二 VS愛美

 小さめだが丸く力のある眼。薄めの唇。目尻に近づくにつれ少しづつ垂れていく整えられた眉。緩くパーマのかかった栗色の長い髪。そこに現れたのは北条愛美であった。まっすぐに雄一の方を見ている。


 雄一は視線を外すことができなかった。無言のうちに何かを伝えられているようで、動いた瞬間に鋭く締め付けられそうな感覚に縛られている気がした。だからといって、言葉を発することもできなかった。なぜ愛美がここにいるのか、何を考えているのか、なぜ黙ったままなのか、あの夜、一体何が愛美の身に起きたのか、わからないことが多すぎた。


 やがて、視線はあくまで雄一の瞳に向けたまま動かさず、愛美は唇をわずかに開き、声を発した。


「質問が三つある。いずれも正確に答えて。その場しのぎの答えは、君のためにならない」


ゆっくりと、言葉の一句一句をしっかりと刻みこませるように、愛美は言った。他人行儀な言い方に違和感を感じたものの、重みのある空気がそれを押さえつけた。


「ああ」


「一つ目。頭が割れる程の頭痛は最近あった?」


予想外の質問に雄一は一瞬戸惑ったが、すぐに冷静さを取り戻し答えた。


「頭が割れる程というのがどのくらいかはわからないけど、頭痛はなかったよ。君とも順調だったから、心身共に健康そのものだった。もっとも、あの火事からの一週間は、僕もなにが起きたのかさっぱりわからなくて、毎日頭を痛めるようだった。無事で本当によかった」


「余計なことは言わないで」


そう言うと、愛美は来ていたコートの胸ポケットから何かを取り出した。闇に慣れてきた目を凝らしてみてみると、それは雄一に向けられている。月明かりと、非常口の明かりの中で鈍く光るそれは、愛美が持っているはずがない、拳銃だった。握った手には指輪がもの悲しげに残っていた。雄一はさすがに動揺を隠せなかった。


「わ……わかった」


「二つ目」


そう言って愛美は人差し指を自分自身に向けた。


「どこに行っていたと思う?」


少しの間が空いた。雄一はその目を拳銃と愛美に向けたまま考え込んだ。汗がにじんだ顔は少し震えていた。やがて、まっすぐに愛美の目を見て、ゆっくりと口を開けた。


「安全身にを隠せる場所。僕らはあの火災に関して、何かしらの関わりがあると世間では考えられている。それは君自信が一番よくわかっていると思う。僕はこの一週間、色々な人に会ったけど君の両親とは連絡が取れなかった。そこにいたんじゃないかな」


 愛美は黙ったままだった。表情一つ変えずに銃口を向けたまま、雄一のいるベッドに近づいた。


「三つ目」


そう言うと、愛美は雄一の額に銃口を当てた。雄一の呼吸が荒くなった。目には涙がにじんだ。金属のひやりとした温度が額の骨を通して脳髄に突き刺さるようだった。


「ここで死んで。と言われたらどうする?」


 しばらくの間、静寂が訪れた。聞こえるのは病室の冷蔵庫のモーターの音くらいだった。雄一は真っ赤になった目で愛美を見続けた。愛美は感情の込められていない目でそれに応えていた。


 長い沈黙だった。一分も経っていなかったが、雄一には途方もなく長く、重苦しく感じられた。唇を噛んでいたが、何かを決断したかのように口を開いた。


「僕は死なない」


「なぜ?」


と愛美は間髪入れずに言った。引き金にかけた人差し指が微かに動いた。


「もう質問は終わったはずだ。今度はこちらから聞きたいことがある」


雄一は銃身を力強く握った。


「お前は誰だ?」




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