第63話 王都制圧
同盟軍のうち最初に王都に入ったのは、南部諸侯が供出した兵を加えて再編成された第13軍団であり、それから間を置かずに北部から南進して来た第11軍団が王都入りした。
それぞれの軍団の司令官は、ギュラー辺境伯爵コンラートと、ヴァーゲンザイル辺境伯爵夫人のザラフィアである。
一度吹き上がった民衆暴動は、直に見境なく暴力と略奪に移行し、入城してきた同盟軍に対しても、抵抗する構えをみせたが、しょせん指導者のいない散発的な暴動である、求心力を維持している組織だった軍の前には、難なく鎮圧された。
コンラートが自身の名と同盟軍の名において、秩序回復の布告を出し、当面、軍政下におかれることを王都住民に布告、夜間の往来の禁止、王都内外の移動の禁止、禁止区域への立ち入り禁止、私戦・私刑の禁止、商業活動の一時停止を打ち出した。
一方で豊富な食料、医薬品等を配給制にして、王都住民の末端にまで行きわたらせるようにしたから、王都住民は落ち着きを取り戻していった。
「王族や貴族たちは、いたのか?」
「王族は見つからなかったわ。拘束した敵兵や官僚の証言で、既に殺害された王族たちは明らかになったけど、残りは、たぶんザイール城ね。見て、このリスト。宮中貴族たちも多数、殺害されるか拘束されているわ」
宮中貴族というのは官僚なのである。同盟軍が拘束した官僚たちは、ケイド親王が北部や西部から連れてきた者が多く、純粋な中央官僚たちはほとんどいなかった。これでよく、王都を運営できていたものだ、とコンラートは思った。
「下級貴族も多いな。だが彼らなど」
言い方は悪いが王都の下級貴族など実態は庶民と同じ、もしくはそれ以下であって、特定の王族への義理や忠誠心など無いに等しい。生活費も十分に与えずに忠誠心を期待するほうがおかしいのである。
さすがに外国や、王家そのものへの反逆者に与することは彼らもしないだろうが、今回の騒乱は王家内部の主導権争いだと見なすことも可能で、彼らにとっては王がアヴェラード家であろうがゾディアック家だろうが、どうでもいいのであった。そもそも、ケイド親王は王太子の地位にあったわけで、その即位が早まるかどうかというだけの話である。
下級貴族などは掌握するのがたやすいはずだ。
カネをばらまいただけでダグウッド家の支持者になった彼らである。カネをばらまけばケイド親王の支持者にするのは容易だったはずだ。
「間違っても、国王や副王に仁義を貫くような人たちじゃないはずだけどね」
コンラートの思いを、ザラフィアが先に口にした。
「わざわざ殺している? わざわざ連れ去っている?」
「見て、コンラート。ゾディアック系は、ほとんど殺されているわね。王族も貴族も。一応は生かされていたのはアヴェラード系だけ」
「ゾディアック家の親王がゾディアック家を滅ぼしたのか?」
「まだ滅んだわけではないわ。エレオノール内親王がいるから」
「彼女もゾディアック家になるのだな」
「そうね。副王は連れ去られたみたいだけど、国王の死が確認されたのは、今になってみればむしろ良かったのかも」
ザラフィアの物言いに、コンラートは、ふっ、と笑った。
「何がおかしいのよ」
「キシリアみたいなことを言うものだと思って。やはり姉妹だな」
「あなただって時々、アンドレイみたいよ? 自覚は無いの?」
「うっ」
謀略や政治の腹の読みあいから距離を置いてきた二人だったが、能力的にそれが出来ないというわけではない。基本的にそういうものが嫌いで、それを引き受けてくれる人が身近にいたから、敢えてやることも無かっただけのことである。
一軍を実際に率いる身になれば、まったく避けてとおるわけにもいかない。
それはともかく、既にエレオノールを担いでいる以上、国王には今更生きていて貰っていては邪魔なのは確かである。もし生きていれば、アンドレイやキシリアならば、軍政のどさくさに紛れて殺害しようとするだろうが、そこまでは思いつきもしないコンラートとザラフィアは、謀略家の真似事をしたところで可愛いものだった。
まだ副王の足取りが分からないので、エレオノールの権威が消去法的に確立したとまでは言えないのだが、副王太子であったロマリエス親王の死も確認されている。
順序で行けばケイド親王の子が即位するというのは、まったく理屈が通らないわけではない。
2週間以内に、エレオノール内親王が王都入りする見込みであった。
おそらく彼女はそこで直ちに女王即位を宣言するだろう。
日がたつにつれて、王都の被害状況も明らかになった。
ケイド親王は、王族や貴族たちには苛烈であったが、民政はそれなりにきちんとしていた。反対派を粛清するために、民衆の中でも膨大な犠牲が出ていたり、緊縮経済のせいで一部には餓死者が出てもいたのだが、民衆弾圧を目的として行動していたわけではない。
王都の物理的な被害のほとんどは、暴動のせいであり、貴族や上級市民数百名が犠牲になっていた。その加害者をどうするのか、という問題がある。
一応は同盟軍に呼応して蜂起した、とみなせなくもない。
同盟軍にとっては有難迷惑であったとしても。
犠牲者のリストを眺めていたコンラートは、目を見開いて、中の一人に赤字で丸をつけて、その紙をザラフィアに押し出した。
受け取ったザラフィアも、紙に目を落とし、「ああ」とくぐもった声を漏らした。
「俺は直接会ったことはないが。君は?」
「ヴァーゲンザイルには頻繁に来ていたから、もちろん何度も会ったことがあるわ。アンドレイはダグウッド銀行の役員だから」
「どうする?」
「どうするって?」
「フェリックスに知らせるか?」
「…どうすればいいのよ…」
もちろんそこに書かれていた名前は、カイ・テオフィロス。調べれば詳細な死亡状況は分かるだろうが、それをしても意味のないことである。
「フェリックスの懐刀よ。フェリックスが平常でいられるとは思わないわ」
「だが、ダグウッドを裏切った男だ。死んでもらっていて、良かったともいえる」
「それは…確かにそうだろうけど、あれはどう見てもフェリックスと談合して…」
「だから死んでおいてもらわなければならなかったわけだろう? レドモンド公爵あたりが必ず突いてくるだろう」
カイはダグウッド家の冢宰まで務めた男だ。
そう簡単に離反するはずがないのである。離反したとすれば、フェリックスの指示があったことは自明で、それはつまりフェリックスが敵に内応していたと言われかねないことであり ― 。
「死人には口はないからな。当人もこうなれば死ぬつもりだったのだろう」
逃げようと思えば逃げられたはず。情報を張り巡らせているダグウッド銀行なのだ。このような死に方をしたと言うことは、カイがわざわざ望んで公衆の面前で自分の死を見せつけて、ダグウッドの敵として死んだということである。
「…フェリックスも覚悟はしているだろう」
「そうでしょうけど。あの子は自分で思っているほどそれほど強くはないわ」
「だが、ダグウッド辺境伯爵家を背負う身だ。強くあらねばならない」
「…こんなことになるのを望んで、ダグウッドの改革をはじめたわけじゃないでしょうに」
「いいとこどりは出来ないさ。神ならぬ身ならばな」
コンラートは同盟軍として、王都において弑逆者および協力者を殺害した暴徒たちを一切処罰しないことを決定し、布告した。それどころか、ギュラー辺境伯爵として恩賞を出すことすらした。
フェリックスの兄であるコンラートが、ダグウッドの敵を殺害した者たちを賞したのである。誰が聞いても嘘八百と分かる「カイがフェリックスを裏切って独自行動を行った」という虚構を強化する行為だった。
外形的そこまで補強しておけば、心証的にはどれほど疑わしくても、確たる証拠もなしにフェリックスとダグウッド財閥を非難出来る者はそうそういないだろう。
そこまでしたうえで、カイの訃報はコンラートからの手紙によって、フェリックスにもたらされた。
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