第61話 虹

 同盟戦争、ケイド戦争、何と呼ぶにしても内戦もそろそろ大詰めだった。しかしここからが、長く続く可能性もあった。

 暴虐な軍が求心力を維持できないのは当然ではあったが、脱落する者たちが脱落してしまえば、ある一定層はむしろ離れられなくなる。残った者たちも裁かれる者であるからだ。


「ここまで、持ち込みはしましたが」

「ここからが難しいよね」


 同盟軍が誇る最終兵器、天雷と水神が丘陵の上に築かれた布陣から眼下を見下ろしながらそう言った。

 目の前には平原と、その先には巨大な要塞、ザイール城がそびえている。


 天雷は、この戦争の前はなにしろ活躍したのが百年単位でむかしのことだったので、歴史に通じた知識人階級には知られていたが、それ以外にはほぼ忘れられていた。

 だが、今や彼を知らぬ者はボーデンブルク王国にはいないと言って良い。

 天雷を駆使する掃討者であり、フェリックス・ダグウッドの一の家臣、マーカンドルフ・ゴールドシュタイン、ダグウッド辺境伯爵家の勲功騎士爵である。

 彼を知る貴族であっても、この戦争前はダグウッド家の宰相、外交官として見知っていたのだが、時に丁々発止をやりあった相手がこのような戦略兵器でもあったということを知って、肝を冷やした者も多い。


 もう一人の水神は、いったい誰なのかは分からなかった。

 声色や服装から言って女性なのは確かだろうが、全面を覆う仮面をつけている。ダグウッド家の者かどうかも分からなかったが、大方はダグウッド家に仕えている者だろうとあたりをつけている。

 さすがにダグウッド辺境伯爵夫人であると見抜いている者はいなかったのだが。


「ここからが、本番よね」


 アビーの言葉にマーカンドルフは頷いた。

 ある意味、魔法はオーパーツである。オーヴァーテクノロジーなのであって、魔法戦になれば一気に戦況がひっくり返る可能性を潜めている。

 マーカンドルフほどの大魔導師になると、一人で千人を殲滅することも可能であるだけに、これは誇張ではない。

 ダグウッドも熱心に魔法使いの発掘に取り組んではいたが、目覚ましい成果はあがっていない。それでも、諸領主の中では、ダグウッドの魔法戦力は、辺境伯爵家一族とマーカンドルフを抜きにしても、圧倒的である。

 ダグウッドよりもはるかに長い期間、はるかに広範囲で、はるかに意識的に魔法戦力の拡充にあたってきたと思われるケイド親王を、侮れる理由は微塵もなかった。


 複数の用兵家が、「ハードウェアが勝敗を決定づけた例は無い」と主張し、「秘密兵器」に期待をかける風潮に警告を発した例があるが、これはそもそも戦争は、ある程度の継戦能力がある者同士の間でしか起こらないからで、圧倒的に文明の差がないのであれば、他の要因を覆すほどの決定力を持つハードウェアも存在しないからである。

 例えば、エポックメイキングな原子爆弾の使用であっても、あれですら制空権があればこそ投下できたわけで、制空権はこつこつと犠牲を払って構築してきた地道な努力の結果得られたものである。


 しかし一方で、戦争が戦闘力と戦闘力のぶつかりあいであり、戦闘力の多寡が勝敗を決するという身もふたもない真理の前においては、新型ハードウェアの投入が、戦局を左右しないとも言い切れないのである。

 まして魔法のように、この世の理から外れていると言えるほどに、規格外の要素であるならばなおさらである。


 もちろんここで仮に弑逆軍は勝利したとしても、戦略上の不利を補うまでには至らないだろう。すでに民衆の大半はケイド親王を見限っているし、その恐怖の支配に戻るのもこりごりだと思っている。

 ガローシュにとってもケイド親王は宿敵であるし、好き嫌いは別にして、あれほど危険な人物に与する可能性はゼロに等しい。援軍は得られない状況である。


 だがそれでも、当面なんとか乗り切って、一年二年、同盟軍の攻勢を退けることは可能だった。下手をすれば五年十年。包囲して放置するには、王都に余りにも近すぎる。そのような爆弾を抱えていては、新体制が崩れかねないのであって、そうなればガローシュの再侵攻もあり得ないとは言い切れなくなる。


 この勢いのまま、なんとしてもザイール城を陥落させる必要があった。

 それは決して容易ではない。


 攻城軍の司令部の方針は、兵で囲んで、攻城機で攻撃する通常の戦術である。マーカンドルフとアビーは、むしろ防衛的に用いられる方針だった。

 敵の魔法攻撃にこちらの魔法攻撃をぶつければ、相殺できる、あるいは軌道をずらすことができる。


 攻城機で攻め立てる中 ― 。


 突然幾筋もの光の帯がザイール城から放たれた。


「くっ」


 マーカンドルフはすぐにその筋に攻撃をあてようとしたが、あたらない。

 ほぼ真上に、光の帯は放たれていたからだった。


「どちらの方向に向かっている!?」


 マーカンドルフが観測していた兵につめよる。


「東部 ― 北東部です!」

「ダグウッド狙いか!」


「あたらないっ!」


 アビーも必死になって光の帯を叩き落そうと、攻撃を放っていたが、向こうの魔力に力押しで寄り切られる圧力を感じていた。


「やめてください! あれが周辺に落ちれば、我々が危うくなります!」


 アビーを止めようとする同盟軍の兵に、マーカンドルフが気をぶつけてはねとばし、マーカンドルフの動きを見た周囲のダグウッド兵がただちにマーカンドルフとアビーに駆け寄って、二人を防御した。


「マーカンドルフ様! 水神様! ダグウッドを守ってください!」


 言われなくてもマーカンドルフもアビーも魔力が尽きるまで攻撃を緩めるつもりは無い。しかしその間も何発も、何十発も、何百発も光の帯 ― 魔導弾は打ち上げられていた。

 そのうちの一発でも、ザイール城を囲んでいる同盟軍中に落ちれば、同盟軍は大損害を被るのだが、なぜだか、目前の脅威をまったく無視しているかのように、ザイール城からは魔導弾が東へ東へと放たれていた。

 その間、ついに城壁の一角が崩れて、同盟軍の兵たちがザイール城内へとなだれ込んだのだった。

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