第5話
彼女がいなくなってしまったことは、クラスのみんなには大した影響を与えなかったらしい。だけど僕は、彼女が消えたこの教室を認めることができなかった。彼女のいない生活に慣れてしまうことがいやだった。
彼女の葬儀にはクラスメートの代表として出席したけど、それで何かが変わったわけではない。美しさの欠片もない儀礼的な炎の中で、彼女の抜け殻が焼かれただけだ。
僕にとっての彼女は、あの浜辺から見えた海の中にしかいないのだ。
* * *
彼女が僕の前からいなくなって、今日で丁度1年が過ぎた。昨日まで猛威を振るっていた台風が過ぎ去り、空は透き通った青に満たされている。
一年前のあの日も、こんな天気だった。
僕はどうしても彼女のことが気になってしまい、放課後に浜辺に行こうと決心した。彼女と一緒に波打ち際で寝転がった、あの浜辺へ。
一年前のあの日から、僕は一度も浜辺に行っていない。彼女と過ごした最後の時間が、彼女のいない日常で上書きされてしまうように思えて、なんとなく嫌だった。
だけど今日はなぜだか胸が騒いで、もう一度あの場所に行ってみたくなった。なんとなく、彼女がそこで待っているような気がするのだ。
あの日と同じ長い坂道を下って、僕は海岸に来た。やっぱりあの日と同じように海は澄み渡り、水平線までずっと青色が続いていた。
そして、彼女の姿はどこにも見えなかった。
だけど確かに、僕たちがあの日に見た景色だ。彼女が心酔して「一つになりたい」とまで語った、あの海だ。
僕は波打ち際にしゃがみ込んで、手を水に浸してみた。透き通った水に包まれて、僕の手はゆらゆらと揺れて見える。
彼女が本当に水と一つになったのだとしたら、僕の手には今どれぐらいの彼女が触れているのだろう。とても薄まっているのだろうか。それとも、薄まるようなものでもないのだろうか。
僕の頭の中に、だんだんとイメージが浮かんでくる。それは彼女が水の中に溶けて、際限なく広がっていくイメージだ。海の中、川の中、コップの中、水たまりの中――今まで見てきた様々な水の中に、形を持たない彼女の気配が浮かび上がった。
やがて、彼女に会いたいという気持ちは消えていた。会えなくてもいい、ただ彼女と同じ場所にいたい。あの日に壊れてしまった夢を、今度こそ叶えたい。
海面から静かに手を引き抜き、僕は立ち上がって水平線を見つめた。青く透き通った懐かしい海が、果てしなく続いていく。そして僕は、水平線の彼方にも、形のない彼女をイメージすることができた。
僕は波打ち際に立ち尽くしたまま、日が沈むのを待っている。
今度こそ、きっと上手くやろう。
必ず、僕は彼女と同じ道を歩いていく。
だって、僕は水を愛しているのだから。
だから僕は水を見る 鬼童丸 @kidomaru
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