ここのリーダーにあと十四人並んで下さい」そう言うとメンバーが移動してきた。
僕のチームは女性が半数を超えた。元々女性の参加者が少ない。周りのチームの男性から羨ましいと言われた。
最初のリーダーとしての仕事は、チームの名前を決める事だった。一人一人簡単な自己紹介をしてもらいみんなと話した。
僕は舞い上がっていた。僕は本気でみんなと関わりたいと思った。百パーセントマジで。僕の提案がみんなに通った。チーム名は「百パーセント本気」
セミナーは、どんどん進行して二日目。それぞれが、今までの人生を一つ一つ紐解いて行った。大切な時は、いつでも「今、ここ。この瞬間」そしてやるかやらないか悩んだ時は、必ず「やる」という前向きさ。それには「気づき」が必要だと言う事。
一対一になり、大声で思いを叫ぶ。兄が声を枯らした訳が分かった。一人がメンバーに向け叫ぶ事もあった。僕はセミナーが進行するにしたがい、のめり込んでいた。
最終日、僕が一番欲しいモノに気づかされた。それはお金でも車でも無い「愛情」だ。
もの心付く頃から家庭は滅茶苦茶だった。みつくちと言う障害に今も苦しんでいる。人からの愛情が欲しいのだ。それに気づかされた時、メンバーの前で号泣した。
「リーダー頑張れ!」メンバーも泣いていた。
セミナー最後のクライマックス。会場が真っ暗になり、司会者が「今まで関わって来た全ての人達に、感謝して生きていきたいですね。あなたの頭に浮かんでいる大切な人は誰ですか?目を閉じて、その人を思い浮かべて下さい」
その時、僕は兄を思い浮かべていた。
「目を開けて下さい」
司会者が言い、明かりがつくと目の前に兄が立っていた。驚きと、悲鳴にも似た歓声が会場に起きた。僕は兄に抱きつき泣いた。兄も泣いていた。
セミナーが終わり、百パーセント本気の仲間と記念写真を撮ったが、笑顔と涙でグチャグチャだった。
「セカンドステージもこのメンバーでやりたいですね」女性メンバーから声をかけられた。「はい、やりましょう」僕は笑顔で答えた。
こうして僕のファーストステージが終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます