第5話「燕は春の空を踊る」

 昨日のあの生徒会室での話し合いは能力がいまだわからない俺の適正色を見極めるための研修期間を作ることを決定して、とりあえずお開きとなった。

そして俺は、六花院りっかいん先輩とともに帰路についていた。


 「つまり俺はこれからあの昨晩見たあの黒いの……確か黒の獣だっけ、それを狩っていくんですよね?」

 

 「……そうね。一応君が魔法を使えるということは分かったから、できれば今晩にでも戦いに参加してほしいのだけど」


 「わかりました。俺、中途半端な能力しか今はありませんけどいつかちゃんとした力に目覚めて先輩の手助けをできるようになってみせますから‼」


根拠のない自信から来る虚勢を見て、何故か先輩が安堵したように見えた。

日没がゆっくりと進んでいく中で、戦いの日々が始まりを告げようとしていた。


 

 日没後、学園近くの公園にて


 静寂に包まれた公園に集まるのは、住宅街に似合わぬ人外の獣たち。

 相対するは、背丈が同じくらいの男女一人ずつ。


 「先輩? さっき今日から研修始めるとか言ってましたけどこの数は正気ですか?」


 それもそのはず、今目の前にいるのは、昨晩の比にならない数十も超える獣たち

 しかも、こちらの新人はうまく能力が使えないあえて言うなら魔法使い”見習い”な俺。

 先輩の能力は昨晩見たあの日本刀を使ったものだとは判断できるけど、この数を相手するのには無理があるように見える。

 多分誰が見ても一見不利で無茶なこの状況の中、六花院先輩は笑っていた。


 「先輩? 聞いていますか?」


 ”ワォオオオオオオオオオオオオオオン”


 俺の問いかけを待つことなく獣たちの咆哮によって戦闘は幕を開けた。

 獣は雪崩のようにこちらへ飛び掛かってくる。

 しかも、それなりの知能はあるようで、別方向からの攻撃も忘れていない。


 「先輩! さすがにこれは無理ですよ。いったん引きましょう!」


 相手の勢いに負けたいったん退却の提案も聞く様子はなく。

 刀の柄に手をかけたままで、獣の突進を待つばかり。

 もしかして、居合切りでもやって見せようとしているのかもしれないと、図書館で得た知識で予想してみる。

 が、予想を裏切り抜刀まではそんなに待たなかった。


 こちらの間合いにも、駆けてくる獣たちの間合いにも入ってない距離で先輩は勢いよく鞘から刀を抜く。

 剣閃は宙を駆けたまま誰にもあたることはない。はずだが、彼女の魔法の神髄はここからにあった。


 「枢意君見せてあげるわ。これが私の魔法、青の魔法”藍燕あいえん”よ」


 「と言われましても宙を切っただけというか、何もきれてないっていうか」


 何も気づいてない俺に対し、何かしらの怒りを感じているからか先輩から冷たい視線が絶えず送られてくる。

 だがこんなに悠長に話しているのに待ってくれる敵はいるはずもなく、獣たちが先輩のすぐ後ろに迫ってきていた。

 昨晩のように、とっさに身の危険を先輩に伝えるが、間に合いそうもない。

  その時、魔法は発動する。

 先ほどの剣閃には意味はないように見えた。ただイメージを超えたものが魔法であり、彼女は魔法使いである。そのため、戦場において彼女には無駄な動きは存在しない。

 今もなお存在を続ける剣閃は青い光を強める。

 獣たちはそんな不思議な現象に目もくれず目の前にある獲物に牙を突き立てるために剣閃に向かっていく。


 鋭い光が獣の一匹に向かって尾を引きながら、向かっていった。

 その光はまっすぐ獣に向かっていき、獣を切り裂いた。

 その一撃を皮切りに剣閃から一つ二つと尾を引きながら獣の群れへ伸びていった。


 濃い青の光が向かっていった先にいた獣たちは次々と肉体を切り裂かれていく。

 暗闇の中で青の光が獣の群れを切り裂いていく姿はまるで、春の空を踊る燕のようだった。


 獣たちがいなくなった公園には、高校生が持つには物騒な刃物をもった男女がいる。


 「これが私の魔法よ」


 剣閃から出てきた青い光が先輩に集まっていく。

 よく見るとその一つ一つは、燕のような形をしており、見知らぬ俺のことを”ダレダコイツ”とでもいいたげに先輩の周囲を滑空している。


 「じゃあ。とりあえずやってみましょうか」


 と何食わぬ顔で先輩は俺に小太刀サイズの魔具を手渡してくる。

 そして、さっそく始めろと笑顔で命令している。


 「見ただけで再現しろっての無理言わないでください。まあやるしかないですけど」


 「従順なことはいいことです。イメージでき次第やってみてください」


 いきなりの無理難題に右往左往しながらも、まずとりあえずはさっき先輩のやっていたようにまねから入る。


 確か先輩は、あのとき多くの黒の獣が迫ってくる中で落ち着いて居合切りをするみたいに腰の刀の柄に手を当て、獣たちを十分引き付けてから引き抜いていた。

 その後、青の魔法が発動し燕たちが獣を屠っていった。

 息を整え目をつぶり、先ほどのように獣が迫ってきている様子をイメージする。 普通なら噛み千切られ肉片になることが決まっている状況で先輩は力を示した。

 この世界で自身の存在証明をするには、まず先輩のように力を示すしかない。

 イメージは加速する。より鮮明により残酷に、獲物を見つけ駆けてくる獣を作りだす。

 気のせいか、獣の声がしたような気もするが、想像の中での出来事にかまけていられるほど時間はない。


 駆けてくる想像の獣が先輩が見せた間合いに近づいた。

 イメージに合わせて、抜刀し魔法の発動をイメージする。

 極力、先輩と同じように4羽の燕の生成をイメージしたが、力不足かイメージ力不足か、2羽しか生成できなかったが、強い青の輝きを魅せる燕たちは次々と獣を屠っていった。


 そして、俺は獣の全消滅を見届けると眠るように気を失った。

 意識が闇に沈みながらも、昨晩の電車内の男の声が頭に響いてくる。


 ”おめでとう。まずは一個だね。君のがんばりの先に何が待っていたとしても、僕らは君の味方だよ”



 翌朝 午前7時


 カーテンの隙間から差し込む日差しがわざとらしく目元に射してくる。

 穏やかな晴れの日に合わせて小鳥のさえずりも聞こえてくる。

 

 「あ、あれ? ここは? もう朝?」


 昨日からお世話になっている先輩宅のベッドとは違うにおいや布団の柔らかさとかもろもろの違和感により窓から目を離し、部屋をよく見てみる。

 見慣れない天井。見慣れないベッド。そこにいるまだ起きてないもう一人。


 「朝チュン!?」

 




 


 

  

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Hollow World 蛙ケロケロ @kaerukerokero

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