第73話 フェリックスの中の人

 還暦に及ばず、五十七で死ぬのは、現代日本では明確な早死にである。無念、ではあったに違いない。しかし、その男、伊達高志は、どこかで辻褄があっているようにも感じていた。

 伊達高志は戦災孤児であった。それが不幸といえば不幸であるのは事実だが、あの空襲を生き延びられたこと自体がそうなのだが、生き延びてから先も、我ながら不思議と守られて、ついていたと自分でも思える。

 二十代で始めた健康食品を扱う会社は順調に成長し、高い利益率を誇り、今や大企業と言ってもいい規模になった。世が平成となって、金融不安に列島が揺れる中にあっても、経営は盤石で、成長するアジア市場でも売上の拡大が見込まれている。

 私生活では愛する妻と一人娘に恵まれた。どちらも美しく優しい女性である。

 娘の由紀子は、神長倉かなくら浩一という青年に嫁ぎ、浩一は、高志の会社の後継者として、不足なく働いてくれている。

 残念なのは、初孫が生まれるまでは、生きてはいられないということだけであって、それを除けば、高志自身から見ても、まあ、百点満点中九十点くらいの人生ではなかったかと思える。

 病ばかりは仕方がない。病がすべて治るならば、早死にする者などいないのだから。それに、高志は、両親よりはずっと長く生きた。両親に対する面目もたったというものである。

 死のその日まで高志が心掛けたのは、穏やかに身を引くということで、それをやり遂げた後、高志は安らかに世を去った。


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 神長倉誠一は母方の祖父を知らない。生まれる前に亡くなっていたからだ。しかし、祖父の影はあちらこちらにあった。


 誠一の曾祖父が、アイヌの出であったことも誠一は知らなかった。伊達、という姓が北海道に由来することも知らなかった。しかし祖父が会社を興したことは無論知っていた。


 神長倉家は、大企業となった某健康食品会社の経営一族だが、そもそもはその祖父の伊達高志が興した会社である。

 祖父の遺影は仏壇にあるだけでなく、応接室などにも飾られていた。会社の人たちが出入りするからで、会社の人から見れば、神長倉誠一は創業者の孫なのである。

 創業期から祖父と苦楽を共にした役員などから、「誠一さんには先代社長のおもかげがある」としきり言われれば、誠一も祖父のことを意識せずに育つことは難しい。

 伊達高志は半ば神格化されていた。地位も立場もある人であれば、ある程度そうなるのはやむを得ないのだが、残された家族や、会社の社員たちも本気で尊敬していた。特にこれと言って欠点の無い人。

 会ったことのない誠一からすれば、その評価自体嘘めいた感じがしなくも無かったが、世の中にはそう言う人もいるのかも知れない。戦災孤児という境遇を思えば、「特に欠点の無い人」でなければ生きてはいけなかったのかも知れないと思えば、哀れに思うこともあった。


 誠一が生まれた時には既に日本は下がり局面にあった。

 世界が震撼した日本経済はそこにはなく、デフレーションの暗い時代が続いていたが、子供には関係が無いと言えば関係が無い。世界の標準から見れば日本で子供時代を過ごした誠一が圧倒的に恵まれていたのは事実であって、そのことを自覚したのは、父の海外赴任に伴って、タイのバンコクの居住した時である。

 父親の神長倉浩一は創業者の娘婿だったが、直ちに社長に就任したわけではない。もちろん神長倉家で言えば、その会社の株式の圧倒的多数を握ってはいたのだが、娘婿ながら横入した浩一は、古くからの「番頭」たちに気を使うべき立場にあった。

 番頭たちにとっても会社は大事なのだから、何も悪くしようとするわけがない。浩一がまだ若かったということもあって、取り敢えずは専務取締役につかせ、海外事業を手掛けさせることで、番頭たちは浩一に箔をつけさせようとした。

 会社の事業は単に健康食品にとどまらず、バイオ事業、再生エネルギー事業にまで裾野を広げ、浩一には単に創業者の娘婿というにとどまらない独自のカリスマ性が求められたからである。

 そういうこともあって神長倉家は一家を上げて、バンコクに赴任したのだが、ちょうどタイの政情が乱れた時期でもあった。

 娘婿の浩一と違って、誠一は生まれながら会社を継ぐべく育てられていて、常に広い視野を持つよう、勉学に留まらない、社会問題に関しての家庭教師もつけられていた。

 何事もデオドラントに加工された日本と違って、バンコクにはまだ剥き出しの人生があった。

 誠一が衝撃を受けたのは、自分と同じ年頃の少女が売春している姿を見た時だった。

 家が貧しく、そうでもせねば家族を養えないのだろう、と誠一は思ったのだが、話はそう単純でも無かった。

 山岳民族出身のその少女は、親に売られ、親はその金で憧れの電化製品を整え、息子にそれなりの暮らしをさせるのだという。家庭教師からそう教えられて、誠一は寄って立つ大地が崩れるような眩暈を覚えた。

 そもそもがそういう目的のためにもうけられた少女たちである。

 彼女たちには国籍すら与えられず、誰からも保護されることもない。

 親子の情愛でさえも、経済が満たされていなければ手の届かない贅沢品なのだ。

 この時に抱えたもやもやが、大学に進むに際して、経済を選ばせた最大の動機だった。


 日本の文系学部などは、大半は箔付けのためだけに学生たちは入学するのであり、経済学士になるからと言って、主体的に経済に取り込もうという学生は少ない。

 誠一はその例外だった。

 大学は経済学では定評のある、徳川御三卿の家名と同じ某大学に進んだのだが、誠一の主観的には、卒業生に某都知事といい、某県知事といい、ろくなのがいないのが玉に瑕だった。だがそこで、誠一はそれなりに懸命に経済学を学んだ。

 卒業を見据えて、院にすすむか、留学するか、会社に入るか、さてどうしたものかしらというその頃に、誠一は交通事故に遭った。


 そして気づけば、フェリックス・ヴァーゲンザイルになっていたのである。

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