第16話 まだ食べられる

 支店の売り上げは、日に日に落ちていた。親父は、奇抜な事をいろいろやって、僕は恥ずかしい思いを何度もした。


 ある日、店のメニューにアイスコーヒーとホットコーヒーが増えていた。値段は二百五十円。


 親父は、どんなモノを出すのだろう。僕は嫌な予感がした。その予感が的中する。


 ある若い女性客が、ホットコーヒーを注文した。親父は、外に設置してある自動販売機からホットコーヒーを買う。調理場に戻るとその缶コーヒーを開ける。


「カポン」


 缶コーヒーの開ける音が店内に鳴り響く。


 コーヒーカップにそれを注ぐと、カップに入り切れない。親父は、次に注文が来たら使うと言って、残りを冷蔵庫へ入れた。


 「マジかよ」


 そのコーヒーを、女性客に持って行くのが僕だった。


 せめてブラックコーヒーにして、砂糖とミルクを別に付けるとか出来ないのかと思ったが、時すでに遅く砂糖、クリーム入りの甘ったるいコーヒーをだした。


 女性客は、出されたコーヒーをまじまじ見つめ、一口飲んで吹き出した。三人で来ていたが、何やら大うけして大笑いした。僕は恥ずかしくて逃げたくなった。この女性客は、二度と店に来る事はなかった。


 生ビールの時もそうだ。


 普通、生ビールは樽に入った機械を使い注ぐ物だ。恵美がいた時は、このタイプの生ビールを出していた。


 店が暇になると、生ビールの回転率も下がった。時間が経つとビールが酸っぱくなるのだ。毎日しなければならない機械の掃除も怠っていた。親父は、この生ビールの機械を止めビンビールを出すと言い出した。


 「それでは生ビールじゃ無い」と僕が言うと親父は、ビンビールのラベルを指さし「生ビールって書いてあるじゃないか」と言った。


 店の奥に冷蔵庫を置き、生ビールの注文が入るとジョッキにビンビールを注いだ。大ジョッキだとビール一本丁度入った。中ジョッキだと半分くらい残った。

残ったビールに蓋をして、次に注文が入るとそれを使った。泡立ちが悪いと、箸を使い泡がたつようにかき混ぜた。


 ご飯もそうだ。


 親父は、次の日が楽だと言って前日ごはんを炊いていた。ジャーに入れておくと、周りのご飯が乾いてカリカリになるので、濡れたタオルを周りに敷き詰めた。一升の米を炊くと三日間は足りた。三日間も経つと、米が黄色っぽくなり匂いも臭かった。


親父は「まだ食べられる」そう言って、商品を出し続けた。

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