第2話 寺山修司は嘘つかない
「初めて、小説を書いてみてわかったけど。小説ってこりゃ確かにモダンジャズの手法だな。寺山修司嘘つかない。」
という出だしの小説を書いた。
◇
目が醒めると、
「おらが街にも、イオンモールが欲しいな。」
と思っていた。
三軒茶屋は、わたしが、おらが、と付けるには、ずいぶん背伸びをしなきゃいけない。それでも家からいちばん近い街なので、なにもない日に散歩する。その程度には、おらが、な、三軒茶屋。
夢にイオンモールが出てきたのは、たぶん昨日、久しぶりに大学に行ったからだ。イオンモールは大学のそばにある。大学は母校。数年前に卒業した。埼玉の。
ぼんやりと頭がいたい。時計を見て驚く。
眠い眠すぎると23:30に布団に入ってそのまま眠って、起きたら12:00だった。
今日は夕方から打ち合わせ。
そのあとデート。
デート。
…デートなあ。デートしてる場合じゃないんだけど。
はじめましての人だ。何を着るのがベストかなと、家の中に積み上げられた服を一枚一枚取り出してみる。
底に溜まった一着のワンピースをひっぱりだして、思い出した。
わたし、橘文穂(たちばなふみほ)なんて、名乗ってたな。
大学時代の、文芸部でつかってたペンネーム。そのあと演劇サークルにも入部して、わたしはにわかに演劇少女になった。
大学を出て、三年経った。
わたしはそれでもしぶとく話を書いている。
いや、演劇を書いている。
だけど昨日、生まれて初めて小説を書いた。
「うっけるなー」
あの頃のボーイフレンドを、初めて話に書いてみた。
◇
ボーイフレンドのことをボーイフレンドと呼ぶのは、まあ、そういうことだ。
別れは自分でもひどいぐらいあっさりで、でも大学四年間の思い出のほとんどに彼はいた。
ひどいといえばこの小説だ。
役者を新垣結衣にして始めて成り立つような暴力的な女が、ぼんやりとした男を振り回す。
「これ、演劇で見たら、死ねって言うな」
これはわたしの本心。
だって、だってね、自分で言うのもなんだけど、わたしの演劇は、こんなあまったるくないから。もっと硬派で、強くて、たくましいから。人間と人間がぶつかり合って、血を流しながら、生きていく。そう、生きていくの。
「苦しい思いにしか、本当の気持ちはないよ」
いつだっけ、何作目かに書いたセリフ。これはわたしの本心。たぶんそれは、自分がそう感じたときに、はじめて、その男のことを愛していると直感したからだろう。
わたしは18からずっと身の回りに男がいた。
男たちのことは全員大好きだった。
別れる時はいつもみっともなく追い縋った。
追い縋ったぶんだけ話にできた。
恋はいつだって本気で間抜けで、わたしのいちばんの糧だった。
だけど君は?
君は、どうだったのかな?
◇
昨日の晩、わたしはすぐに、書いた小説をnoteに貼った。
https://note.mu/girlsmetropolis/n/n7810a0daf1ba?creator_urlname=girlsmetropolis
そのリンクをラインに流して、「こういうの書いてみたんだけど」と女友達に見せたら、「この女かわいいね。結局こういう女が男にウケるんだよ」と言われた。それ、大学時代のわたしなんです、とは打たなかった。
◇
今日のデートは突然飛び込んできた。知り合いからの紹介だ。
いい人なんだよと送られてきたとき、わたしは、コンビニで見つけられる愛こそが本物なんじゃないか。と、思ってはじめた恋が終わったところだった。いままででいちばんインスタントで、なのに心に刻まれてしまった。
いつだってぼんやりと今じゃないところを見ている。
実はね、大学四年間も初恋の人のことを心の中に飼っていたんです。その隙間にボーイフレンドの君はいたの。こんなこと言ってごめんね。だけどふいに思い出すんだ。
君はもう結婚とかしたのかな。仕事は元気?
君と別れて、コンビニくんと、この部屋に越してくるとき、バカでかいベッドを買ったのよ。君とはベッドが狭すぎたから。でももう、2人での眠り方は忘れてしまった。女友達を泊めるときは役立ってる。なんせ男と2人で寝てもひろびろだからね。
付き合ってた時、本当に君のことなにか考えたこと、わたし、あったかな?
わたしの小説、初めて書いた小説。
あれは全部嘘だ。
あんな瞬間一度もなかった。
あたかも本当にあったかのように書いた1秒も存在しなかった出来事。それでも好きだったんだ、たぶん、きっとね。わたし、傷つけられなきゃ好きと思えない。でも失望するのと傷つけられるのはちがう。君には失望ばかりでした。でも、その差ってなに?
◇
このあいだ、寺山修司が原作の映画を見た。
「この小説はモダンジャズのスタイルで書いた」
何いってるのかなと首を傾げて、そのあともう一度その小説を読み直して、それでも分からなかったのに、書いてはじめて理解した。
モダンジャズだった。
小説は即興であり、どこまでも自由。
そして、
◇
わたし、小説書いてはじめてわかったよ。
わたし、きみのことも大好きだった。
なにも起こらない平坦な、ドラマのない生活は、わたしの書く演劇にならない。だけど取るに足らない出来事が積み重なって、きっと人生はつくられる。ありふれた出来事にほんの少しの差異を見つけて、それを大事にあたためて。そうして人間はお互いを、お互いをの唯一無二にするんだ。
いままで演劇にしてきた男たち。最高にドラマティックなわたしを傷つけた男たち。LINEのメンバーをスワイプして、てきとうなところで画面を切る。
過去のリサイクルはやめて。
新しいガムを噛みにいく。
その前に少しだけ、筆を進める。
◇
20才の誕生日に、ボーイフレンドのくれたANNA SUIのルージュを筆で塗る。塗りながらパソコンの画面に向かう。
わたしが「いま」何を考えてるのか。
それを画面に刻み込む。
だってね、デートなんかに行ったら、忘れちゃうかもしれないでしょ。もしかしてすごく素敵な人で、なんだかすべてが薔薇色になって、いま考えてること全部、どうでもよくなっちゃうかもしれないでしょ。わたしはいっつもそうだから。いつもそうやって忘れちゃうから。
だから、いま書き留めておく。
オチは考えない。
瞬間だけを、キーボードで打ち付ける。
とびきり自由なモダンジャズ。
−−−−−−−−−−
(寺山修司の言う通り)の数年後のモノローグ。
劇作家の女の子のおはなしでした。
ごめんねモダンジャズ(寺山修司はかく語りき) 犬公方段々 @girlsmetropolis
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