第71話 尋問
「魔王、弱すぎだろ!」
急を聞いて急いで戻って来たフェリックスの前に、捕縛された魔王メタトロンがいた。
身の丈が二メートル半あることを除けば、人間とさして違いは無い。ただ、明らかに東洋の血が濃いように見える。
仮にも、王を名乗る相手、装飾の付いた椅子に座らせてある。両手足は縛られていたが。
大軍で押し寄せておきながら、マックス一人にしてやられた。その仰々しさに余りにも似つかわしくない結果に、フェリックスは、思わず相手の弱さを難じてしまった。
「いきなり勇者に出くわしたのが余の不覚。さすがにハヤトがここまでキレッキレッとは想定外であった」
フェリックスも三十代半ばに入り、さすがに転生してからの日々の方が長くなっていて、前世のことは実感が伴わなくなっている。それでもいきなり、魔王だと、勇者だのと言う言葉を聞かされて、訳が分からない状態にならなかったのは前世知識、おもに某国民的RPGの知識のおかげであろう。
「ふっふっふっ、世界の半分を呉れてやろう。我が配下となれ」
フェリックスは試しに言ってみたが、魔王メタトロンは「何を言ってるんだ、こいつ?」という目で見ている。魔王のくせにやけに目が澄んでいるのが腹立たしい。富良野の小学生みたいだ。
「勇者とは一体誰のことだ?」
「そこな子供がそうであろうが。姿かたちが変わっても、その魔力はまさしくハヤトのもの。ただの勇者ではない」
顎で指されたマックスはきょとんとしている。
「マックス、お前、勇者なのか?」
「えっ、なにそれ? 僕そんなんじゃないよ」
「お父さん、怒らないから、本当のことを言いなさい」
「ええーっ、そんな怪しい人の言うこと、真に受けられても」
「マックス! 嘘言うとアイス抜きだぞ!」
「えー…。ひどいよ、お父さん、僕、何も悪いことしてないのに…」
泣き出したマックスはアビーにすがりついた。
アビーはなぐさめながらも、複雑な気持ちだった。明らかに、マックスは異常だ。
フェリックスはため息をついて、魔王に向き合った。
「ともかく、最初から話してもらうぞ。魔王とはなんだ。勇者とはなんだ。魔族とはなんだ」
くっ、殺せ、とメタトロンは黙秘することは一切なく、高座の落語家のようにぺらぺらとしゃべり倒した。聴衆を得て、いい気分になったようである。
数時間に及ぶ尋問を通して、この世界の秘められていた前史が明かされたのだった。
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そもそもこの世界には人がいた。
人々は幾つかの王国を建てて、平和に、というわけではないが、それなりに暮らしていた。
ある時、辺境の森に、数千の異人が突如として出現した。
彼らは弱弱しく、短命であった。
なぜ彼らはかくも弱いのか。魔力が足りない、あるいはほとんどはそもそも魔力が無いからだと分かるまでさほど時間はかからなかった。
人は、彼らを同じ人だとは見なさなかった。
確かに同じ姿かたちをしていて、言葉も話す。
しかし圧倒的に人よりも劣っている。そのほとんどは、わずか30年くらいで老いて死んでいった。人ならぬ者、彼らは亜人と呼ばれた。
亜人はどう処遇されたのか。
どうも処遇されなかった。
弱く、少しのことで死んでしまう亜人たちには、奴隷の任さえつとまらなかったのだ。
国々は、彼らが現れた辺境を保護区として、基本放置した。たまにどこぞの放蕩貴族が狩りと称して保護区に入り、亜人たちをなぶりになぶって殺したが、国々は基本的にはさような非道は許さなかった。
別に亜人たちを憐れんだわけではない。
サディズムを放置しておくことで、彼らの国家の精神が歪むことを恐れたのである。
やがて亜人たちは箱庭の中で、自らの国を形成し、ミニチュアの文明ごっこを始めた。人にとってそれは、娯楽のようなものであった。ままごと遊びを見守るような、子供のくせに大人びた口を真似してみせるような、ある種のほほえましさがあったのである。
しかし短命である彼らは素早く世代交代をし、その文明は急速に発展していった。彼らの人口も増えて、保護区の枠内からはみ出すようになってくると、人にとっては微笑ましいだけでは済まない揉め事も多々起こるようになっていった。
時折、人の国々は、調整と称して亜人保護区に兵を向け、人口調整を行ったが、世代を重ねるにつれ、亜人たちは次第に対抗策を確立していった。
魔力の少なさを補う、魔法陣の発明も亜人たちによってなされた。
度重なる調整は、そのたびに、結果として亜人たちを鍛え上げて行った。
ついには、人の国の一つに亜人たちが押し出して、人々が逃れざるを得なくなって初めて、人は亜人たちに恐怖した。
そしてその恐怖の始まりを境にして、亜人たちは人となった。かつての人は魔族と呼ばれるようになった。
この世界の支配者が、人から人へ、旧い人から新しい人へ、長命人から短命人へと変わったからである。
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