第21話 ボーデンブルク大乱
おおよそ170年から160年前、ボーデンブルクは二つの陣営に分かれて、内戦で乱れに乱れた。
事の発端は、国王エーゼル5世が、跡目を自らの唯一の孫であるカウヌス・アヴェラード卿に継がせようとしたことにあった。
それ以前にも王家であるゾディアック家では、兄から弟へ、伯父から甥へ、というような傍系への継承が繰り返されたこともあって、王家の周囲にはめぼしい男系の親族はいなくなってしまった。
他に適当な候補がいるわけでもなく、王が、自らの娘を通しての孫であるアヴェラード公爵家嫡子カウヌスに跡を継がせようとしたのは、当時の状況から言っても、人の情から言っても常識的な対応だった。
しかし王が危篤に陥り、崩御すると、カウヌス・アヴェラードへの継承に反対する貴族たちが声を上げ、ゾディアック家のはるか傍系の人物、余りにも本流から離れていたため、すでに数代に及んで平民になっていた家系の末裔を探し出し、ゾディアック家内の最近親者であるその者、ヴァーレン・ゾディアックを継承者として擁立した。
最近親者と言っても、ヴァーレン・ゾディアックは男系では、国王エーセル5世とは、18親等離れていた。
どちらの側にも相応の言い分があった。
アヴェラード家側の主張はおおむね以下のとおりである。
確かにこれまで、王位は女系を通して継がれたことはなく、王にたとえ女子や女子を通して男子の孫がいたとしても、王位は傍系ではあっても同じ男系の同族である弟や同姓の甥に引き継がれてきた。しかしそれも、王族の範囲内での継承であって、どれだけ離れていても伯父から甥への継承が限度だった。
ヴァーレン・ゾディアックは王族ではないのは無論のことながら、すでに貴族でさえない。平民であるかの者には王位継承権はおのずと抹消されていると捉えられるべきである。
そもそもボーデンブルクの法では、親族の範囲内は7親等以内であり、エーゼル5世と18親等離れているヴァーレン・ゾディアックは、一般的な意味での親族ですらない。
王家であるゾディアック家と、ヴァーレン・ゾディアックのゾディアック家は、たまたま名称が同じというだけの別の家系、別の一族と捉えられるべきで、王家であるゾディアック家はエーゼル5世の崩御で以て途絶すると捉えられるべきである。
であれば王位継承についてはエーゼル5世の勅令が最優先されるべきであり、最近親者であるカウヌス・アヴェラードが継承するのは一般相続法の観点からも妥当である。
対してヴァーレン・ゾディアック家側の主張は次のようになる。
王位継承はそもそも、男系の絶対優先が原則であり、貴族相続法とも一般相続法とも違った継承のされ方をしてきたのは、前例を見れば明らかである。王位継承に際して、王族の範囲内で継承されてきた、あるいは最大でも4親等以内で継承されてきたのは、その範囲内にたまたま有資格者がいたからであって、王族内での継承、4親等以内での継承は王位継承の条件でもなんでもなく、そのような定めもない。
定めとしてあるのは、男系男子の中で、近親の順序で継承されるということであって、その古来よりの定めに従えば、継承有資格者はヴァーレン・ゾディアックしかいない。
ゾディアック家の王位はゾディアック家に継がれるべきであり、どう言いつくろったところで、アヴェラード家に王位が移れば、それは他家による王位簒奪に他ならない。王位継承は絶対の法であり、そもそもエーゼル5世の玉座もまた、王位継承の法によって担保されているものなので、王位継承の慣習法がエーゼル5世個人の勅命よりも上位の法として優先されるべきなのは明らかである。
アヴェラード家は大貴族であり、アヴェラード家の敵たちは当然、アヴェラード家が王位を継ぐことを望んでいなかった。
また、アヴェラード家が王位を継げば現体制の基本線がなぞられることを意味し、現体制において非主流に置かれている貴族たちにとっては、ヴァーレン・ゾディアックの方がはるかに望ましい王位継承者だった。
敵に権力を握らせたくないという思いだけはどちらの陣営も一致していた。
つまり、アヴェラード党陣営は、実際にはアヴェラード党であるのではなく、反ゾディアック党陣営なのであり、ゾディアック党陣営は、ゾディアック党というよりは反アヴェラード党陣営なのであった。
相反する大義があったから敵対するというよりは、敵対関係がそもそもあって、王位継承の二つの大義がそのために利用されたというのが実態に近い。
要は徹底して私益のための闘争なのであり、貴族たちは内戦に国土を引きずり込みつつも、利を提示されれば容易に陣営を寝返った。ある辺境伯爵家など、六度に及んで陣営を移動している。
こうなればゼロサムゲームに陥り、複雑な利害の対立が果てしなく続くだけである。
実に十年に及ぶ大乱の果てには、人口は半減し、農地は荒れ果て、誰もかれもが戦いに疲れ切ってしまった。
いったい何のために戦っているのか、誰もが分からなくなった頃、意を決してヴァーレン・ゾディアックはカウヌス・アヴェラードに面談を求め、両王の和議が成立した。
その結果、以下の点が決められた。
・ヴァーレン・ゾディアックは正王に即位し、カウヌス・アヴェラードが副王に就く。
・正王位、副王位は終身であり、正王の崩御後、副王が正王位を襲う。
・ゾディアック家とアヴェラード家は両王家として交互に王位を担う。
いわゆる両統鼎立である。
この体制が成立してからも、若干の王位継承をめぐる紛争は発生した。
ゾディアック家から出た王、ヴァーレン3世は、ゾディアック家の継承者に外孫の一人を立てようとしたが、それはそもそもゾディアック家が王位を確保する際に主張した男系継承主義に反し、王弟らが当然のことながら反対した。
アヴェラード家は王弟、後のフェルナン1世に加担したから、勢力比で言えば1:3になり、争いが深刻化するまえに、ゾディアック家はフェルナン1世に継がれることで決着した。
このように、王統がふたつに分かれたことは、一対一で勢力が伯仲することを難しくさせたので、かえって、王位は安定することになった。
一方で、王位が終身であることは、基本的には即位年齢を高齢化させた。ゾディアック家の王、フェルナン1世が危篤に陥った時、副王アベル・アヴェラードは、副王位を退いて、嫡孫のプファルツに副王位を譲ろうとした。すでに60歳の高齢であったアベル・アヴェラードが即位しても在位は長くても10年程度だろう。対して20歳だったプファルツが即位すれば、長ければ40年程度はアヴェラード家が玉座を占め、アヴェラード家の勢力を増大させることが出来る。
この時は、ゾディアック家の反対でその試みは潰えたのだが、一年後、ゾディアック家のフェルナン1世がなんとか延命を続けているうちにアベル・アヴェラードが急逝したことから、似たようなことはそれから二年後、フェルナン1世の崩御をもって実現することになる。二年間副王位にあった後で正王に即位したプファルツ王は、在位35年に及び、アヴェラード家の全盛期を築くのであった。
もし、フェルナン1世がアベル・アヴェラードよりも先に死んでいれば、アベル・アヴェラードのごく短い在位の後で、再びゾディアック家が正王位を占めていたはずだった。
単に生き死にの順序を違えたために、35年も正王位を手放すことになったゾディアック家は非常に悔しがり、このことから両王家内部で、もっとも適当な時期に当主である王や副王を殺害せしめるということが内々で横行するようになり、王や副王たちは身内が一番信じられないという状況に陥った。
暗殺がなされたかどうかは決して表沙汰になることはないが、以後、どの王も在位期間が結果として短くなったのはその影響があるものと考えられる。
むろんこのことは政策の一貫性を難しくさせ、王家の権威、権力の弱体化を招いた。
諸外国の圧迫と言う要素が無ければ、諸侯はまとまりを欠き、ボーデンブルク王国はとっくに崩壊していただろう。
今日のボーデンブルクは、いわば諸侯にとっては共通の敵である外国によってかろうじて生かされていると言ってもいい、不安定な状態にある。不安定ながらそうした状態がかれこれ百年続いているのは、不安定ながら案外、合理の要素があるのかも知れない。
ただ、不安定の中のその安定が、今後も続くと約束できる者は誰もいなかった。
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