第45話 フラミウス同盟

 北東部諸侯同盟は非公式同盟なので、大々的な成立記念式典が開かれたわけではない。ただ、もちろん情勢を見ている者たちには、明らかに北東部諸侯がまとまりをもって動いていることは分かるわけである。

 ダグウッドほどではないにしても、ヴァーゲンザイルの町も大きく発展している。歴史がある街だから、瀟洒な建物も多く、円形に区画された街並みは、北東の王都と呼ばれるほど美しい。以前から他領の者がここに居を構えることはしばしばあったのだが、同盟成立後は、同盟諸侯らがここに別宅を構えるようになっている。

 事実上の大使館である。

 北東部のみならず、東部諸侯も一人二人とこれに加わる動きがあったが、ある一定の閾値を超えると、文字通りなだれをうってという形で、東部諸侯のほぼすべてがこの同盟に合流することになった。

 あくまで秘密同盟なので、公式な名称はないが、それまで非公式ながら通用していた北東部諸侯同盟では都合が悪くなったため、非公式の通称にしても、別のものが求められるようになった。

 (北東部も東部には違いないと言う意味で)東部同盟、(東を示す色と花樹から)青桜同盟、という言い方もあったが、やがてはその成員たちからも、その敵からも、フラミウス同盟と呼ばれるようになった。

 同盟中核のヴァーゲンザイル三兄弟はいずれもフラミウス氏族であり、東部にはフラミウス氏族諸侯が多いことから、この名に落ち着いたものである。

 フラミウス同盟と呼ぶとは、これではまるでヴァーゲンザイル三兄弟のための餞別興行みたいなものではないかと、もっともな不満を口にする向きもあったのだが、ヴァーゲンザイル三兄弟を抜きにして同盟はあり得ないのは事実であり、もっとあからさまにヴァーゲンザイル同盟と呼ぶ向きもあったので、それに比べればまだマシな案として呑むしかなかった。

 もっとも、盟主たるアンドレイがこれに言及する時は必ず、「友人たちである北東部・東部諸侯」と言う言い方をして、フラミウス同盟と呼ぶことは無かった。


 ヴァーゲンザイル三兄弟が台頭する以前、北東部の雄と言えば二公爵二辺境伯爵であり、うち、ビーコンスフィールド辺境伯爵家は複雑な事情があって四家に分裂した結果、二伯爵家と二准男爵家に分かれ、権門としての役目を終えた。

 ブランデンブルク公爵家、レドモンド公爵家、ベイベル辺境伯爵家からは、ヴァーゲンザイルに、ヴァーゲンザイル別邸管理人、つまり連絡役兼大使が置かれている。東部からも同じく、リュクサンブール公爵家、バーガンティ公爵家、ドレ辺境伯爵家の大使が派遣されていた。

 ボーデンブルクは厳密にいえば多民族国家であって、北部と北東部がノルディック系の人種であり、西部と中央部がロタール系の人種である。南部と東部はガローシュ系であって、南部東部には、ガローシュとボーデンブルク両国にまたがる一族がまま見られる。民族的にガローシュ系と言って、ガローシュ王国に加担することはほとんどなく、ボーデンブルクのガローシュ系諸侯はガローシュ王国の支配を逃れてきた者たちの子孫なので、反ガローシュの姿勢が他の貴族たちよりは強い。

 ただ、両国にまたがって一族が広がっているということは、何かコンタクトの必要がある時には仲介者になりやすいということであって、ガローシュ王国からの密使もドレ辺境伯爵が仲介した。

 フラミウス同盟は反ケイド親王派ではあるが、敵国ガローシュに通じているわけではない。密使に会うこと自体、憶測を招き、同盟の結束を揺るがしかねないが、それを防ぐには、有力諸侯の代表者らも立ち会わせることである。

 ガローシュ側の要求は単純で、ケイド親王勢力の挟撃に応じてくれれば、フラミウス同盟領の独立を認める、というものであった。その地で、ボーデンブルク王国を続けていくならばそれでもいいと。

 それは逆に言えば、西部、南部、北部、中央部はガローシュの版図に組み込まれるということである。

 アンドレイの意思としても、出席者の一致した意見としても、

「話になりませんね」

 ということで退けられたのだが、こういうことでもいちいち手続きを踏んで、周知徹底させて、疑心暗鬼を生まないようにしなければならないのである。

 いくらなんでも手前味噌すぎる提案であり、ガローシュ側が本気で密約の成立を望んでいたとは思えない。

 万が一、本当に密約が成立するならばそれでもよし。

 しなくても、フラミウス同盟の盟主はひそかに敵国に通じてるのではないかと同盟諸侯に猜疑を抱かせれば成功なのである。

 一度はガローシュ軍の侵攻を退けたケイド親王だが、王族たちは姿を現さず、国内は内戦含みであり、第二次の侵攻戦では、ケイド親王軍を降すことは容易である、とガローシュ王国は見ているようである。

 同盟が反ケイド親王派である以上、ケイド親王軍に加勢することは無いだろうし、ガローシュ軍に協力してくれなくても動かないでいてくれるだけで十分なのだ。むしろ、戦後処理を睨んで、フラミウス同盟に発言権を与えたくないとの思惑が透けて見える。

 その時を見据えて、さっそく、ガローシュが同盟の弱体化に着手したのである。自国が激しく嫌悪されている事情を知ったうえで、それを逆手に取り、アンドレイに接近することで同盟内での声望を落とす。

 さすがに古くからの大国はやることがえげつない。


 内戦は正統性の問題だが、侵略からの防衛戦は有無を言わさずに正義である。

 正義と言うのは飾りではない。利害関係の異なる多くの人を拘束する鎖なのである。だから、正義イデオロギーの上で優位に立つと言うことは政略上極めて重要であって、王族を確保できていないフラミウス同盟には、現時点でこの思想上の優位が欠けている。王族を確保することさえ出来れば、その者を担保として、ケイド親王を弑逆者と非難することが出来るのだが、極めて逆説的な状況ながら、もしケイド親王が敵対的な王族すべてを殺害したならば、王族はケイド親王しかいなくなるのだから、弑逆者云々という批判が無効化される。

 ボーデンブルクの王族はただの王族ではない。超古代から、伝説上は連綿と続く神官君主の末裔であり、宗教的な権威を帯びている。

 現時点では正統性に欠けるため、同盟がケイド親王を攻撃することはできない。だが、ガローシュ軍がケイド親王軍を破り、ケイド親王を殺害せしめたうえでならば、遠慮なく国土回復戦争レコンキスタを遂行できるのである。もしその時点で王族を確保できれば「復興ボーデンブルク王国」とすればいいし、出来なければ諸侯らによる寡頭共和制としてもよい。貴族共和政治の実例はアドリアナ共和国が前例としてある。

 フラミウス同盟諸侯は自らの領地を戦場にする気はさらさらないが、ボーデンブルク王国領であっても他家の領地ならばいくらでも戦神の饗宴に差し出すだろう。反ガローシュ抵抗運動レジスタンスの中核として、フラミウス同盟が存在する限り、ボーデンブルク全土でガローシュ軍政への抵抗運動を引き起こすことは容易である。

 つまり、現状では、フラミウス同盟にとって一番望ましいシナリオは、王族を確保したうえでケイド親王派を排除し、正統ボーデンブルク政府を復興して、ガローシュ王国と対峙してこれを破ることである。

 次善の策としては、ケイド親王派排除のためにガローシュ軍を国内に引き入れ、ケイド親王が排除された時点で、ガローシュに徹底抗戦して国土回復をなすことである。

 要は、王族を確保できない限り、様子見、ということである。

 ただの様子見ではない。同盟に亀裂を入れさせないよう、結束を維持したうえでの様子見である。

 ケイド親王派とガローシュ王国は直接戦闘行為を行っているのだから、互いを放置するわけにはいかない。もし可能であれば、両勢力とも先に同盟を叩き潰したいところだろうが、そうなれば同盟は「祖国防衛戦」の名目でケイド親王派と手を結び、「正統政府回復」の名目でガローシュ王国と手を結び得るだろう。


 西部戦線は膠着しているが、いずれ再度の衝突は必至である。

 日に日にその緊張は高まっていた。

 

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