三 VS变化


 雄一の銃身を握る手は震えていたが、目はしっかりと愛美の目を捉えていた。


「お前は、撃たない。僕を殺しに来たならとうに撃っているはず。何かしらの情報を得ようとしたにしても、銃という選択肢はないはずだ」


「そうかな」


そう言って、愛美はわずかに引き金にかけた指を緩めた。


「銃はこの状況での脅しに向いていない。それを見て初めからペラペラと話し始めるような相手だったら話は別だけど、覚悟をもっている相手に対して、痛みや恐怖で少しずつ追い詰めることができない。万が一、相手を疑って僕が何か誤魔化したとしても、脅しのために一度撃ってしまえばそれまでだ。音と、痛みに我慢できない僕の叫び声でそれ以上何かを聞き出すことはできなくなる。」


愛美は静かに笑みを浮かべて、


「1つ目と2つ目の質問で色々と聞き出せたので、その後始末するって選択肢もある」


と言った。


「もし撃ってしまえば、この後逃げるのは困難になる。こんな夜中にわざわざ変装して警戒しながらここに来た人間はもっと慎重に動くはずだ」


「変装……ね」


 愛美は銃を静かに胸元にしまった。雄一は安堵のため息をついた。張り詰めた糸がたゆむように場の緊張はとけていった。だが、雄一の心臓はまだ警戒を解くことを許さないかのように、速く、絶え間なく鼓動を打っていた。


 愛美は手のひらでそっと顔を撫でた。その瞬間、愛美の周囲の空気がさざめくように揺れ、姿形が女性のそれではなく、男の姿へと変わっていった。細身のジャケットの上からでもわかる体格は、決して屈強とは言えないが引き締まっていて、メタルフレームの眼鏡が顔の中でひときわ目立つ。どちらかといえば線の細い顔をしているが、力強い眼が雄一をさらに緊張させた。


「驚いたかな。やはり、この力のことは知らなかったようだね」


先ほどとはうってかわって穏やかな口調で男は言った。


「驚かせるような真似をしてすまなかった。君も気付いていたとおり、こちらも慎重に動かなければならなかったものでね。君に危害を加えるつもりはないしこれ以上脅迫するようなこともない。少しリラックスしてくれないか」


 先程まで自分の恋人になりすまし、銃口を向けられた相手にリラックスするのは無理だと思いながらも、敵意が向けられていないことを雄一は感じた。


「なぜ私が愛美さんでないと確信できた?」


男は眼鏡を直しながら言った。


「……二つ目の質問の僕の答え。両親のところにいるんじゃないか、そう答えた」


「確かにそうだった。それが何か?」


「愛美の両親は事故で亡くなった。今は祖母と暮らしている。両親の話はタブーだったはずなのに何の表情の変化もなかった」


男を目を丸くして、


「あの状況で、よくまあそんなことができたものだ。随分な度胸だ」


と感心した。決して度胸があるわけではない。非日常な出来事に呑まれていくうちに感覚が麻痺しているだけだ。雄一は頭の中でそう答えた。


「私が何者なのか、一体何のためにこんなことをしたのか、色々聞きたいことはあると思う。しっかり一から説明するつもりだ。そうした後でまた私を信用するかは考えてもらえばいい。ただ、初めに一つだけ言わせてもらうと、君の恋人が今危険にさらされている可能性がある」


「……どういうことだ?」


「君が見たさっきの私の変化、そしておそらく君の恋人、愛美さんが放った炎、人知を超えた能力をもつ人間が現れ始めた。それに気付いた人間が愛美さんを狙っている」


 男はそう言ってベッド横の丸いすに腰掛けた。


「きっかけはひどい頭痛だった。頭から全身を裂くようなひどいやつだ。それが落ち着いた後、急に姿形を变化させられる異能力が身についたことに気がついた。考えられないようなことだけど、赤ん坊の頃どうやって言葉を覚えたかなんて記憶に無いだろう?それと同じさ」


ふうとため息をついてから男は続けた。


「それが一ヶ月前。そして不可思議な事件が世を騒がせ始めた。私は自分と同じ異能力をもった者の仕業だと考えている。最近の事件のことは知っているよね」


 雄一は答えなかった。すると、男は少し笑いながら言った。


「黙っていてもわかるよ。私が君にニュースのことを話していたんだから」


看護師が男の変化した姿であったろうことに気づき、雄一は不快な顔をした。


「色々と回りくどいやり方をしたけれど、本題に入ろう。鈴原雄一君、協力し合わないか。これからすぐに世界は大きく変わる。新しい世界で生き残るために先手を打つんだ」


極度の緊張と疲れに支配されていた雄一の頭には男の言いたいことがさっぱり入ってこなかった。そんな様子も気にせず男は続けた。


「これから私のような異能力をもつ者が次々と現れてくると考えられる。もし、急にそんな力が身についたら君ならどうする?」


 雄一は少し考えてから答えた。


「……こっそり試すと思います。どんな力でどのような使いみちがあるのか。ひけらかすような真似はしない。異能力の存在が世間に知られるのは不利益になるし、自分の身の危険にもつながる」


「そう。私も同じだった。人には隠したほうが良い。異能力についてはわからない部分が多すぎる。何が裏目に出るかわからないからね。ただ、一部の人間が異能力の存在を明るみにしようとしている。停電の事件も容疑者の男に都合よく落雷があったようだしあれはきっと異能力者の仕業だ。それから、連続自殺。あの事件に関わっているとされる教祖の話はもう知っているかい?」


 雄一は首を振った。


「今日の夕方頃のニュースだった。教祖の男が異能力のことをテレビの会見で話したんだ。

神から与えられた力であり、その力に飲み込まれたせいで女性たちは命を絶った。教祖の男は力を逆に飲み込み、使いこなせるようになった。そんな内容だったよ。無論、ニュースのコメンテーターは、それが虚言だと相手にしなかった」


「その男は、本当に異能力を得たと考えているんですか」


と雄一は聞いた。


「おそらく。ニュースでは流されていたけど、教祖の男は『頭痛』のことも話していた」


 異能力を得る際に起こる頭痛、愛美もあの時頭痛を訴えていたことを雄一は思い出した。


「そうなった場合、社会は、我々異能力者をどうするだろうか。研究の対象とするのか、保護しようとするのか、人権尊重のもと今までと変わらない暮らしができるよう制度を整えるのか、それとも……」


「警戒して隔離・殲滅などの非人道的な手段をとるかもしれない」


 話を割って入って雄一が言った。


「……そうだね。非常に低いがその可能性もないとは言えない。とにかく、我々異能力者のこれからの出方と世論次第で変わる。どう転ぶかはわからない。だからこそ、愛美さんのような異能力者の仲間を増やしておきたい。異能力者の多数派をつくり、これから我々の存在が明るみになったときのために、まとまって意見が言えるようにしたいんだ」


 男は雄一の目を力強く見た。


「私は、今後の世界の流れを読みながらも、早めに先手を打っておきたい。できれば今はまだ世間に知られないように、異能力についての研究を異能力者を集め行いたい。最悪なのが我々異能力者が敵視されることだ。そのときは戦争になるだろう」


 雄一は男の方へ体を向けて座り直した。


「そのために、僕の協力を得て愛美を探そうとしていたんですね」


 雄一の声は大分落ち着きを取り戻していた。男はうなずいた。


「何度も言うがこれから世界は大きな変化を迎える。君も今までと同じ暮らしはできなくなるだろう。平穏を取り戻すためには動かなければならない。愛美さんを探すことはお互いの利益として合致するはずだ。あとは、私を信用してくれるかどうかの話」


 話し終えないうちに、足音が廊下から聞こえた。懐中電灯の光も見える。


「おっと」


 そう言って男は自分の掌を体に当てた。瞬間。男の姿は看護師へと変わっていった。これが異能力。雄一はあらためてその不思議な力に驚いた。


 男は看護師の姿のまま病室の外に出て、何やら話をしてから戻ってきた。懐中電灯の光は近づいてこなかった。


「適当にごまかしておいたよ。さて、さっきの提案についてはどうかな」


 雄一は黙って考え込んだ。

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異能社会に君はどう生きるか tomo @tomo524

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