第55話 武力衝突

 第7軍団は、ダグウッド騎兵からなり、その数5000、これだけの数の騎兵というのはボーデンブルク王国の各領軍でも滅多にない。軍馬一頭さえ購入できず、フェリックスでさえ農耕馬に乗っていた頃から思えば、この軍団だけでも替え馬込みで最低でも7500頭の馬を養っているわけで、ダグウッドの経済成長があればこそこれだけの騎兵を持つことが出来ている。

 いかにダグウッドの繁栄があったとしても、日本の基準に当てはめても70万人都市、一市がこれだけの騎兵を維持できるかと言えばそうそう容易ではないことが理解できるだろう。

 実際にはダグウッド辺境伯爵家の個人資産の投入があればこそ維持できているのであり、ダグウッドにとっても秘蔵戦力である。

 それを最初から投入してきた。


 ヴァーゲンザイル辺境伯爵領は面積が大きいため、機動力確保のために騎兵を維持しているのだが、ダグウッド辺境伯爵領は領域のほとんどが都市部であり、面積はそれほど大きくはない。ダグウッド防衛のためだけであれば、騎兵はさほど必要ではないのだ。

 これは言わば空母と同じ扱いであって、最初から外征のための戦力である。外征と言ってもフェリックスにはボーデンブルク王国方面に向かっての領土拡張の野心、意志はないから、北東部全域を防衛するための外征である。

 そういう意味では、戦力目的から言ってもこの同盟戦争において、同盟防衛のためにいち早く投入するのは目的に適っていると言えた。


 騎兵は歩兵と違って、養成に時間がかかる。あぶみがないせいで、乗りこなすだけでも特殊な技量が必要になるのだ。

 自軍の利益だけを考慮すれば、あぶみを導入して不利益はない。しかし当然、それは模倣されるだろう。そうなれば軍事革命が起き、戦争の規模は一段階先に進むことになる。

 フェリックスはあぶみの導入を見送っていたので、騎兵を編成するには騎兵騎士をかき集める必要があった。騎兵騎士などは広い意味で貴族からしか募れない。幼いうちから馬に乗っているのは貴族だからだ。

 ダグウッドの騎兵騎士はボーデンブルク王国全土から、西部や北部の諸侯の従士の次男三男、名誉騎士爵家の余りっ子たちで編成されていた。

 彼らは実家の父兄たちと戦場で相対する可能性がある。しかし、自分たちを拾い上げて、地位を与え、そのうちの何人かには騎士爵を叙してさえいたフェリックスへの忠誠は絶大なものがある。彼らもまた、ダグウッド市民なのだ。


「中央陣において敵前衛と接触したようです」


 副軍団長の任にあるカレウス・ミーケレスが、軍団長のエイル・ファンネクスにそう報告した。


「うむ、予想通りか」


 エイルは、6年前からダグウッド騎兵を統括する地位にある。ダグウッド軍制における地位は、将格であり、軍制にあっては帥格であるルーク・ベルンシュタインのすぐ下になる。

 ちなみにダグウッド軍制の階級は上から順に、帥格、将格、准将格、佐格、准佐格、尉格、准尉格、曹格、准曹格、上兵長、上兵、下兵となっている。アグネスは将格であり、オルテイ、リューネは准将格である。

 騎兵は専門職でもあることから、騎兵騎士は最下級でも尉格である。それだけ給与もいい。


「全軍、進め!」


 他家の騎兵からなる第6軍もまた前進を開始しているはずである。

 同盟軍2万8000人、弑逆軍5万1000人。

 ケーニヒスベルクの戦いは、戦闘開始から、両軍の数と数がぶつかりあう死闘となった。

 中央部から北東部へと続くエンゲルス街道は、北東部に入ったあたりから、メルボルン山地、ジカーノ山地に阻まれ、ちょうど扇状地のように奥へ行くにつれて間口が狭くなっている。

 扇状地上であるから、同盟軍は地理的な高さを確保することが出来、数の上での劣勢をはねのける可能性があった。

 敵軍はそのままあたれば、同盟軍主力が布陣した中央部が次第に後退するのに合わせて、横に拡がった陣形が狭まっていくのである。

 そこを騎兵が後方へ回り込めば、包囲殲滅陣形が完成する。

 この作戦が目論見通りにいくためには、中央部が敵の猛攻にどれだけ耐えられるかにかかっている。上手くいかなければ分断され、各個撃破されかねない。

 そのため、中央陣を受け持つ第1軍には、前線地域諸侯の領軍が配されていた。後背の同盟領の地域ではすでに住民避難は完了していたが、畑や家屋が焼き払われれば莫大な損害が発生する。

 故郷を戦場にするわけにはいかない第1軍は鉄壁の防御を固め踏みとどまることが期待され、猛攻に耐えに耐えた。


「よし、十分に時間は稼げた。第1軍はよくやってくれた」


 エイルは馬を駆けさせながらそう言う。ここからは包囲戦、騎兵の腕の見せ所、のはずだった。

 突如、複数の筋が、弑逆軍の中から放たれた。百、千、幾万もの魔法攻撃の筋である。


「あれは!」


 弑逆軍魔法部隊による一斉攻撃だった。

 もちろん魔法部隊が存在していることは同盟諸侯は承知している。それがいかほどの戦力なのか、諜報を展開して掴んでいたはずだった。

 そのための、魔導装甲なども十分に行きわたらせてある。魔道具大量生産のノウハウは、同盟しか所有していないはずだった。


 だが、その魔法攻撃は予想をはるかに超えていた。少なく見積もっても予想の10倍、下手すれば100倍の攻撃力を備えていた。


 エイルは信じられない思いでその光を見ていた。美しかった。

 それが自らに襲いかかる刃だと知らなければ見とれているほどに美しかった。


 魔法使いはほとんど才能がすべてなのである。

 騎兵が容易に補充の利かないエキスパートだとしても、時間と費用と手間暇をかければ、養成することは可能だ。しかし魔法使いはすべて、遺伝によって決定される。

 魔法使い「である」か「でない」か、二つに一つなのであって、中間はない。

 教育を義務化し、才能の発掘に熱心にとりくんでいるダグウッドでさえ、領主家とマーカンドルフを除けば、確保できている魔法使いは十数名に過ぎない。しかもそのうち半分以上は他家からの引き抜きである。

 何人の魔法使いが敵軍にいるのか。

 百人、二百人ではきかない数だろう。

 しかし二百人程度であれば十分に予想の範囲内だった。同盟軍は対処できるだけの備えをしていたのである。

 問題は、繰り出される魔法の規模が、ガローシュとの戦争でも報告されたことのない、絶大な規模であった、ということである。


 わずか数分のうちに同盟軍主力は瓦解した。


「エイル様! お味方中央部、崩壊したようです! このままでは我々が逆に包囲されかねません!」


 副官のカレウスに、エイルはみなまで言わせなかった。


「このまま全速前進! 敵中突破し、北部へと回り込む!」


 右翼を分担したダグウッド騎兵はそのまま敵の襲撃を食い破り、北部へと回り込み、北部からのティベリウス街道を抜けて、同盟領奥への帰還に成功した。残存兵力は4100騎である。

 一方で中央部と左翼は瓦解した。彼らのうち逃走に成功したのは、2400人に過ぎない。


 同盟軍の敗北であった。

 

 

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