第2話 寺山修司は嘘つかない

「初めて、小説を書いてみてわかったけど。小説ってこりゃ確かにモダンジャズの手法だな。寺山修司嘘つかない。」

という出だしの小説を書いた。



目が醒めると、

「おらが街にも、イオンモールが欲しいな。」

と思っていた。


三軒茶屋は、わたしが、おらが、と付けるには、ずいぶん背伸びをしなきゃいけない。それでも家からいちばん近い街なので、なにもない日に散歩する。その程度には、おらが、な、三軒茶屋。


夢にイオンモールが出てきたのは、たぶん昨日、久しぶりに大学に行ったからだ。イオンモールは大学のそばにある。大学は母校。数年前に卒業した。埼玉の。


ぼんやりと頭がいたい。時計を見て驚く。

眠い眠すぎると23:30に布団に入ってそのまま眠って、起きたら12:00だった。


今日は夕方から打ち合わせ。

そのあとデート。


デート。


…デートなあ。デートしてる場合じゃないんだけど。


はじめましての人だ。何を着るのがベストかなと、家の中に積み上げられた服を一枚一枚取り出してみる。

底に溜まった一着のワンピースをひっぱりだして、思い出した。


わたし、橘文穂(たちばなふみほ)なんて、名乗ってたな。


大学時代の、文芸部でつかってたペンネーム。そのあと演劇サークルにも入部して、わたしはにわかに演劇少女になった。


大学を出て、三年経った。

わたしはそれでもしぶとく話を書いている。

いや、演劇を書いている。


だけど昨日、生まれて初めて小説を書いた。


「うっけるなー」


あの頃のボーイフレンドを、初めて話に書いてみた。



ボーイフレンドのことをボーイフレンドと呼ぶのは、まあ、そういうことだ。

別れは自分でもひどいぐらいあっさりで、でも大学四年間の思い出のほとんどに彼はいた。


ひどいといえばこの小説だ。

役者を新垣結衣にして始めて成り立つような暴力的な女が、ぼんやりとした男を振り回す。


「これ、演劇で見たら、死ねって言うな」

これはわたしの本心。


だって、だってね、自分で言うのもなんだけど、わたしの演劇は、こんなあまったるくないから。もっと硬派で、強くて、たくましいから。人間と人間がぶつかり合って、血を流しながら、生きていく。そう、生きていくの。


「苦しい思いにしか、本当の気持ちはないよ」

いつだっけ、何作目かに書いたセリフ。これはわたしの本心。たぶんそれは、自分がそう感じたときに、はじめて、その男のことを愛していると直感したからだろう。


わたしは18からずっと身の回りに男がいた。

男たちのことは全員大好きだった。

別れる時はいつもみっともなく追い縋った。

追い縋ったぶんだけ話にできた。

恋はいつだって本気で間抜けで、わたしのいちばんの糧だった。

だけど君は?

君は、どうだったのかな?



昨日の晩、わたしはすぐに、書いた小説をnoteに貼った。


https://note.mu/girlsmetropolis/n/n7810a0daf1ba?creator_urlname=girlsmetropolis


そのリンクをラインに流して、「こういうの書いてみたんだけど」と女友達に見せたら、「この女かわいいね。結局こういう女が男にウケるんだよ」と言われた。それ、大学時代のわたしなんです、とは打たなかった。



今日のデートは突然飛び込んできた。知り合いからの紹介だ。

いい人なんだよと送られてきたとき、わたしは、コンビニで見つけられる愛こそが本物なんじゃないか。と、思ってはじめた恋が終わったところだった。いままででいちばんインスタントで、なのに心に刻まれてしまった。

いつだってぼんやりと今じゃないところを見ている。


実はね、大学四年間も初恋の人のことを心の中に飼っていたんです。その隙間にボーイフレンドの君はいたの。こんなこと言ってごめんね。だけどふいに思い出すんだ。

君はもう結婚とかしたのかな。仕事は元気?

君と別れて、コンビニくんと、この部屋に越してくるとき、バカでかいベッドを買ったのよ。君とはベッドが狭すぎたから。でももう、2人での眠り方は忘れてしまった。女友達を泊めるときは役立ってる。なんせ男と2人で寝てもひろびろだからね。


付き合ってた時、本当に君のことなにか考えたこと、わたし、あったかな?


わたしの小説、初めて書いた小説。

あれは全部嘘だ。

あんな瞬間一度もなかった。


あたかも本当にあったかのように書いた1秒も存在しなかった出来事。それでも好きだったんだ、たぶん、きっとね。わたし、傷つけられなきゃ好きと思えない。でも失望するのと傷つけられるのはちがう。君には失望ばかりでした。でも、その差ってなに?



このあいだ、寺山修司が原作の映画を見た。

「この小説はモダンジャズのスタイルで書いた」

何いってるのかなと首を傾げて、そのあともう一度その小説を読み直して、それでも分からなかったのに、書いてはじめて理解した。


モダンジャズだった。

小説は即興であり、どこまでも自由。

そして、



わたし、小説書いてはじめてわかったよ。

わたし、きみのことも大好きだった。

なにも起こらない平坦な、ドラマのない生活は、わたしの書く演劇にならない。だけど取るに足らない出来事が積み重なって、きっと人生はつくられる。ありふれた出来事にほんの少しの差異を見つけて、それを大事にあたためて。そうして人間はお互いを、お互いをの唯一無二にするんだ。


いままで演劇にしてきた男たち。最高にドラマティックなわたしを傷つけた男たち。LINEのメンバーをスワイプして、てきとうなところで画面を切る。

過去のリサイクルはやめて。

新しいガムを噛みにいく。

その前に少しだけ、筆を進める。


20才の誕生日に、ボーイフレンドのくれたANNA SUIのルージュを筆で塗る。塗りながらパソコンの画面に向かう。

わたしが「いま」何を考えてるのか。

それを画面に刻み込む。


だってね、デートなんかに行ったら、忘れちゃうかもしれないでしょ。もしかしてすごく素敵な人で、なんだかすべてが薔薇色になって、いま考えてること全部、どうでもよくなっちゃうかもしれないでしょ。わたしはいっつもそうだから。いつもそうやって忘れちゃうから。


だから、いま書き留めておく。

オチは考えない。

瞬間だけを、キーボードで打ち付ける。

とびきり自由なモダンジャズ。








−−−−−−−−−−

(寺山修司の言う通り)の数年後のモノローグ。

劇作家の女の子のおはなしでした。

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ごめんねモダンジャズ(寺山修司はかく語りき) 犬公方段々 @girlsmetropolis

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