第30話 業火の魔導師

 そこにいたのは土竜つちりゅうであり、ヨロイ竜であった。装甲が鉄化していて、ルークたちの攻撃が通らない。土中に籠っていたところ、道を通すために崖地が切り崩されて露出してしまったものらしい。

 接触してしまえば「いや、手違いでした」では済まない。土竜は怒りまくる。その巨体に跳ね飛ばされ、領軍のケガ人が積み上げられていた。

 結局、人海戦術は通用しない相手であるということで、ルーク、マルテイ、リューネが波状攻撃をしかけつつ、土竜の気をそらしている。


「死人は!?」

「さいわい、出ていませんが…攻撃の決め手を欠いています」


 駆けつけたフェリックスに、マーカンドルフが返答する。マーカンドルフは得意の雷魔法を放ったのだが ― 。どうも相手が悪かったようで、土竜の外骨格装甲が、避雷針の役目を果たしてしまえば、マーカンドルフはまったくの無力である。


「マーカンドルフは戻って、アビーの補佐をしてくれ。宰相がいないとどうにもならないよ」

「しかし ― 分かりました。のですね?」


 フェリックスは頷いた。近づくにつれ、魔物の気のようなものをフェリックスは感じ取れる。悲壮な覚悟で領主館を出たが、今は余裕すら感じている。確かに超大型の、侮れない魔物ではあるが。

 マーカンドルフは急いで川沿いに結界陣を張ると、そのまま西岸へと向かった。フェリックスが出張ってきたからには、万に一つもこの魔物を取り逃がすことはあり得ないことをマーカンドルフは知っている。

 出来ればそうなる前に決着をつけたかった。人数分の隷従の首輪を作るまで、マーカンドルフは数日は徹夜をしなければならないだろう。短眠に慣れているマーカンドルフでも、徹夜の連続は辛い。


「ルーク!」


 フェリックスは声をかけ、ルークたちを一端引かせる。

 ルークはただちに了解して、パンタナール大橋を封鎖するようにして、ルークは回り込んだ。両斧の向けられている先には、魔物ではなく領軍の兵たちがいる。


 怒り狂っている土竜は構わずフェリックスを襲おうとしたが。

 たちまち、フェリックスが起こした火災旋風に包まれる。


「ぐぎゃお!!!」


 装甲を伝っても伝わる高熱に、土竜は苦しみのたうちまわった。

 フェリックスがポケットから取り出したのは小麦粉である。小麦粉を掴み、それを土竜にぶつけると ― 。

 粉塵爆発によって土竜の装甲が強引にはがされていく。


「すごい…」


 兵たちは呆気に取られて彼らの領主を見つめていた。これから自分たちを襲う気の毒な運命をまだ知らない。


「…ヤメテ…」

「!?」

「…コウサン…ユルシテ…」


 降参の意を伝えるためか、満身創痍になった土竜はあおむけに腹を見せた。


「おまえ、ボーデンブルク語を話せるの?」

「ワカル…デモ…ハナスノニガテ…」


 言葉を理解する知性があるとしても、発声器官がなければ話すことはできない。土竜は土竜なりに努力して言葉を発していたが、魔導師レヴェルの魔法使いでなければ、魔力がほんのり乗せられたその音を言葉として理解は出来なかっただろう。

 傍から見ればフェリックスがまるで従魔師テイマーのように見えただろう。


 フェリックスに許してもらわなければそのまま死であるから、土竜も懸命に事情を説明した。

 地下の鉱石、ベリドットを主食にしている土竜は、地下伝いに案外どこにでも行くそうである。人家の近くで、気まぐれに人の生活を感じながら数十年を潰すこともあったとのことで、言葉はそういう際に覚えたとのこと。

 ダグウッド東岸の地下にはベリドットに加えて、非常に美味なガーネットも含まれているため、ここ数百年は本拠地にしているとのこと。この周囲に魔物が少ないのは土竜の威を畏れてであり、にもかかわらず地表が騒がしいのでどういうことかと上に上がってきたら、ルークたちと戦闘になった、ということだった。


 話のつじつまは合う。

 だとすれば、これがいなくなったら有象無象の魔物が押し寄せて、面倒なことになるのではないか、とフェリックスは思った。数千、数万の蚊を追い払うよりも一頭の狂犬を始末する方がよほど楽である。


「おまえ、満身創痍だけど、大丈夫なのか?」

「ミノガシテクレタラ…シバラクシタラ…ナオル」

「ふーん。おまえの魔力を覚えたから、追っていこうと思えばどこまでも追っていけるんだけど」

「…」

「見逃してもいいけど、この辺から離れられたら困るんだよね。この辺から離れない、そして地表には出てこない、地表の人間を襲わない、約束できるなら見逃してもいいよ?」

「ヤクソクスル…ミノガシテクレヨウ」

「じゃ、そういうことで。いい子はお兄さんと約束だぞっ!」

「オニイサンジャナクテ、モウ、オッサン」

「なんだとぉー!!!」


 土竜はするすると地中に潜っていった。


「さて…」


 ここからが問題である。

 領軍の兵の中には神のようにフェリックスを崇めている者もいれば、恐怖で失禁している者もいる。


「君たちはダグウッド家の最高機密に触れてしまったわけだ」


 フェリックスがそう言えば、気づきの早い兵は、はっとして、


「黙ってます! 絶対口外しませんっ!」


 と叫んだ。


「どう思う? ルーク?」

「定石から言えば皆殺しでしょうね。何しろ手っ取り早い」

「そんなぁー、指揮官殿! 俺たちはあなたの部下ですよぉー!」

「すまんな。俺は殿の部下なんでな。おまえたちを殺すのはしのびないが、殿のためならば、この斧、すみやかにおまえたちに対して振るうことに何の躊躇もない」


 ルークは兵たちに襲い掛かる構えを見せる。


「ひぃい!!!」

「まあまあ、ルーク。そうだなあ、隷従の首輪を受け入れてくれるなら、まあ、見逃してもいいんだけど」

「受け入れます! 受け入れます!」


 隷従の首輪は当人が自由意思で以て受け入れなければ効果が無い。


「ま、準備が整うまでは一か月くらいかな? ちょうどいいからその間、開拓に従事してもらおうかね。ちょうどあの辺、そうそう、あの辺ね、ダグウッド城を築くつもりだから、整地よろしくね」


 かくして大災厄級の魔物の襲撃は未然に防がれたのであった。


「てか、領主様ひとりいれば領軍おれたち、必要ないんじゃね?」

「領主様はお力を隠したいようだし、魔物相手ならともかく人間相手なら、あのお力なら殺すか戦わないかの二択でしょ。小回りが利かなさそうではある」

「あの力があったから魔域かも知れない未開拓地の入植とか、無茶なことも思いついたんだろうな」

「ドラゴンもあっという間に片づけちゃったもんね。マーカンドルフ卿もすごかったけど」

「ルーク様も含めて過剰戦力だよなあ」


 一か月の間、ひいひい言いながら開拓に励む領軍兵であった。

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