第13話 恵美との別れ

 バスケット部の顧問の先生は、パンチパーマにサングラスをかけ、不良たちに恐れられていた。


 生徒から「ヤーさん」と呼ばれていた。ヤーさんは、僕のバスケット部への入部を歓迎してくれた。


 僕の、この運動部から運動部へ移る事が、校内で問題になった。僕が野球部のレギュラー候補だった事もあるが、この一件以降、運動部から運動部への変更を禁止するというルールが出来た。

 

 バスケット部のメンバーは、みんな僕を歓迎してくれた。


 言うまでもなく、僕が野球部を辞めた事を一番喜んだのは、ピッチャー志望の浜田だった。

 

 僕は、バスケットに夢中になりのめり込んでいった。一つ上の先輩達が強くて、川崎の大会では常にベスト四に入っていた。


 顧問のヤーさんの指導も独特のものだった。練習時間は極力短く、内容は濃く行っていた。ボールを使った練習がメインで、走り込みや筋トレは、個人でやってこいという考えだ。


 毎日たくさんの汗をかいたが、龍神家では、親父の命令で風呂は週一日だ。この頃、僕は支店の二階に住んでいて、毎朝調理場の洗い場で頭を洗っていた。体は、洗い場が狭くてタオルで拭く程度だった。夏場は、体がかゆくなり大変だった。我慢出来なくなり、狭い洗い場の水道の蛇口に、長いホースを付けて身体を洗った。 


 他の兄弟姉妹も本店の調理場で、僕と同じように頭や身体を洗っていたようだ。 


 恵美は本店の二階に住んでいて、毎日銭湯に行っていた。特別扱いの恵美が羨ましかった。


 恵美が日の出食堂に来て、三年が経とうとした時に仕事を休む様になった。恵美は静岡県生まれで、親父の腹違いの子供は、静岡県に集中して暮らしていた。


 恵美は結婚して、静岡県に戻ると言い出した。日の出食堂としてはとても痛い。僕は川崎に住む様に恵美を説得したが、意思が固く止められなかった。どんな相手なのかも教えてもらえなかった。


 恵美が仕事をしていた頃、よくお客さんにお酒を飲まされ、ベロベロに酔っ払っていた。僕はそんなだらしない恵美が嫌いで、可哀想だった。


 僕は一度だけ、酔っ払って助けを求める恵美に面と向かい「そんな酔っ払いの恵美姉ちゃんは嫌いだ」と言った事がある。


 今振り返ると、この時から恵美の態度がよそよそしくなった気がする。恵美は宣言通り日の出食堂を辞めて、静岡県に帰ってしまった。

 

 恵美目当てのお客さんが、潮を引くように来店しなくなった。僕が店の外を掃除している時、常連だったお客さんが、店を覗き通り過ぎ際に


「恵美ちゃん辞めたらしいな。この店に行く意味がなくなったな。もうこの店駄目だな」


そう言うと、笑いながら去っていった。


 親父は僕に、お客さんのオーダーを取る仕事をさせた。当時、中学二年の子供の僕がオーダーを聞くのだ。お客さんがドン引きするのが僕にはよくわかった。

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