第28話 一族集結
二匹の子猫ホテルがオープンしてからしばらくしてから、別の大規模ホテルの建設が始まり、これは新移住者のロメスと言う者による純民間のホテルだったのだが、マーカンドルフが調べたところ、ゾディアック王家に近い宮中貴族から資金が出ていることを掴んだ。
山の手ホテルというそのホテルは、多くの従業員が王都から送り込まれていて、いかにも怪しげではあったが、大規模ホテルが複数存在するのはダグウッドにとっても良いことではある。ある客が何らかの粗相をして、出入り禁止したいところだが、他に宿泊先もなければその措置も取りづらいという時、系列の違うホテルがあれば遠慮なくそちらに押し付けられるからだ。
それに今のところはやむを得ず、准男爵家が主導して開発や運営を行っているが、将来的には民業主体にもっていきたいところである。そういうわけで、領主令を発令して、ダグウッドではモンテネグロ人差別はいけませんよ、ということだけを呑ませて、山の手ホテルの開業を認めたのだが、たぶん、王都勢力のある種の大使館、諜報、調査の拠点になるのだろう。
その山の手ホテルにも全面協力してもらわなければならないセレモニーが、マックスの披露目の儀である。
披露目の儀は、すべての子が同じ扱いを受けるわけではない。
三男のフェリックスなどは、一族会議の時にちゃっちゃと済まされて、ギュラーの祖父母が出席したくらいだったが、嫡男については、貴族社会の「確かにご嫡男ですな」という承認を受ける意味もあって、幅広く招待される。
勲功騎士爵で領主という家がそれほどないので比較材料は少ないのだが、フェリックスの本来の身分から言えば、兄たちと姉たちは来てくれるだろう、くらいで済むはずなのだが、礼儀として多少のつながりがある貴族たちに招待状を事前に送ったところそのほとんどが出席に応じてしまったのだった。事実上の視察である。
ブランデンブルク公爵、ベイベル辺境伯爵も来るし、往復二ケ月をかけて、こちらはアヴェラード王家に近いファゴッツ侯爵も来臨してくれるという。先日の東岸領有については尽力してくれた人だ。むろん、無料ではない。大量の蒸留酒を納品した。
ダグウッドは期せずして物資の集積拠点になり、比較的安価で各地の物産が手に入れられるようになりつつある。大商人らも次々と商館を建造中であった。
これらの人々を収納するには宿泊施設がいくらあっても足りない。
こういうことは出来るだけしたくなかったのだが、やむを得ず、フェリックスは披露目の儀の期間中、二匹の子猫ホテルを貸し切り、更に山の手ホテルについても実質同様の対応をとってもらった。平民は追い出された形になるが、旧住民に頼んで臨時の民泊をもうけて、なんとか乗り切るてはずをととのえた。
旧住民たちにとってはダグウッドの名にかけての「おおいくさ」も同然である。お祝い気分の中でも、どこか目線が血走っていた。
宿泊施設の件に限らず、建物が突貫工事なら、サービス業に従事する人たちも昨日今日なったばかりの素人であったが、その不備を補っていたのは、旧住民らの、「フェリックス様に恥をかかせてなるものか」という熱い思いである。従業員の質は保てているだろうかと経営者が心配するのは当然だが、ダグウッドでは旧住民が自ら向上心をもってチェックするので、何もかもきゅうごしらえながら、驚くほどの質を確保していた。
学芸尚書ゼーヴェルトは、年長の子供たちを即席ガイドに仕立てて、案内を求める貴族たちから小遣い銭をしぼりとれ、と檄を飛ばしていたが、求めに応じて何一つ隠し立てすることなく見せよ、とのフェリックスの指示だった。
蒸留酒の製造などは誰もが見たがるはずだが、視察したい者には隠すことなく見せろとフェリックスは言った。
そもそもそれが、経済で世を救うというフェリックスの大目的にかなうことであったし、湿地を欠いている他の土地ではたやすく真似は出来ないことも分かっていたからである。
それに ― 。
因習が取り払われ、自由な発想を奨励する領主の下に、各地の人々が集まった。新しい産業は五月雨式に立ち上がろうとしていた。
財務総監ガマの下で、ダグウッド銀行も運用を開始し、新しい産業の開拓者への資金援助も始まりつつある。むろん、ただ貸し付けるだけではなく、株式会社化を促し、会社のかなりの割合をダグウッド家が所有するのも場合によっては条件としている。
ヴァンダービルというある若者が持ち込んだ「鉄道」を作る、という企画については、フェリックスは身もだえするほど歓喜した。鉄道と言っても、鉄道馬車なのだが、実はおいおいフェリックスも導入を考えていた事業であり、そういう発想が、この世界の一般人の中から示されたということがとてつもなく貴重なことだと思ったのだった。
ヴァンダービルは人の手配から自分でしたいようだったから、貸付金は必要な分全額、ただし株式会社化してうち49%をダグウッド家が握るというところまでお膳立てして、しばらくはヴァンダービルのお手並み拝見である。
ともあれ、披露目の儀である。
披露目の儀の五日前に、ヴァーゲンザイル伯爵夫妻、ギュラー伯爵夫妻、マダム・ローレイ、そして無論、アビーとマックスもダグウッド入りした。彼らは身内として、ホスト側に立つからである。
まあ、こういう機会も身内のつながりにはいい機会だからと言うことで、ヴァーゲンザイル伯爵家の子のロレックスとセイラムの兄妹、ギュラー伯爵家の子のエルキュールとジュノーの兄妹も連れてこられていた。
ギュラー伯爵家からは膨大な数の調度品が持ち込まれる。
「キシリア、これはいったいどういうつもりだね?」
「あら、アンドレイ、お久しぶりね。どうもこうも、可愛い甥御の披露目の儀だもの。アビーの実家のうちがこれくらいするのは当たり前じゃなくて?」
「しかしうちのロレックスの時にはそんなことをしなかったじゃないか」
「あら、うちのエルキュールの披露目の時にはしてくださってもよろしかったのよ? 嫡男の祝いは母方の実家が主導するのが世の習いだもの。うちの場合はコンラートが婿入りしたわけだから、ヴァーゲンザイル伯爵家が気遣っていただいてもよろしかったのだけどね」
「ザラフィアにとってもギュラーは実家だろう? 扱いに差がありすぎではないか?」
「ごらんなさいよ、この急普請。建物は作っても家具調度にまでは手が回っていないのは子供でも分かりそうなものじゃないの。本当そういうところ、アンドレイは気が利かないのよね」
「むむ」
「ザラフィアもあんまりそういうの気にする子じゃないし。まあでもいいのよ、これはうちの仕事だから。ザラフィアの時は遠慮したのよ。だってヴァーゲンザイルにはくさるほど家具調度はあるじゃないの。余計なのを持ち込んでせっかくコーディネートされてるのに、それを壊すことはないでしょ? でもダグウッドは、フェリックスとアビーが一代で作った家だしね。
マックスはギュラーの家具に囲まれて、ギュラーの美意識に囲まれて、ギュラーの外孫としてすこやかに育つんだわ。おほほほ」
「うぬぬぬぬ。フェリックス!!!!! ヴァーゲンザイル城に来て絵でも家具でも好きなだけ持っていけ!」
「やめてよ、アンドレイ。フェリックスに無茶を言わないで。見てごらんなさい、ギュラー家の洗練された趣味を。美しいでしょ。ヴァーゲンザイル城の調度なんて、ただおカネがかかっていますってだけで武骨じゃないのよ。あんなの回りにあったらアビーだって落ち着かないわ。マックスはせっかくギュラーの血筋なんだから、洗練された美意識を育てていかないといけないんだから」
両伯爵家当主を後目に、マダム・ローレイは一番下の孫にめろめろだった。
「あらー見て、この灰色の瞳。亜麻色の髪にはえるわねー。アビーに似てよかったわね」
「それはどういう意味ですか、母上?」
「フェリックスもアビーもあんなにおちびちゃんだったのに、なんだか不思議だわ」
「ねえねえ、おばあちゃん! お話して!」
とロレックスがまとわりつく。
こう見えて、マダム・ローレイは孫には甘いおばあちゃんである。
「はいはい、あとでね、おばあちゃん、フェリックスおじちゃんとアビーおばちゃんに少しお話があるからね」
「きっとだよー!」
「さ、フェリックス、アビー、書斎に行って少しお話しましょう」
「? なんの話ですか?」
「すぐそこなんだから行けば分かるわよ、フェリックス。アビー、ご足労をかけるけど」
「はい、ご一緒します」
書斎に入って、誰にも聞かれていないのを確認してから、マダム・ローレイは口を開いた。
「あの腕輪はマーカンドルフが作ったの?」
「マックスの腕輪ですか? ああ、お守りみたいなやつだと、マーカンドルフが。案外あれで信心深いんで」
「…今まで黙っていてごめんなさい。私も、死んだ兄も、あなたたちが魔法使いだってことは知っているの」
「「!」」
「母親だから。あなたたちを、死んだ母に任せたのは ― そういうことよ」
「母上は ― アイリスおばあさまが魔法使いだったことも知っていたんですか?」
マダム・ローレイは頷いた。
「あの、私のお父さんも気づいていた、んですね」
「兄は ― 魔法使いに育てられたから気づいたんでしょうね。周囲にはマーカンドルフもいたし。伯爵として悩んだと思うわ。あなたを手放すべきではない ― 一方で父親としては。私も兄も貴族失格ね。親であることを捨てきれなかった」
「そうだったんですね…」
涙ぐむアビーの背にフェリックスは腕を回した。
「マックスもそうなんでしょ?」
フェリックスはうなづいた。
「孫を初めてみるたびに怖くてね。この子は魔法使いなんじゃないかって。私には分かるのよ。私は魔法使いではないけど、母の娘だから、たぶん影響があるんだと思う」
「僕の考えでは母上も魔法使いですよ。ただ、たぶん特殊な魔法なんです。直感で人物のことをある程度見抜くという」
「そう、なのね。フェリックスが言うならきっとそうなんでしょう。魔法使いは飼い殺しにされて、あんまりいい人生を送れないわ。でもマックスは人を使う立場だから。でも、それならなおのこと…」
「このことは、アンドレイ兄上にも黙っていてください」
「もちろんそうするわ。マーカンドルフは…」
「マーカンドルフは命ある限り、マックスの側にいてくれるそうです。彼は経験豊富な魔法使いですから」
「そうね、あの人がついていてくれるなら安心、かしら。マックスのこと、守ってあげてね?」
母の言葉に、フェリックスとアビーはうなづくのだった。
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