第25話 ヤーンの日々

 十二月が三十日を過ぎて、三十一日から三十五日まで、年によっては三十六日まで、その数日はヤーンの日々と呼ばれる。

 この世界の宗教は多神教で、自然崇拝もあれば祖先崇拝もあり、怨霊信仰もあれば英雄信仰もあるという、雑多なもので、聖神教と呼ばれているが、日本の神道のようなものだと考えれば話は早い。

 教義などあって無いようなものだが、どの系統の信仰でも、ヤーンの日々は聖なる期間であり、宗教行事が目白押しになる。

 ダグウッド村には合計三十五の神社と祠があるのだが、貧しい僻地であったので、専任の神官は常在していない。一番大きな、中心になる神社は、マクセンティウス神社なのだが、これは氏族神で、アインドルフ家の氏族がマクセンティウス氏族だった。ヴァーゲンザイル家はフラミウス氏族なので、これは少々都合が悪い。

 三十五の神社の中には、祠の形であるが、フラミウス神社があり、フェリックスはここを氏神として遇している。フェリックスの子孫が続くのであれば、いずれはその祠を大きな神社に改修するだろう。フラミウス氏族の初代は有名な将軍で、謀略にかかって非常に残忍な殺され方をした。だから怨霊神でもあって、軍神でもある。

 神官がいないのであれば村の神事は領主や代官が行うのだが、この村は長らくアイリス・ギュラー個人の個人資産だったということもあって、その辺がやや蔑ろにされていた。集落ごとに、細々と神事が行われていた。

 フェリックスが領主になってからは、神事もフェリックスの管轄すべきことになったのだが、例えば聖火を守っての不寝番をするとか、勘弁してもらいたいのが本音であった。

 前の人生の時もそうだったが、異世界転生という驚異を経てもなお、フェリックスは基本的には無神論者である。神の沈黙、という現実をどうしても納得できないからだ。

 若い人たちはともかく、老人たちはフェリックスがあからさまに神事に乗り気でないのを見て悲し気であったのだが、昨年の半ば、フェリックスはひらめいて、神事を老人たちに丸投げすることにした。

 つまり神社の保全や祠の修繕から、細々とした神事や冠婚葬祭の仕切りまで、55歳以上の老人の仕事、としたのである。もちろん経費は領主であるフェリックス負担である。

 55歳以上の老人は6名いるのだが(マーカンドルフとルークを除いて)、彼らは神事担当の役人として月々の給金を貰っている。ようは老齢年金を導入したのである。ただカネを与えるだけではなく、神事と言う生き甲斐を与えることで老人たちも誇りをもって生きられるし、若い人たちも自然と老人を敬うようになる。

 そしてフェリックスは好きでもない神事から解放される。カネさえ手配出来ればいいことづくめであり、そしてフェリックスの手元にはかなり潤沢な資金がある。

 老人たちはやる気を出して、廃れていた古儀式を復活させたりして、今年のヤーンの日々は他領に劣らぬほど、相当に聖なる雰囲気をかもしだせるようになっていた。

 神は信じないフェリックスだったが、結局、宗教という鼎が存在しない人類共同体は存在していないのだから、何かしら超自然的なものを畏れ、驕慢を戒め、救いを求めて癒されるというのは、人類社会のありようとして必要な機能なのだろうとも思う。

 外側だけが厳かで、内実はほとんどない聖神教は、狂信に陥ることも少なく、ちょうどいい宗教なのかも知れない。


 十二月三十三日は、実はフェリックスの誕生日であった。

 正月やクリスマス生まれと同じく、無視されがちな誕生日である。フェリックスは腐っても貴族であり、貴族にとって家族の誕生日を祝うことは、体面の問題であるから、まるっきり無視されたわけではないが、そもそもヤーンの日々は奉公人にとっては年に一度の大型連休の時期であり、人がまばらになったヴァーゲンザイル城では、ヤーンの日々に紛れてやっつけ仕事で済まされた感がなくもない。

 そしてそれはダグウッド村に来てからでも基本は同じだった。


「フェリックス誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう。女中たちに休暇を出したのにやけにごちそうだね。ひょっとして誕生日パーティをしてくれるの?」

「そうだよ。フェリックスは神事で忙しかったりしたからね。ゆっくりお祝いも出来なかったけど、今年はちゃんとやろうと思って」

「「「おめでとうございます」」」


 出席者はフェリックスとアビー以外は、いつもの面々、マーカンドルフとガマ、ルークであった。悲しいかな、フェリックス&アビー夫妻以外は一人も既婚者がいない。

 ガマの商会もヤーンの日々の間は休業中である。二匹の子猫ホテルは年中無休にする予定だけども、今年は無理をすることはない。アグネスたちは探索に赴いているし、ルークを領主館で引き取れば、従業員全員が休める。

 五人分の食事を三度三度作るマーカンドルフは大変だが、そこはプロの執事。豪勢に見えて、鍋料理など手を抜く方法は熟知している。それに掃除洗濯はロンド夫人がまとめてやり終えていたので、彼女が休暇を終えるまでは別に何もしなくても構わないのであった。


 プレゼントは、おカネのかからない手作りでされることが多い。歌がうまい者は歌を歌ったり、文才がある者は詩を贈ることもよくあることだ。

 パーティはともかく、プレゼントについては、二人の兄、二人の義姉、そして母親もきちんきちんと送ってくれる。こちらはそれなりに値段のかかったものであることが多いのだが、ヤーンの日々の期間中は交通も止まっているので、届くのは年明けになるだろう。

 アビーからは手編みの手袋、ただし指先部分が無い。夜遅くまで書類仕事をする時に使ってほしいとのことだった。

 マーカンドルフからは木掘りの守り神像。マーカンドルフはこれで意外と信心深いので、おまもりとして持っていて欲しいとのこと。

 ガマからは、オニキスのペンダントだった。オニキスは湿地横の川べりに落ちていたのを村の子供が持ち込んだそうで、あのあたりには時々上流から変わったものが流されてくる。子供からそれを買い取って、加工していたのだった。

 ルークからは木斧だった。木斧なんてまったく実用性はないのだが、斧術を習う時には有用だと言う。そんなものを習うつもりはまったくないフェリックスだったが有難く受け取っておいた。


 逆に、フェリックスから家臣や使用人にプレゼントを贈る時は、手っ取り早くカネである。カネを贈るわけにはいかない家族に対しては、詩や歌を贈っている。

 詩や歌は、絶大に好評なのだ。

 何と言ってもフェリックスには前世知識がある。盗作し放題である。今年のアビーの誕生日には、ツィターをつまびきながら、「な*り*き」っぽい歌を歌った。歌詞もほとんどそのままなのを訳しただけなのだが、諸事情で引用は控える。

 それはもう、地球のありとあらゆる名曲、名作を盗作し放題なのだから、この世界の人たちからすれば衝撃的なほどの名作であり、フェリックスは作歌や詩作については天才中の天才である。

 アビーも号泣しながら聞いていた。

 フェリックスの「創作」については、二人だけ、アンドレイとキシリアだけが、

「傑作なのは確かだが、過去作と比較するとどうも個性が一貫していないように感じる」

 と同じことを指摘していた。

 それを聞いた時には、我が兄、我が義姉ながら、その洞察力の深さ、確かさに震え上がったフェリックスだった。


「僕からもみんなに贈り物があるんだよ。じゃーん。今朝、トビアスじいさんが持ってきたんだけど、ついに蒸留酒が完成したんだよ!」

「ジョウリュウシュ、というのにご執心だったのは知っていましたが、ただの酒ですよね? それがどれほどのものなのでしょうか」

「まあ、飲んでみてよ、マーカンドルフ」


 人数分のグラスが用意され、蒸留酒、この場合はウィスキーが注がれた。


「「「!!!!!!!!!!!!!」」」


 うまいかどうかで言えば、まずくはないにしても、試作だからそううまくはないだろう。ただ、そのアルコール度数の強烈さは、ひとたび口に含めば、誰にでもわかる。


「なんて強い酒だ」

 とルークが唸る。


「これは、酔いが早くきますね」

 マーカンドルフはすでに顔が赤くなっていた。


「これはどエライことでっせ!。この強さ。酒飲みにはたまりまへんでっしゃろ。今まで無かったものや。これは売れる! 爆発的に売れるやろ! マルイモ、ダグウッド織に続く特産品の誕生や! これはぜひうちの商会で扱わせておくんなはれ」

 ガマはただちに商品価値を見抜いた。

「最初は持ち込みましょ、王都でもどこでも。でも直に売ってくれとあきんどが殺到しまっせ。数を買うにはダグウッド村限定ってことにすれば、人も物も集まり放題でっせ!」


「そうだよ。ガマの言うとおりだよ。これはマルイモ以上のうちの武器になる」

「酒が…それほどまでの」

「酒だからそうなるんだよ、マーカンドルフ。マルイモはね、食べないなら食べないでも済む。でも酒はね。酒飲みは酒を飲まずにはいられない。強い酒の刺激を一度味わったらもうビールなんかじゃ満足できない。ガマの言うように、商人が殺到するよ。当然、荷馬車にカラでは来ないだろうね。何か積んでくる。そうしたらダグウッドには世界中の物資が集まる。しかも底値でね! ダグウッドは世界有数の都市になるよ。ああ、そうだよ、だから土地が必要なんだ。アグネスたちはよくやってくれている」

「全部がつながっているんですね」

「うん、そうだよ、ルーク。人が来れば治安は乱れるし、富が集まれば難癖をつけられるようになる。だから武力の強化も必要なんだ。ルークに来てもらったのはそういうことだよ。アビー、飲まないの? 試しに飲んでみて」

「うーん、私はちょっと。遠慮しておく」

「アビー、お酒は飲めるじゃん。苦労してやっと作った酒なんだよ、感想をきかせてよ」

「ごめんね。私はいいんだけどさ、もうひとりいるから」

「「「「!?」」」」











「坊ちゃん、固まってるようですよ」

「坊ちゃんって言わない、ルーク。アビー様。私どもが誤解しているならどうぞきちんとご指摘してください。このマーカンドルフ、さきほどのご発言、アビー様がご懐妊なされたと受け取りましたが、この解釈であっておりますか?」

「うん。それであってる。間違いかなあって思ってたけど、ロンド夫人に診てもらったら間違いないっていうから」

「あの女に先をこされたのかーーーーーっ!!!!!!!」


 発狂しつつ泣き崩れるという器用な真似をするマーカンドルフを後目に、椅子を倒してフェリックスが立ち上がった。


「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だめじゃないかっ!」

「え?」

「毛布毛布、体を冷やしちゃだめじゃないかっ! ほら、早くベッドに横になって!!!」

「旦那、妊娠は病気やあらしまへんで?」

「ガマの言うとおりだよ。フェリックス、。ね、奥さんに何か言うことないの? パパ?」


 フェリックスの頭の中ではゾウとキリンが格闘技をしながらニューヨーク五番街をパレードしていた。前世でもついに子宝には恵まれなかったフェリックスである。まだ二人とも若いのだし、と思いつつも同時期に結婚した二人の兄、二人の義姉のところでもう何人か子供が生まれているのを見ながら、こちらの世界でも子は持てないかも知れないと思いつつあったフェリックスだった。

 それでもいいと思っていた。アビーさえいてくれれば、それで十分にしあわせだと。たった今までは。


「う゛ぁーーーん! ぼぐおどうざんになるんだよーアビー」


 号泣だった。


「やだ、ちょっと。ここ泣くところ??? 泣き虫にもほどがある ― ま、いっか。フェリックスらしいかな」


 アビーはフェリックスに近寄って、頭をよしよししてあげた。

 見れば、マーカンドルフ、ルークは肩肘をついて、ガマは両ひざをついて平伏していた。


「「「殿、奥方様。おめでとうございます!!!」」」


「う゛ぁりがどーみんな。う゛ぁりがどー、アビー」

「さ、年が明けたらいろいろ忙しくなるよ! 泣いている暇なんてないんだからね! フェリックス! これからはビシビシいくよっ!」


 ヴァーゲンザイル勲功騎士爵家家臣三人、誰が本当の頭領なのか、思い知った夜であった。

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